【60】悪役令嬢?
「そういえば……ソフィ嬢の護衛はラシェルという女騎士でしたよね? 辞めさせたのですか?」
「まさか。今日の式で私と兄上の護衛についていましたわ」
私を突くにはラシェルしかないのか? とキレ散らかしそうになるのをぐっと堪えて答える。この人も、ラシェルの元護衛対象だったのだろうか。……分からないが、公爵家に喧嘩売れないからラシェルを護衛にしたことを突くしかできないのだろう。
「そうでしたか。いまこの会場に居ないので、辞めさせたのかと」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる目の前のこいつにイラつきを覚える。あんな優秀な護衛、女だからって理由だけで辞めさせるわけないでしょうに。
「面白いことを仰るのですねマルリード卿は……。あんなに優秀な護衛、帝国中を探し回っても中々いませんわ。まあ、過去に色々あったみたいですけど? 彼女に任せておけば私になにか被害があるわけでもありませんし、辞めさせる意味がわかりませんわ」
もうさっさと会話を切り上げてどっかいけよ、お前と話してる時間勿体無いんだよ。そう思いながら嫌味ったらしく返すと、ハハハ、と声を出して笑った。
「公爵令嬢ともあろうお方が……良くない噂が多い女騎士を護衛にするなんて。良い護衛は残っていなかったのですかねぇ……」
「あら、ご存知ないのですね。ラシェルは聖誕祝祭の会場警備長を陛下から任命されたのですよ。国の一大行事の警備長だなんて、とても名誉なことではなくて?」
マルリードの含みのある言い方に苛立ちを覚えながらも笑顔を作る。私の返答が予想外だったのか、マルリードは驚いたように目を丸くしたが、またあの気味の悪い笑みを浮かべた。
「成程、でしたらレディのエスコートは別の方がされるのですね。……婚約者がまだいないとお聞きしましたが……今度は一体誰をお選びになるのでしょうか? エルド総団長はこの前の戦争で亡くなりましたしねぇ……」
マルリードは顎に手を当て、首を傾げる。……地味に痛いところを突かれた。ラルークは貴族だが養子で、今後もしハルベルト卿に子供が出来たらラルークは長男だが家は継げないのが普通だ。それに子爵で、公爵家の私とは爵位もかなり離れている。
何と返そうか悩むことコンマ数秒、私はあることを思いつく。マルリードが私を見下しているなら、こちらも見下してやればいいのだ! そうだそうしよう、いっそ悪役令嬢になってしまおう。正直悪役令嬢になって婚約破棄とか破滅ルートは嫌だが、運がいいのか悪いのか婚約者は居ないし破滅もクソもそこまで広い交友関係もない、そのうえ特化魔法は継いでないから家に迷惑がかかることになったらしれっと存在を消してしまっても問題ない。
ふははは、と心の中で高笑いしながら口を開く。
「っふふ、下民は妄想がお得意ですのね。私が選ぶ相手など貴方には関係なくってよ? 私がわざわざマルリード卿の意見を取り入れろと? 馬鹿馬鹿しい、寝言は寝てから言ってくださる?」
なるべく傲慢に見えるよう、嘲笑うような笑みを浮かべて言い切る。マルリードは目を見開いたあと、額に青筋を立てた。
怒りの表情のままこちらへずんずんと近づいてくる。おー、怖い怖い。よくクロムもセドリックも同じ会場にいるのにこんな挑発的な態度できるな。……私も人のこと言えないが。
「あら、これ以上近付かないでくださる? 下民の臭いが移ってしまいますわ」
さらに煽ると、マルリードの顔は真っ赤になった。おお、煽り耐性低いなこの人。なんか面白くなってきた。
「っ……! 父が公爵だからって、調子に乗るなよ!」
ついに目の前まで来たマルリードが私の胸ぐらを掴む。そのタイミングを見計らって、リリーを呼び出した。
「跪きなさい下民が」
そう呟くと、マルリードの掴んだ手が離れそのまま膝から崩れ落ちる。
「なん……!? 身体が、勝手に……っ」
「下民の貴方には見えていないようだけど……私、高位精霊と契約しているの。他の令嬢たちが楽しくお茶会をしている間、ずーっと引きこもっていたわけではなくって。勉学に全属性魔法……私の魔法でしたら、貴方一人くらいは操れますし、殺せますわ。だって私、公爵家の娘ですもの」
そう言いながら私の下に跪くマルリードを踏みつける。うっかり殺さないようにリリーに調節してもらってるが、この調子だとキレた勢いで本当に殺しかねないので気をつけなければ。
公爵令嬢という身分を振りかざすのは正直気が引けるけど、私以外の人のことをネチネチ言われるのは気に食わない。そもそも、クロムの親族系だったらクロムが来た時点で顔を合わせるだろうし、戴冠式でマルリードの顔は見てないし、そこそこの身分といってもせいぜい伯爵だろう。いくら私がまだ成人してないとはいえ、無礼を働いていいわけがない。
ヒールに体重をかけると、マルリードが苦しそうな声を出した。
(……せっかく頑張ってきたあざと可愛い作戦もこれで台無し……大人レディ作戦もほぼ失敗。はぁ、すぐ頭にくる癖何とかしないと……)
心の中で溜息をつくと、ふと声をかけられる。顔を上げると、クロムとセドリックが立っていた。
「……ソフィ、さすがにやりすぎだよ。嫌なことがあったら、父上に言うのが一番だと思うよ?」
セドリックが困ったような顔をする。そしてクロムは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「……お嬢さん」
私にしか聞こえないくらいの小さな声で、クロムが私を呼ぶ。セドリックと少し距離を取り、どうしたの? と聞けば、ただ一言、やるか? とだけ聞かれた。
「……お兄様が何か言われたわけじゃないから、別にいい」
そういえばと思い出す。クロムは結構残虐……といえば変だが敵に対して容赦ない面があった。クロムとセドリックの聖誕祝祭の日、セドリックを切った相手を躊躇いなく殺そうとしていたし。
あえて私にしか聞こえないくらいの声で言ったということは、きっとセドリックには隠しているのだろう。あの日、間接的に拷問を促したから……あのときは騎士団の誰かがやったのかなと思ったが、クロムの性格を考えるときっと夜か次の日にはクロムが直接手を下したのかもしれない。
私はクロムの言葉に、首を横に振って答える。そうか、と一言だけ呟いて、すぐにセドリックのそばへ行った。
「誰もがセドリックのように忍耐力がある訳では無いのだぞ。現にお嬢さんの足元にいる男は、お嬢さんの言葉に耐えられず手を出して返り討ちにあったのだろう。それよりもまず……公爵家の人間を侮辱したことについて、この男に謝罪させるべきだろうな」
クロムがセドリックに向かってそう言えば、セドリックは少し間を置いてそうだね、と声を漏らした。




