【62】お茶とドレスとファンティスタ。
屋敷に戻ってさっそくアリスに手紙を出す。聖誕祝祭前だから忙しいかもしれないが、もし時間があれば二人でお茶会でもしようと思ったのだ。
数日後には了承する旨の返信が来たので、日時を決めて約束を取り付けた。そして当日……聖誕祝祭三日前でお互いあまり時間は取れなかったが、アフタヌーンにはちょうどいいくらいかもしれない。屋敷に馬車が到着したので玄関まで迎えに行くと、薄ピンクで裾のレースが可愛いドレスを着たアリスが現れた。髪も緩く編み込んでいて、この前のお茶会の時よりも可愛らしく見える。庭へ案内して席に着くとファムが紅茶やお菓子を持ってきてくれた。
「忙しい中来てくださってありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそご招待ありがとうございます! あっそうだ、せっかく同い歳ですし敬語じゃなくて気軽に話してください。アリスって呼んでくださると嬉しいです!」
ニッコリ笑ってそういうアリスの言葉に甘えて、分かった、と返す。
「私のこともソフィでいいよ。よろしくね。アリス」
そう言って手を差し出すと、アリスは嬉しそうに手を握ってくれた。
「そういえば……どうしてクロム……陛下のこと好きになったの? やっぱり顔?」
初手でこんなことを聞いてもいいのか悩んだけど、気になるものは仕方ない。ちらとアリスの顔を見ると顔を真っ赤にさせながらその……と小さく呟いた。
「実は私、二つ下の弟がいまして……七年前に六歳で聖誕祝祭があって、一緒に参加したんです。その時、クロム様とセドリック様が一緒にご入場されているのを見た時に一目惚れして……。その後、ダンスの前にたまたまクロム様が話しかけてくださって……そこからずっとお慕いしていました」
あぁあの聖誕祝祭のときかと記憶を呼び起こす。私は戦争のことで頭がいっぱいでそんなに周りを見る余裕がなかったけど、クロムと会話したことあったんだ。
それにしても、本当にクロムが好きなんだと伝わってくる。私もこの世界に来る前の十五歳くらいのときは恋バナしてたっけなと思い出して微笑ましくなった。ついつい笑顔でアリスの話を聞いていると、ソフィにもそういう人はいないの? と聞かれる。
「いない……かも……。そんなに社交界に顔出してなかったし、知ってるのって貴族だとほんとに数人しか……。あとは騎士団の人とか……」
そう言ってふとエルドさんのことを思い出す。期間としては人生のほんの一部で、頭では彼の死をとうの昔に受け入れていたはずなのに、自分が思っていた以上に気持ちの方はそうでなかったようだ。考えないようにしないとと思って逃げていた七年前の記憶が呼び起こされる。歳が離れすぎているから、生きていたら結ばれるとかそういうことは無いけれど、きっと好きだったんだと、思う。
ぼんやりとしているとアリスが不思議そうに首を傾げた。慌てて何でもないと誤魔化して話を続ける。
「まぁでも……そういう人がいつか現れるといいよね」
そう言うとアリスはこくこくと頷きながらその時はお手伝いさせて! と意気込んでいた。
その後少し話をした後、そろそろ帰らないとまずいということで別れる。
玄関までアリスを見送ると、また会おうねと言ってくれた。ひらひらと手を振って馬車を見送り、そのまま部屋へ戻った。
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聖誕祝祭前日、バタバタと慌ただしい雰囲気のなか目が覚める。顔を洗ってご飯を食べるより先に、マダムが来てると聞き急いで着替えて向かった。
「ソフィ様! お待たせしてしまい本当に申し訳ございません、ドレスが出来上がりましたので、ご確認お願いします」
「私こそギリギリに頼んでごめんなさい、ありがとね」
最高傑作です、と渡されたドレスを手に取り広げてみる。デザイン画で描かれていた以上に素晴らしい出来栄えだ。
生地はサテンのような光沢のある赤に、上から黒のチュールが重ねられている。袖やスカート部分にはレースも施されていて、全体的にとても上品に見える。裾に向かってグラデーションになっていて、赤い部分とのコントラストが美しい。スカート部分はオーガンジーとチュールでボリュームがありながらも、フィッシュテールタイプなので前が開いていて重たく見えすぎない。ウエスト部分のリボンには金糸で細かな刺繍が施されていて華やかだ。
「一度着てみてください、そのあとすぐに最終調整をして夕方までには仕上げます!」
そう言われて早速着替える。鏡の前でドレスを着てみると、予想以上によく似合っていた。サイズもちょうどよく動きやすい。これなら問題なく明日の本番を迎えられそうだ。マダムがミリ単位で確認をして、これくらいなら昼にはお渡しできますと言いながら、店から持ってきたらしい道具一式とドレスを別室に運んで部屋に閉じこもった。
「いよいよ明日かぁ……。なんか緊張してきちゃった……」
「お嬢様なら大丈夫です」
一緒に部屋に戻るルルリエが励ましてくれる。部屋に着くと、扉の前にラシェルが立っていた。
「あれ、ラシェル、どうしたの? とりあえず中入って」
「失礼します。……明日は会場警備のほうで傍に居られませんので、心配で……」
相変わらず過保護だなぁと思いつつ大丈夫だよと返事をする。聖誕祝祭自体は、護衛か婚約者がエスコートするというのが一般的なだけで護衛が居ないといけない訳では無い。平民や下級貴族は護衛なしというのもよくある話だ。
「何かあったらすぐに駆けつけますので。……よかったらこれを」
そう言って差し出されたのは小さな箱だった。開けてみるとそこには赤いピアスが入っていた。
「かわいい! これ、つけていくね」
「このピアスは特殊な加工をしてもらったものでして……一定の魔力を込めると、私のブレスレットが光るようになっています。何も無いのが一番ですが、もし何かあればこちらに魔力を込めて呼んでください」
魔力を込めた場合、ラシェルの持っているブレスレットが赤く点滅するという仕組みになっているという。こんなにオシャレなピアスなのに機能的だなと感心しながら、わかったと頷いた。
……ついに明日だ。何事も起こらないように祈ろう。念入りに色々と最終確認をしていると、気づけば夜になっていたので食事をとって眠りについた。




