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【52】アフターヌーンと豪雨。

 馬車に揺られること数分、街へ出て馬車を降り、少し歩くとその店に到着した。最近できたからか綺麗な外装だ。店内へ入ると店員さんに席へと案内される。内装も凝っていて、白を基調とした壁紙や椅子などが統一感がありオシャレだった。

 メニューを見て紅茶を選び、運ばれてきたケーキなどを食べているとだんだん元気になってきた。そしてハッと思い出す。そうだ、今日こそは聖誕祝祭(ファンティスタ)のことを聞かなきゃ。


「ねぇ、ラルーク。再来月の聖誕祝祭(ファンティスタ)、一緒に出てくれない? ……も、勿論、予定が合えばだし、そもそも婚約者とかいたらあれだけど……」


 自分で言っといてなんだが、どんどん声が小さくなっていく。カラン、と音が聞こえてちらと前にいるラルークを見れば、彼は目を丸くして私を見つめながら、手に持っていたティースプーンをテーブルに落としていた。


「えっ、聖誕祝祭(ファンティスタ)の……パートナーってこと、だよね? えぇっ、お姫様の……えっと、うん、ちょっとまって……」


 ラルークはそう言うと口を手で覆った。何かブツブツと言っているが、よく聞き取れない。そんなに変なこと言っただろうかと首を傾げていれば、ラルークはバッと顔を上げた。何故か緊張した面持ちで、一度深呼吸をする。


「ぼ、僕でいいの?」


「うん。……その、まだ恥ずかしながら、婚約者居なくて。それに、ラシェルが聖誕祝祭(ファンティスタ)の日会場警備のほうにつくかもしれなくて、パートナーまだ決まってなくて……。急なんだけど、ラルークさえ良ければ……」


「もっ、もちろん……! 本当に僕でいいの? お姫様とだと、身分差がありすぎると思うんだけど……」


 子爵とはいえ養子だし、とラルークは小さく呟いた。確かに、私とラルークでは身分差があるだろう。だがしかし、そんなこと言ってられる余裕も時間もない。来月にはクロムの戴冠式で、セドリックと父が出席するから私も流れで出席することになったし、このあとはお茶会やパーティの予定がぎっしり詰まっている。今から新しく探したパートナーと親交を深め、ダンスのレッスンなど到底やってられない。……もしラルークも無理なら死ぬ気でやるしかないと思っていたから、彼が承諾してくれてホッとした。


「そんなの関係ないよ! 良かったぁ、パートナーどうしようかって本当悩んでたんだ」


 私が笑うと、ラルークもつられて笑った。その後、お互いの予定などを話し合い、ダンスの合わせなどの日程を決めた。また細かいことは手紙でやりとりすることにして、店を出る。お腹も満たされて元気になった、と笑えば、ラルークも微笑んだ。


「せっかくだし、少し街を歩いていこうよ。このあとなにか予定ある?」


「ううん、ないよ」


 今日はもう帰るだけなので、特に用事はない。私はラルークの提案に乗ることにした。

 街の大通りに出ると、人が多く行き交っている。公爵領は皇宮に近く警備がしっかりしているのもあるが、父の領地経営のおかげもあり治安が良い。それでもたまにスリや置き引きが出ることもあるのだが。

 ラルークと歩いていると、やはり視線が痛い。セドリックと一緒のときとは違う視線だ。……そりゃあ見知らぬ人と領主の娘が歩いてたらそうなるか。


 ふとマダムの店が目に入る。ショーウィンドウには新作のドレスが飾られていた。淡い水色のシフォン生地のエンパイアラインのドレス。スカート部分はフワリと広がり、裾はくるぶしまである。

 聖誕祝祭(ファンティスタ)用のドレスも仕立ててもらわないとな、と思いながら通り過ぎようとするとラルークに声をかけられる。


「見ていく?」


「あっ、ううん。大丈夫。聖誕祝祭(ファンティスタ)のドレス、そろそろ考えなきゃなって思っただけ」


 そう言うと、ラルークは納得したようにああ、と声を上げた。


「どんなのにするのかは決めてるの?」


「うーん……、前は青と白のドレスだったから違うのがいいけど……少し前にお兄様からもらったネックレスがすごく可愛いから付けたいんだよなぁ」


 赤とかのドレスが着たいが、貰ったネックレスは青とダイヤだから合わなさそうだ。……まあその辺は、また今度マダムに実物を見せて似合うドレスをオーダーメイドで作ってもらおう。

 マダムの店を通り過ぎ、しばらく歩くと噴水のある広場に着いた。ここは待ち合わせ場所によく使われる場所だ。少し休もうかなと思い広場に目をやると、見覚えのある服装の人たちがいた。あの服は、騎士団だ。こんなところでなにをしているんだろう。じっと遠くから見つめていると、奥の方に団長のコートが見えた。どこの騎士団だろうと思い目を凝らすと、コートの男が身体の向きを変え、顔がちらりと見える。


「あれ……ジャックス?」


 ジャックスがいるなら軍事騎士団だろうか、でも総団長だからそうとも限らないか。何をしてるのか気になり、ラルークに断って騎士団員が集まる所へ向かった。


「ジャックス、何してるの?」


「ンあ? ……あぁ、チビ。久しぶりだな。呑気にオサンポか?」


 ケッ、と嫌味ったらしく笑うジャックスは相変わらずの態度だが、私のことをちゃんと認識してくれていたようだ。


「うん、そうだけど……」


 そう答えると、ジャックスは私と隣にいるラルークを交互に見たあと、ニヤリと笑みを浮かべた。


「デート中悪ぃが……これから大雨でな、下手すりゃ数十年に一度の大洪水が起こるくらいってよ。だから水止めに来たんだよ」


「でっ……!? って、大雨? そんな感じはしないけど……」


 急にデートと言われて思わず顔を赤くしてしまった。慌てて誤魔化すように周りを見渡すと、家を出た時にはなかった大きな雲が流れてきていた。確かに、あの雲だと雨が降りそうだ。しかし、ジャックスが言うには洪水になるほどの雨量らしい。普通の雨雲っぽいけどなと首を傾げる。


「俺ァもう用終わったから帰るぞ。デートはそこそこに、チビも帰れよ」


 ジャックスはそれだけ言って騎士団員たちと撤収した。ラルークの方を見ると、総団長とも知り合いなんだね、と呟いた。


「エルドさん繋がりで……。それより、雨降るなら、私たちも戻った方がいいのかな。うーん、でも、ちょっと休憩したいなぁ」


 広場に来て数分しか経っていないが、雨が降ってくるのであれば早めに帰った方が良いのかもしれない。けれど、もう少しだけゆっくりしたい気持ちもある。

 悩んでいると、広場の向こう側に屋根付きのベンチを見つけた。あそこで座って考えよう。

 そう思い、ラルークとそちらへ向かった。


 数分休憩し、そろそろ戻ろうかと立ち上がり少し歩いたところでぽつりと頬に冷たい感触を感じた。空を見ると黒い雲で覆われていて、そこから次々と大粒の水滴が落ちてくる。

 これはまずいかもしれない。急いで帰らなければと思った瞬間、雷鳴と共に激しい音を立てて地面が揺れ、すぐにバケツをひっくり返したような土砂降りになった。


「わっ……すごい雨、ジャックスが言ってた通りだ」


「一旦屋根のある所へ行こう」


「そうだね。……あ、そうだ、近くに宿屋があったはず、タリージェさんのところだから確か……」


 馬車へ戻るには少し遠いし、呼ぶにしても待てる場所を探さなければならない。私はラルークの手を引いて、近くの宿屋へと向かった。

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