【63】入場。
朝早くに目が覚めて軽く食事をとる。ラルークが屋敷まで迎えに来てくれるみたいなので遅れないように先に準備を済ませて、時間になるまでは本を読みながら考え事をしていた。
例えば、この間のマルリードのように突っかかってくる人間がいたらどう対処しよう。今回はラルークもいる訳だし、前以上に人の目があるから言動には気をつけないと。家族に迷惑かけたくないし、やっぱり悪役令嬢ルートは駄目だ。その場だけでも穏便にやり過ごす方法を考えておかなくては。
そんなことを考えているとあっという間に時間が過ぎていた。髪を整えてもらいドレスに着替え、そろそろ馬車が来る頃だろうと思って玄関に向かうと、ちょうど到着したところらしく外では御者が扉を開けようとしていた。
「おはよう、お姫様」
中から出てきたラルークの手を取って馬車に乗る。白の衣装に金糸の刺繍が入った豪華な衣装に身を包んだ彼はいつもより大人っぽく見える。なんというか、私のことをお姫様と呼んでいるせいで漂う王子様感がすごい。思わずぼーっと見惚れてしまった。
「おはよ、今日はよろしくね」
ラルークの前に座ると馬車が動き出す。窓の外を眺めていると、不意に声をかけられた。
「赤いドレスにするって手紙に書いていたから、どんなのかなって楽しみにしてたんだ。すごく似合ってるね」
窓から顔を戻せばラルークが微笑んでいた。その言葉に少し照れながらもありがとうとお礼を言う。ラルークの胸元には私のドレスの色に合わせてくれたのか、赤いブローチがついていた。
「いつもドレス仕立ててくれてるところの人がね、赤いドレスが好きなの。戴冠式か聖誕祝祭どっちかで赤いの着たいなぁって言ったら頑張ってくれて」
「ふふ、そうだったんだ。お姫様は何を着ても似合うから、仕立て屋も作りがいがありそうだね」
えへへと笑って誤魔化すとラルークも笑い返してくれた。しばらくすると会場に着いたようで、馬車が止まる。ラルークに手を差し伸べられて降りれば、そこにはもう人が集まっていた。今回も私の入場はあとの方なので、端の方に移動して待機する。
「お嬢様!」
どこからか声が聞こえてきて辺りを見渡すと、ラシェルが走って私の方へ向かってきた。
「ラシェル、持ち場は大丈夫なの?」
「ええ、お嬢様の馬車が見えたので、少しの間交代してもらいました。昨日も申しましたが何かあればすぐに呼んでください。いくら七年前の聖誕祝祭から警備体制が強化されたとはいえ、お嬢様は公爵家の令嬢なのですから……護衛がついているのが当たり前のはずなので」
眉を寄せて心配しているのか怒っているのか、ラシェルの言葉に苦笑しながら何かあったらすぐ呼ぶねと伝える。
「そうだ、一回ピアスのやつ試してみてもいい? ちゃんと作動するかも気になるし」
ラシェルがはい、と言ったのを聞き、私の耳元で揺れるピアスに触れる。どのくらいの魔力を込めたらいいのか分からず、少しずつ魔力を流し込むと、ラシェルの腕につけているブレスレットの石が光り始めた。
魔力を流すのを止めると、石は徐々に輝きを失っていく。なるほどと理解した私はもう一度同じ要領で魔力を流し込んだ。同じように光ったブレスレットをみて、また魔力を止める。これで何かあった時は何とかなりそうだと安心する。
「よかった、何とかなりそうだね。なにかあったらすぐに呼ぶから、心配しないでね」
「絶対、すぐに呼んでください。お嬢様は放っておくとすぐに無茶しますから……」
ラシェルは真剣な顔で念押しして、そのあと持ち場へ戻っていった。ラルークはさっきのピアスとブレスレットの件について興味を持ったみたいで、見てもいい? と聞かれ答えるとすぐ近くに顔が近づいてくる。
「は、外すよ? 見にくいでしょ、付けたままだと……」
「なるほどね、石の中で魔力を反響させるようにしてあるんだ。魔法石と似たような構造だけど対象の物と……」
じっと見ているので付けたままは邪魔かなと思い聞いてみたけど、全く気にしていないようだった。それどころか、色々分析している。しばらく見て満足したのか、ありがとうといって元の位置に戻った。
それからしばらくして会場の入り口の方が騒がしくなってきた。どうやら入場の順番が近付いてきたらしい。入場の列に並ぶためラルークと一緒に歩き出す。
「お姫様……いや、お姫様って呼ぶのは変だよね。ソフィ嬢」
「あはは、なんか、呼ばれ慣れないから、変な感じ」
お姫様も大概恥ずかしいが(私は姫じゃないし)、慣れてしまったせいか名前で呼ばれるとそれはそれで恥ずかしい。ただ、ちゃんとした場だし姫じゃない私が姫と呼ばれるのは変なのでソフィ嬢で慣れることにした。
ラルークはいつも通りニコニコしていて何を考えているのか分からないけれど、なんとなく機嫌が良い気がするのは気の所為だろうか。入場の順になり、扉が開かれ中へ入る。会場内は煌びやかな装飾が施されていて、天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。
(エスコートで舞台から降りて……その後は会場の中の方にいって、音楽が変わったらダンスだっけ)
ラルークが手を差し出してきたので、それに自分の手を添える。一礼をしてゆっくりと階段を降り、舞台から降りた後ホールの中央まで行った。案の定、かなり注目を浴びている。前回の聖誕祝祭でかなり目立ってしまった自覚はあったが、今回もなかなかのものだ。この視線だけで疲れてしまいそうになるが、なんとか入場を終えることが出来た。




