【64】悪役令嬢リターンズ?
入場が終わり、しばらく端の方で休むことにした。ラルークは周りの様子を見ながら、私の隣に居てくれる。
「最後の方の入場だったから、疲れちゃうよね」
「うん。……でも、前回はエルドさんのエスコートだったから、身長差が辛くてもっと大変だったよ」
あはは、と苦笑いしていると、ふと目の前に人影が現れる。見上げると、そこには見知らぬ令嬢が三人いた。……普段社交パーティーやお茶会を適当にしていたせいで誰か全然思い出せない。最近のお茶会で伯爵以上の令嬢の顔と名前は叩き込んだはずだけど。うんうんと悩んでいると、令嬢達は口を開いた。
「あらあら……イリフィリス令嬢、前回は総団長を、今回は田舎の子爵家の養子をパートナーにされているのですね。子爵がお好きなのかしら」
「くすっ、まだ婚約者がいないご様子ですし、お可哀想ですわね」
「まぁ、おふたりとも。そんなことを言っては、令嬢に失礼ですわよ。いくら事実だとしても……ふふっ」
その言葉に私は思わず眉間にシワを寄せた。……この人達、誰だ?いや、本当にわからないぞ。私はとりあえず笑顔を浮かべてみた。そして丁寧に挨拶をする。
「申し訳ございません、伯爵以上の令嬢とは交流をしていたつもりなのですが……存じ上げない方々ばかりですわ……」
そう言うと、令嬢達の目がつり上がった。すると真ん中にいた、金髪縦ロールのお嬢様(仮)が一歩前に出て、扇子を広げた。
その姿はまるで悪役令嬢である。……もしかして、本当に悪役令嬢なのか? いやいや、私は公爵令嬢だぞ、悪役令嬢なら私の方が適任ではないか? そんなことを考えることコンマ数秒、金髪縦ロールは口を開いた。
「まぁ。子爵は子爵でも、殿方にしか興味がないのですね。なんて破廉恥な! ……私はアリサリス・アズィムと申します。以後、お見知り置きくださいませ?」
アズィムと聞いてあ、と思い出す。あれか、ラシェルの元護衛対象のおっさんのところの令嬢か。突っかかってくるから公爵か侯爵くらいの令嬢だと思ったが、そうでは無いらしい。私は笑顔のままこちらこそ、と礼をする。
アリサリス……なんというか、アニサキスみたいな名前だな。食中毒令嬢とでも呼んでやろうか。……いや、やめておこう。
私が考えている間にも、食中毒……いや、アリサリスとその取り巻きらしき令嬢二人は私の方を睨んでいた。取り巻きっぽいから男爵とかだろうか。……まあなんでもいいや。
ラシェルは会場の外で警備をしているから、会場の中にいる私に突っかかるようにアズィムにでも言われたのだろうか。執念がすごいな、と心の中で感心する。
「それで、御用はそれだけですか? ……私、少し疲れてまして。休みたいのですが」
そう言うと、アリサリスは更に目を吊り上げた。いやいや、もうすぐダンスの時間だろう。何かあるならダンスの後でもいいでしょ。
私が呆れていると、今度は後ろの令嬢達が声を上げた。
「イリフィリス令嬢は私たちみたいな爵位の低い令嬢とは関わりたくないと仰るのですね」
「まぁ……。兄であるセドリック様は分け隔てなく接してくださるというのに」
「……へぇー」
もう何もかもめんどくさくなり、適当に返事をしてしまう。ちらと隣を見ると、ラルークが私の手を取った。
「ソフィ嬢。ちょっと休憩しよう」
「……そうね。では、私はここで」
ぺこりと一礼してその場を去ろうとすると、ばしゃ、と液体が顔に飛んでくる。驚いて隣を見ると、アリサリスの手元のドリンクがラルークにかかっていた。
……なるほど、あくまでも私には直接証拠が残ることはせずに、ラルークにしかけると。
「あら……手が滑ってしまいましたわ。もうすぐダンスの時間だと言うのに……。これでは、せっかくの美しいお召し物が台無しですわね」
わざとらしくそう言いながら、私を見下すような視線を送ってきた。私は思わず顔をしかめる。そしてため息をつくと、ハンカチを取り出してそれを拭いた。これくらいなら、魔法で染みの液体を吸収したあと風魔法で乾かせば取れそうだけど。
魔法を使おうとラルークの服に手を伸ばした時、ばっと手を握られる。えっ、と顔を上げると、ラルークは首を横に振った。
「……これ、多分毒が入ってる。僕がやるから」
小声でそうつぶやき、ラルークは魔法で服の染みを抜いた。……染みを抜くための魔法だと、一度液体を吸収する。つまり、毒を身体に取り入れるということだ。なるほど、直接盛るのではなく、あくまでアリサリスが飲もうとしていたドリンクにたまたま毒が盛られていて、そのドリンクがたまたま手を滑らせラルークにかかってしまい、魔法で染み抜きして毒を体内に取り入れることになってしまった、ということにするのか。……なかなか小賢しいことをしてくる。
あまりの怒りに逆に冷静になる。とりあえず、ラルークに任せよう。私はじっと様子を見ていた。くすくすと、三人が笑っている。この人達、とても面倒だ。
「これでよし。あとは、ソフィ嬢が着てるドレスも綺麗にしておこうかな」
「ありがとうございます。助かりますわ」
私もラルークに合わせてにっこり微笑む。ラルークはまた魔法をかける。……私は顔に少しかかっただけだから、染み抜きではなく治癒魔法をかけていた。……治癒魔法。そうだ、リリーに頼めば、解毒出来るかも。
そう思った途端、ダンスの音楽が鳴り響く。ちらとラルークを見ると、毒を体内に取り入れたせいか顔色が少し悪くなっていた。
「おや、ダンスが始まるようですわね。では私たちはここで。お互い楽しみましょうね。……ふふっ」
三人組は笑いながら去っていった。……これは、かなり腹立たしいな。私は大きく深呼吸してからリリー、と小さくつぶやく。
「解毒の治癒魔法、なるべく早めに」
「もー! なんなのあのオンナ! イライラするったらありゃしないわ! ご主人様も黙ってないで、さっさと殺しちゃえばいいのに!」
ぷんすかと怒りながら頭の上に降ってきたリリーはラルークに治癒魔法をかけていく。ただ、解毒の治癒魔法はかなり魔力を消耗する。リリーは高位精霊だし私の魔力量が多いからなんなくやっているが、普通の人間ならかなりの疲労感を覚えるはずだ。
「ありがとう、リリー」
「大丈夫だけどー……。もう、怒りパワーマックスよ! いまならこの会場ごと潰せちゃうわ」
「だめだめ、やりたいのは山々だけど、あんまりお父様とお兄様を困らせるわけにもいかないから」
「……そっかぁ。じゃあ、アイツらが苦しんで死ぬように呪いをかけておこうかしら」
可愛い姿をしてさらっと怖いことを言うものだ。あはは、と苦笑いしながらラルークを見ると、治癒魔法が効いたのか大分顔色が良くなっている。
「ラルーク、ごめんね。ありがと」
「ううん、大丈夫。それより、僕の方こそありがとう。治癒魔法のおかげで楽になったよ」
ラルークはにこりと笑う。顔色は戻ったけど、まだ本調子ではないみたいだった。
「ご主人様ったら、このままあのオンナたち放っておくつもり?」
私の髪をソフトに齧りながらリリーがぶつくさと文句を言う。……もちろん、私だってあそこまでやられて黙ってられるわけがない。ダンスをする為にラルークの手を取り会場の真ん中のほうまで歩き、にっこりと微笑んだ。
「まさか。私、意外と根に持つタイプなんだから」
そういうと満足したのかリリーはどこかへふよふよと飛んでいった。




