【57】デザイン。
翌日、昼過ぎにマダムが聖誕祝祭とクロムの戴冠式用のオーダーメイドドレスの採寸に屋敷に来たので、一緒にデザインや色を決めていった。
「色とかは決まってますか?」
「お兄様からもらったこのネックレス、どっちかでつけて行きたいんだよね」
私はそう言いながら、鎖の部分を持ち上げてみせる。マダムはそのネックレスをまじまじと見たあと、さらさらとスケッチブックにデザインを描いていった。
今更だが、この世界には中世ヨーロッパの貴族で主流だったドレスはもちろん、パーティなどでは現代にあるようなボディラインが分かるドレスも着用される。つまるところ、中世と現代の良いとこ取りファンタジー世界というわけだ。現代の夢を見たことで忘れかけていた記憶も思い出し、異世界転生系漫画あるある世界だと納得させることができた。数年前セドリックにタイの留め具を渡した後もこんなことを考えていたが、これでこの世界の時代観を考えるのはやめにしよう。
マダムのスケッチブックをちらとみると、既に何着か描き込まれていた。その絵はとても美しく、さすがプロといったところだ。大ぶりなVラインのビジューとパールネックレスに合うような、デコルテが綺麗に見えるベアトップデザインが多い。
「ソフィ様はまだ少し背が低いですし、会場的にもマーメイドラインやスレンダーラインは合わないかもしれませんね」
「だったらエンパイアライン……は、高めのヒールじゃなきゃ合わないかな?」
「合わないことはないと思いますが……シルエットがAラインやベルラインに比べてほっそりしてるので、ヒールで身長を取った方がいいと思います」
「うーん、そっかぁ……難しいなぁ」
そう言って私は苦笑いを浮かべた。クロムの戴冠式はクロムがメインだから私は当たり障りないドレスのほうがいいだろう。となれば大人っぽいドレスは聖誕祝祭で着る方がいいだろうけど、高いヒールでダンスするのは前回の聖誕祝祭で経験済みなのでできれば避けたい。ダンスがないからクロムの戴冠式でだったらエンパイアラインのドレスも着られるが、ベルク陛下の戴冠式のとき(前皇帝は暗殺されたらしいので形式上だったらしいが)出席した女の人はほとんどがAラインドレスだったとマダムが言っていたし私もAラインのほうがいいだろう。シルエットで大人っぽさを出すよりデザインと色で勝負するしかないだろうか。マダムの描いてくれたデザイン画を見ながらうんうんと考える。
「オフショルダーのように肩を出してそこから下をレースのベルスリーブにして……このネックレスでしたら、メインの宝石はサファイアブルーですけど周りがダイヤなので、ドレスの色はあまり気にしなくても大丈夫だと思いますよ。青や白系だとなおいいですが」
そういいながら描かれたデザインは、シンプルなAラインだがベアトップタイプで胸元と背中が開いていてセクシーで、肩より下から伸びるレースのベルスリーブとドレス全体のチュールが透け感を出していて可愛らしくも見える。確かにこれならネックレスも映えるし、大人っぽいしパッと見のシルエットもよくあるドレスで悪目立ちしなさそうだ。色はベースが薄い青で、チュールが濃いめの青とかはどうですか? と聞かれ、そうしてもらうことにした。
「あとは聖誕祝祭のドレスだね」
「聖誕祝祭はダンスもあるので難しいですね。エンパイアラインのドレス、とても素敵ですが……どうしてもヒールが高くなってしまうのが難点ですね」
マダムが何通りかデザインを新たに描いてくれて、それを眺めながら考える。どれも素敵なのだが、やはり一番気になるのはヒールの高さだった。マダムも同じのようで、少し丈を短くしてヒールを低く……など色々呟きながら考えてくれている。
「そう言えば、お相手の身長差はどれくらいですか?」
ふと思い出したようにマダムが聞いてきた。うーん、とラルークの身長を思い出しながら答える。
「お兄様よりちょっと低いけどジャックスよりは高いし……百七十いくかいかないかくらいかな?」
「なるほど……でしたら七センチくらいのヒールでも大丈夫そうですね」
私の言葉を聞いてまたマダムがペンを走らせ始める。
「赤とか、普段あんまり着ないのを着てみたいかなぁ……」
私がぼそりと呟くと、マダムがばっと顔を上げる。心做しかメガネの奥がキラリと光った……気がする。あ、そういえば、マダムは赤系のデザインが好きだったような……。
「赤でしたら、こちらのデザインなんていかがでしょう! 薔薇をコンセプトにしたデザインで、ウエストのリボンは金糸を。スカート部分はオーガンジーとチュールを重ねていてボリュームがありながらも軽やかな仕上がりに! 色は黒と赤で大人っぽくも見えますし……」
マダムが興奮気味に差し出してきたデザインを見つめる。赤のドレスだが、ブラックチュールと金の刺繍がアクセントになっていて可愛い。ボリュームのあるスカート部分だが、前はすこし短めでフィッシュテールタイプだ。
「実は、いつかソフィ様に着て頂きたいと思ってこっそりデザインしていたものでして……。幼い時はピンク系で今は青や白などが多いので、眠らせていたのですが……」
「えっ、そうだったの?」
驚きの声をあげると、マダムが恥ずかしそうにはい……と小さく答えた。
その表情を見たらなんだか私まで照れてしまう。マダムは私が小さい時からずっと私のことを考えていてくれたんだと思うと嬉しい。……デザインも大人っぽいし、これにしよう。
「聖誕祝祭のドレス、これにする! 」
私が満面の笑みで言うと、マダムは嬉しさを隠しきれない様子で早速仕立ててきますと屋敷を後にした。




