【58】戴冠式。
「お嬢様! さすがに起きてください、今日は殿下の戴冠式ですよ!」
「ん……? ……はっ、もう朝!?」
ルルリエに叩き起されて飛び起きる。昨夜、国の一大イベントに出席する緊張でなかなか眠れず、いっそ徹夜で行こうと覚悟したくらいの時間に寝落ちしたみたいだ。
今日はゆっくり髪を乾かす時間がないので魔法で乾かしてください、と言われ頷くと風呂に入れられる。こくこくと寝落ちしそうになりながらも湯船につかり、そこそこであがると香油が塗られ、魔法で風を起こすと三原色侍女たちが丁寧にブローしてくれた。
侍女長のバーベラが朝食を運んできてくれて、腹六分目くらいまで胃に流し込む。お食事中すみません、とファムが一言断りを入れて髪をセットしてくれた。いつもならこのままベッドに飛び込んで二度寝したいところだが、今日はそうはいかない。いまだ寝ぼけ眼の私を見てさすがのルルリエも呆れたようにため息をついた。
「セドリック様はもう部屋で待機しておられますよ」
「うそ、もう準備終わってるの?」
ルルリエの言葉を聞き一気に目が覚めた私は紅茶を飲み干すとすぐに立ち上がった。その後あれやこれやと着替えさせられ化粧を施されるとあっという間に馬車が玄関に到着したと連絡がきて、慌てて部屋を出た。
「ソフィ、そんなに慌てると転んじゃうよ」
玄関に向かう途中でセドリックに声をかけられる。振り向くと、騎士団の正装に身を包んだセドリックが苦笑しながら立っていた。
「おはよう。緊張しちゃって眠れなくて……」
「だから慌ててたんだね。行こうか」
セドリックが手を差し出す。手袋越しなので素肌に触れることはないが、セドリックの手の体温を感じ少しだけ緊張が和らいだ気がした。セドリックの手を取り、一緒に歩きだす。
馬車へ乗り、皇宮へ着くと既に戴冠式の準備がされていた。近衛騎士団は皇帝陛下の周りを固め、魔法騎士団は会場となる大広間の周りに配置されるらしい。セドリックに聞いたところによると魔法騎士団が一番大変そうだ。今日セドリックは魔法騎士団としてではなく公爵子息として出席するので護衛される側だが、魔法騎士団の式練習には参加していたみたいでそう言っていた。今日ラシェルは近衛騎士団としてではなく私とセドリックの護衛として参加している。私たちを見つけると近衛騎士団の準備を終わらせ護衛に回った。
「えぇと、クロム……殿下と陛下が入ってきたら、挨拶して、そのあとは……」
覚えている範囲で復習する。皇太子であるクロムが次の皇帝に即位することが正式に発表され、そして本日の戴冠式をもって即位することになっているのだ。国で一番重要な式典、間違えないようにしないと。
私たちの持ち場へ移動すると、父と母も既に居た。ちらと周りを窺えば、所謂皇帝派と呼ばれる貴族が多かった。私たち公爵家は皇帝派で一番勢力が強い家なので家族全員が出席しているが、他は代表一名ないし二名のようだ。クロムがセドリックを出席させるために私もついでに呼ばれたような気がするが気にしないでおこう。
正午を知らせる鐘が鳴る。それと共に、大広間の扉が開かれた。参列者が一斉に頭を下げると両陛下が現れる。皇族の正装を身にまとい、真っ直ぐ赤い絨毯の上を歩いて玉座へ座った。
「……着席を」
ベルク陛下の言葉で、皆が顔を上げる。着席すると、戴冠式の開始宣言がなされた。
その後、式はつつがなく進んでいく。皇后陛下の挨拶と、ベルク陛下の退位宣言、そしてクロムの戴冠。大広間の扉が開かれ、クロムが絨毯の上を歩いていく。そして陛下の座る玉座の前に立つと片膝をついた。
「クロム・ソレイユ・ヴィルライト、ここに新しき皇帝となりて帝国に繁栄をもたらすことを誓う」
凛とした声が響く。クロムはゆっくりと立ち上がると、皇帝の証である冠を陛下から受け取った。王冠を被るその姿はとても美しく、荘厳だった。陛下へ一礼をしたあと、順に出席者へ視線を向け、頭を下げた。そして両陛下も立ち上がり、三人はまた絨毯の上を歩いていって、大広間の扉がバタンと閉ざされる。
これで無事に戴冠式が終わった。ほっと胸を撫で下ろし、椅子から立ち上がる。
「ソフィとセドリックはこの後のパーティに参加する?」
「僕はクロムから出るように言われているので参加します」
「俺はベルク……陛下と話があるから先に行くよ、カティアナとソフィは屋敷に戻るかい?」
父がそう聞いてきたので私は首を縦に振った。この後は夜会になるけれど、私はまだ子供だからお留守番だ。
じゃあ先に帰っていようか、と母と一緒に馬車に乗り込もうとしたところで、後ろから声を掛けられる。振り返るとそこにいたのはクロムだった。
「お嬢さん。パーティは参加しないか?」
「クロム! ……でん……、ええと、陛下? 戴冠式おつかれさま。私はまだ成人してないし帰ろうかなって……」
「そうか、セドリックに出るよう言ったからお嬢さんも来るものだと思っていた。この後何もなければどうだ? 夫人もよろしければ」
「お心遣いありがとうございます。でも、せっかくですけど私は遠慮させていただきますわ。少し体調が優れなくて……。ソフィは行ってきたらどうかしら? 普段会わないような方も参加されるはずよ」
母はやんわり断り、どう? と私に振る。確かにいつも会う人たちとは違う人がいるだろう。聖誕祝祭前だし、会ってて損は無いだろう。こくりと首肯した。
「では行こう。……夫人、本日は出席していただき感謝する。二人を借りる」
「えぇ。……ソレイユと星の輝き、希望と未来に祝福あれ」
母はぺこりと挨拶し、そのまま馬車へ乗り込んだ。それを見送った私とクロムは、パーティの会場の方へ向かっていった。




