【54】幸せな夢を見よう。
持ってきてもらった食事を済ませ、順番にお風呂に入る。お湯はラルークが魔法で出してくれ、うとうとと船を漕ぐ私を見かねた彼が髪を乾かしてくれた。何から何まで申し訳ないなと反省しつつベッドに入ると、睡魔に襲われる。
「おやすみ、お姫様」
「……うん……? おやすみ……、ラルークは?」
「僕はソファで寝るよ」
私が尋ねると、ラルークはさらりとソファで寝ると言うので一瞬返答に困った。ベッドに入ってしまった上にかなりの眠気で出られそうにないが、かといって遠くから来たラルークをソファで寝させるのも気が引ける。私の身長でちょうどいいくらいのサイズのソファで寝るのは窮屈だろう。
「ラルークもベッドで寝なよ、私、寝相いいから……」
言い終わる前にふぁっとあくびが出る。駄目だ、これ以上起きているのは無理だ。
気になるなら真ん中でバリケードでも置こうと枕を二つ並べ、そばに居たラルークの手を引く。ぼんやりと彼を見ると、あっけからんというか、ぽかんというか、よく分からない表情をして大きくため息をついた。
「おやすみ……」
またひとつ、欠伸が出てそのまま瞼を閉じる。ラルークもソファで寝るのは諦めたのか、ゴソゴソと布団をめくり寝転がったようだ。ほっと安心すると、そのまま眠りについた。
・・・
ふわり。宙に浮くような感覚。真白な世界で寝ぼけ眼を擦ると、ぽつんと置かれたベッドの上に一人の女の人が眠っていた。
誰だろう、と顔を覗くと、そこには私がいた。
(……あれ?)
自分の姿を確認してみても、そこにいるのは紛れもなく自分だった。私は確かにソフィだけど、目の前にいるのは間違いなく私自身である。
なんとなく鏡を見るのが怖くて、恐る恐るもう一人の自分に手を伸ばすと、触れられずするりと通り抜ける。そして、その瞬間走馬灯のように記憶が駆け巡った。
(あぁ……、これは、夢か)
そう自覚する。来る、あの夢が。ヘッドライトに照らされて、トラックに引き摺られる。そう身構えるが、次の場面は想像していたものではなかった。
『やまなし!』
地元の友人が、私に手を振っている。私は彼女を追いかけ、待って、と呟いた。
『そんなに走らなくても……星は逃げないってば……』
『何言ってんのよ、やまなしが星見たいーなんていうからわざわざ長野まで来たのに』
彼女は呆れたように笑う。そうだ、これは高校卒業後、卒業旅行に行ったときの記憶だ。どうしてこんな記憶を見ているんだろう。不思議に思いながらも、私は宙に浮きながら私を追いかける。
『そうだけど……。それにしても、あっちのチケット取れなかったの残念だったね。ツアーのほうも行ってみたかった……』
『そうだねー、でもまぁ、こっちも凄いんでしょ? 迷ってるうちに夜になって施設には入れないけど……周辺からでもすごい綺麗って、ネットに書いてたし』
電車を降り、しばらく歩く。ふと空を見上げると、ここからでも充分綺麗な、満天の星空だった。
『ここからでもすごいね……。やっぱり、長野来て良かった』
私は目を輝かせて言う。この日のためにバイト代を貯めてきた甲斐があった。
『やまなし、競走しようよ』
『えぇ……、寒いのに?』
『寒いからだってー、ほら、負けた方がコンポタ缶奢りね』
私は渋々了承した。そして、二人で同時に走り出す。……あぁ、懐かしいな。こんなこともあった、私のとても幸せな思い出。
突然、世界が変わった。さっきまで見ていた景色が消え去り、真っ暗な闇が広がる。
(ここはどこ……?)
辺りを見渡しても何も見えない。ただ、果てしない暗闇が広がっているだけだ。そして、急に明かりがともされる。あ、来た。そう思った途端、トラックのブレーキ音が響いて視界が歪む。身体中を打ち付ける痛みと、迫りくる地面がスローモーションに見えるような感覚。それから――……。
・・・
「っ……はぁ、はぁ……」
汗びっしょりで飛び起きる。またあの夢を見た。夢の中で感じていた痛みや恐怖はまだ鮮明に残っている。最近は、一回にみる夢が長くなってるような気がする。
私はゆっくりと体を起こし、ファムたちを呼ぼうと呼びベルを探す。そしてあ、と思い出した。……そうだ、ここ、私の家じゃなかった。ばっと隣を見ると、ラルークも起きていたようで、心配そうに私を見つめていた。
「お姫様……、相当魘されていたけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫……ごめんね、起こしちゃったみたいで」
じくじくと頭痛がする。本当に、タイミングが悪い。恐らく朝には熱が出てるだろう。はぁ、とため息をついた。
「そうだ……水でも飲む? 温かいのがいいなら紅茶でも……」
「ありがとう……お水、ほしいな」
ラルークはわかったと言って、ベッドから降りる。彼はコップに水を注いでくれ、はいと手渡す。私はそれを受け取って口に含んだ。少しぬるいけれど、今の私にとってはちょうど良い温度だ。
汗をかいてベタベタと気持ち悪いが、急な泊まりのせいで着替えがもうない。仕方ないので身体拭いてくる、とベッドから降りた。ふらりと足元がおぼつかず、転びそうになったのをラルークが支えてくれた。
「僕がタオル持ってくるよ。お姫様はここで休んでて」
「……ごめんね、何から何までありがとう」
ラルークは気にしないでと微笑み、部屋から出て行った。その背中を見ながら、はぁとため息をつく。本当はお風呂に入りたいくらいだが、それは諦めよう。というかこの体調だと入れないだろう。
ラルークは数枚のタオルと濡らしタオルを持ってきてくれた。あっち向いてるね、といい背を向けたのを見て服を少し脱ぎ汗を拭いた。
「雨も降って、朝からずっと魔法を使っていたから、体調崩しちゃったのかもしれないね。……ごめんね、僕がもっと早く気付いていれば」
「ううん、大丈夫。時々あるの、こうして夜中体調悪くなるの……多分朝には熱出てると思うけど、ラルークのせいじゃないから心配しないで。それより、一緒に居てくれて安心した。ありがとね」
もし別部屋だったら、そもそもあの時ラルークを引き留めず一人で泊まっていたらと考えれば、ラルークが居てくれて本当に良かった。一人で処理できないほどの体調の悪さではないが、こういうとき一人だと心細い。
拭き終わったよ、と呟けばラルークが振り向く。そして私に横になるよう促し、布団をかけてくれた。
「朝、馬車が出せるくらいに天気が戻ってたらすぐに屋敷に戻ろう」
「うん」
おやすみ、と言いながらラルークはぽんぽんと頭を撫でてくれた。私はそれに甘えるように目を瞑る。ラルークは私が寝付くまで側にいてくれるようだ。だんだんと睡魔が襲ってきて、私は意識を手放した。




