【6.5】セドリックの記憶。
父上に連れられて陛下の所へ来た。ぼくは必要なのかな、なんて思ったけど、父上と陛下は仲がいいみたいで、ぼくを会わせたかったらしい。
「セドリックと同じ歳の子がいるんだ。もしかしたら会えるかもな」
「お名前は、何と言うんですか?」
「確か、ク……」
「ヴィラール、来たか」
父上が名前を言おうとした時、陛下が来た。
「陛下、ご無沙汰しております」
「ほう、息子も連れてきたんだな。あいつはいま帝王学の勉強中か庭にいるかのどちらかだ。行ってみるといい」
「あ、ありがとうございます……」
ぺこりとお辞儀をすると、陛下はヴィラールを借りるぞ、といい父上と一緒に応接室のようなところへ入っていった。一人取り残されたぼくはしばらくのあいだドアの前に立ちつくしたあと、さっき陛下が言っていたように庭に行けば同い歳の子に会えるかな、とその場を後にした。
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庭園には色とりどりの花々や木々がありとてもきれいだった。ぼくの家の庭も広いが、それとは比べ物にならない。一人だと迷ってしまいそうだ。
きょろきょろと辺りを見渡すと、花の道の先にちょっとしたスペースがある。なにかあるかな、と思いそちらに向かった。
辿り着くとそこには小さな池があった。水面から顔を出す蓮の葉っぱの上に小鳥たちが止まっている。その向こうでは蝶々と花びらが戯れていた。まるで一枚の絵のように美しい光景に見惚れていると、後ろから声をかけられる。
「お前、父上が言っていた者の子供かなにかか?」
声の方を見ると、ぼくと同じくらいの歳の男の子が立っていた。さらりと金の髪が風に揺れて光ったように見えた。その子はとても綺麗な顔をしていたけれど、ぼくを怪しんでいるのか、表情があまりなく紅い瞳がぼくをじっと捉える。
「ぼくは、セドリック・イリフィリスです。今日は、父上の付き添いで来ました。ええと、殿下……でしょうか」
自己紹介をするとその子にふっと表情が出てきた。
「なるほど、セドリックと言うのか。俺はクロムという。殿下なんて堅苦しい呼び方はよしてくれ。クロムでいい」
そう言って彼は手を差し出してきた。握手を求めているようだ。ぼくはその手を握り返す。そしてそのまま二人で並んで座って話を始めた。
彼の話は面白かった。この国のことはもちろんのこと、他の国の話などもしてくれたのだ。特に海の向こうにある大陸の国については興味深かった。ぼくと同じくらいの歳なのに、とても物知りなんだなって思った。それに、言動が大人っぽい。十を過ぎたくらいに感じる。
「ぼく、まだ六歳になったばかりなんだ。ぼくも勉強はしてるけど、クロムには敵わないな」
「セドリックも六なのか。俺と一緒だな。……俺は、日々勉強と魔法の練習をしている。そう簡単にセドリックに負けては困るな」
それからぼくたちはいろんな話をした。お互いの家のことだったり、好きな食べ物の話とか……。そんなことをしているうちに日が落ちてきて、空が赤く染まってきた頃、遠くから誰かの声が聞こえてくる。
「殿下、こちらにいらっしゃいましたか。先程乗馬の講師が到着しました」
「あぁ、もうそんな時間か。……シルテナ、イリフィリス公爵の息子だ。公爵と父上の話が終わるまで、彼と一緒にいてくれないだろうか」
「かしこまりました」
どうやらぼくはこの子と離れなければならないらしい。それは少し寂しい気がする。
「そんな顔をするな、セドリック。また招待しよう」
「! ……うん、ありがとう」
そうしてぼくはしばらくして、家に戻った。それから、度々クロムから招待が来て、家に遊びに行った。
ぼくはクロムと隣に並べるように、勉強も魔法学も頑張った。勉強は追いつけないけど、魔法は同じくらい使えるようになった。特化魔法も、父上程じゃないけど扱えた。
そしてそんなある日、たまには外で遊ぼうとクロムに誘われ、少し離れた川が見える場所に来た。そこは木陰になっていて涼しく過ごしやすい場所で、ぼくらはそこで水切りをして遊ぶことにした。
「こうやって投げると、石が跳ねるんだ」
「へぇ、すごいね。魔力込めたらもっと飛ぶかな」
「なにを、これはそういうゲームではないぞ」
冗談だよ、と笑ってぼくは石を投げた。ぽちゃんと音が鳴って水が弾ける。石は三回しか跳ねなかった。ぼくがもう一度投げようとすると、クロムが口を開いた。
「そういえば、お前はどのくらい魔法扱えるようになったんだ?」
「あぁ、特化魔法は少しだけ使えるようになったよ。ほかの魔法はある程度使えるけど、まだやっぱり使いこなせるほどではないって感じかな」
「そうか、この前より随分進んでいるな」
「クロム程じゃないけどね」
そんなふうに話をしながら遊んでいると、突然後ろの茂みの方からガサガサと音が鳴る。ぼくは驚いてそちらを見た。
音のした方から、下級魔獣が数匹飛んでくる。すぐさま攻撃しようと魔法の準備をした。しかし、その奥に一匹の中級魔獣が見えて、攻撃魔法をためらう。今のぼくだと、あれくらいの魔獣を倒すには魔力の消費が高いものじゃないといけない。下手に手を出してこちらを狙われると、二回目の魔法の前に間違いなくどちらかが怪我を負う。死んでしまうほど強い相手ではないと思うけど、クロムの魔力をよく知らないぼくが戦える相手ではない。
クロムは強いが、ぼくもひたすら魔法の練習をしていた。魔法に関しては、隣に立てると、そう自負している。
この間数秒、ぼくは消去法で防御魔法の詠唱を始める。ぼくが防御をすれば、クロムが攻撃魔法をするか、しなかったとしてもこの先どうするか考える時間の余裕ができる。その間になんとかできるかもしれない。
魔獣が目の前まで来る。あと少しで、詠唱が終わる。その時だった。まだ後ろの方で止まっていた下級魔獣が物凄いスピードでぼくたちの目の前へ飛んできた。
間に合わない。そう思ったその瞬間、ぼくは後ろから突き飛ばされて尻餅をつく。何が起こったのか分からず目を白黒させていると、さっきまでの場所に、クロムが立っていた。
「クロム……! 血が、」
「構わん、この程度」
クロムはぼくを庇って、頬に怪我を負った。血の気が引く。どうしようと焦っていると、クロムが治癒魔法を唱えた。
「ごめん、ごめんクロム……。ぼくが、もっと早く防御魔法を唱えていたら、怪我しなかったのに……」
ぼくがそう言うと、クロムは一呼吸置いて口を開いた。
「っはは、そんな死にそうな顔をするな。謝るのは俺の方だ」
「クロムはなにも……」
そう言いかけた時、再び草むらの奥から何かが来る気配を感じる。さっきよりも濃い魔力が全身を包む。たぶん、上級魔獣だ。しかも複数いる。まずいと冷や汗が出た。するとクロムが立ち上がって言った。
「おい、早くしろパディシャ。セドリックが死にそうな顔をしている」
そういった後、どこから何が起きたのか、魔獣は一瞬で消え去った。
「えっ……」
今起こったことが信じられず呆然と立ち尽くす。隣にいたクロムに突然手を引かれて皇宮に戻った。
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「……ということだ、試すようなことをしてすまない」
侍従が入れてくれたお茶を飲みながらクロムの話を聞いた。クロムが言うには、さっきの魔獣は魔法騎士団が連れてきたものらしい。クロムは皇太子で皇位継承者だから、地位や権力目的で近寄ってくる人が多く、ぼくがそういうタイプの人間か、テストしていたみたいだ。
正直、それを聞いてほっとした。命に関わる魔獣で、怪我してこの先ずっとそれを抱えて生きるという訳では無いと分かったからだ。ただ、その話を聞いても、ぼくが無力でクロムを守れなかったことに変わりはない。
ぼくは自分の手を見つめる。
もっと強くならなくちゃいけないと思った。何かあったとき、クロムがぼくにしてくれたみたいに、誰かを守れるような人になりたい。
「……ぼく、もっと強くなって、クロムを守れるようになる」
「さっきの話聞いていたか? テストのためにわざと……」
「そうだとしても、ぼくが無力だったことに変わりはない。クロムが守ってくれた事実は消えない」
そう言って顔を上げると、クロムは少し驚いたように目を開いていたけれど、そのあとふっ、と笑った。
「ますます気に入った。なあセドリック。お前は特化魔法を使えるのに使わなかっただろう。それに、攻撃魔法にしようとしたのに奥にいた中級魔獣の姿を見て、防御魔法に切り替えた。そうだろう?」
「それは……」
ピタリと当てられて言葉に詰まると、クロムは続けた。
「俺を置いて空間移動することだって出来た。攻撃魔法で突っ走ることも出来た。けどそれをしなかった。それで十分だ」
「……とにかく、クロムが無事で、良かったよ」
ぼくはクロムから目を逸らしてそう呟く。褒められているんだろうけど、結果的に守れなかったから、複雑だった。
「セドリック、お前は戦いの才能がある。あの場で咄嗟に最善策を実行するのはなかなか出来ない。どうだ、俺を守るついでに、騎士団にでも入るか?」
「……うん、そうだね。クロムより強くなって、ぼくがクロムを守れるように」
ぼくがそう答えると、クロムは嬉しそうにして、それから楽しみにしてるぞ、と言った。