【50】パートナー。
夕方頃、普段の魔法の家庭教師との授業を終え自室に戻る途中、セドリックを乗せた馬車が屋敷の前に到着したらしい。私も迎えに行こうと玄関の方へ向かった。
「おかえり、お兄様」
早速大人レディ憧れ作戦を実行……とにーに呼びからお兄様にしてみたが、十二年の慣れのせいか、少し小恥ずかしくてぎこちなくなってしまった。
「ただいま。……ふふ、父上が言ってた通りだ。なんだかちょっと寂しいね」
「えっ、パ……お父様からきいたの?」
「うん、手紙が届いたんだ」
そうだったんだ、と納得すると同時に疑問が浮かぶ。ここからミリアードまでだと早馬を使ってもかなり時間がかかりそうなのに、そんなに早くに手紙を書いたのだろうか。父の部屋に行ったのはつい四日前だ。
少し意識をそちらに飛ばしていると、セドリックが父上も空間移動で来たのかな、と呟いた。なるほど、その手があったのか。
少し休んでから食事にするとセドリックが言ったので、今日は久しぶりに家族揃ってご飯にすることにした。セドリックと一緒に自室へ向かう。
「調査のときにハルベルト卿と話したよ。あと、打ち上げで一緒に飲んだ」
少し歩いているとセドリックがそう言った。勝手に二人はあんまり仲良くないと思っていたから、少し意外で私はえっ、と声を漏らした。
「そうなんだ、意外……。どんな話をしたの?」
セドリックはうーんと頭を捻って思い出すような仕草をする。色々話したけど、と前置きをしたあと話し始めた。
「まあ、基本魔法の話だよ。……今回の調査で、まず魔獣の発生地点を特定する必要があったんだけど……、人為的に発生させられてたら魔法の発動の痕跡が微かに残るんだよね。それで、その痕跡があるかどうかをまず調べるんだけど、その魔法って結構難しくて」
セドリックはそのまま続ける。その追跡魔法をリルヴェートさんと所長さん、ラルークとセドリックで手分けして東西南北を調べるつもりだったらしいが、ラルークが全方位に魔法をかけてあらかた絞ったみたいだ。その魔法についてその時説明を受けたらしい。なんだかよく分からないが、広範囲に魔法をかけるときはかなり魔力を使うみたいで、普通の人は一回使うと倒れてしまうくらい魔力を消費するらしい。
ラルークってすごいね、と言うと、セドリックはそうだねと呟いた。
先に私の部屋につき、ドアの前で立ち止まる。またご飯の時ね、と言うと、セドリックはちょっと待って、と私を引きとめた。
「どうしたの?」
振り返ると、セドリックは困ったように眉を下げていた。そしてそのまましばらく黙り込んだ後、意を決したように口を開く。
「ソフィって……その、気になってる人とか、いるの?」
急にぶっ込まれた突拍子もない質問に思わず吹き出してしまいそうになるのを必死に堪え、急にどうしたの? と聞き返した。
(私が好きな人かぁ。この世界に来てからは恋愛なんて全く興味がなかったし、そもそもそんなこと考えたことなかったな……)
うーん、と腕を組んで考えてみるが、特に思い当たる人がいない。首を傾げながら、多分いないと思うと答えると、セドリックはほっとした様子を見せた。
なんで急にこんなことを聞くのだろう。……もしかして、三年後の聖誕祝祭のパートナーのことだろうか。前回はエルドさんだったけど、今回は何も考えていなかった。
「でもそろそろ聖誕祝祭のパートナー探さなきゃだね」
「……ああ、そうだね。うん……だれか居る?」
「うーん……特にはなぁ。交流あるのってクロムとか騎士団の人たちばっかりだし……。あ、ラルークとか? 婚約者が決まってないとそういうの考えるのもちょっと面倒だなぁ」
また誰でもいいと私が言おうものならファムやルルリエたちがああでもないこうでもないと騒ぎそうだし、困ったな、と頭を掻く。ラシェルでもいいんだけど、……というか護衛だしラシェルが最適だが、なんかチラッと聖誕祝祭の会場警備のうんたらが、と言っていたのを聞いた。私の年もそうなのかは分からないが、分からない以上確実な他の人を探しておく方がいいだろう。
うんうんと考えているとセドリックも何か考え始める。そしてしばらくの沈黙の後、また決まったら教えてねと呟いて自室へ歩いていった。
セドリックを見送ったあと私も部屋に入り、ソファに腰掛ける。しばらく聖誕祝祭のパートナーについて考えていたけど、結局私に強いこだわりがないせいで誰でもいいという結論にしかたどり着けず、考えるのをやめた。
机の上に置いていた小説を手に取り、朝の続きから読み始める。数十ページを読んだところで、食事の準備が終わったと言われたので着替えて部屋を出た。
久しぶりに家族揃っての食事だ。部屋に着くと、みんな揃っていて慌てて椅子に座る。運ばれてくる食事を食べながら、ぼんやりとセドリックのさっきの言葉を思い浮かべていた。……現代でも、特別誰かを好きになって付き合ったり恋愛したりということはそんなになかった。ただ、恋愛感情を抱かないという訳では無い。出会いが沢山あった学生の頃はそれなりに恋愛を嗜んできたつもりだし、社会人になってから合コンに行ったことだってある。恋人も何人かいた。ただ、いつも向こうからの告白で始まって、相手に合わせて付き合っていただけで私の方からこの人を好きだと思ったことはない。
いっそ父が婚約者を決めてくれたら楽なのにな、なんてぼんやり考える。貴族では珍しく家族みんな自由に好きな人と結婚していいと言ってくれている。とても有難いことなのに、いざ誰かと恋愛して結婚するとなると、全く想像できないのだ。
意識が時々そちらに飛んでいたが、久しぶりの家族の食事はとても楽しかった。食後、自室でゆっくり過ごしてから私はお風呂に入る。
(聖誕祝祭……うーん、パートナーかぁ……)
ぶくぶくと顔まで浸かるほど湯船に浸かりながら先程のことを考え直す。クロムは……無しだ。もうじき皇帝と交代するから、聖誕祝祭のパートナーにしようものなら皇后ルートか居るのかわかないが皇后候補の子との修羅場ルート間違いなしだ。ヨルクは……伯爵子息で一番条件としては良いが同い歳だからこれもなしだ。主役が被るから色々と面倒だ。騎士団の人たちは……。アリと言えばアリだが、そうなるならラシェルの都合も空けてもらわないと、ラシェルが護衛なのに別の騎士団を連れているとラシェルの評価が下がりかねない。他は……と考えてあ、と声を出す。ラルークはどうだろう。歳はすこし離れているが一応子爵の養子で貴族だし、そもそも前回エルドさんとだったから比べると歳の差は無いに等しいだろう。ただラルークに婚約者がいたら別だが。
今度会った時に聞いてみようかなと思いお風呂からあがる。もしラルークもダメだったらセドリックに無理言って頼もう。兄妹で出席するのは基本ダメらしいが、セドリックは騎士団員だし護衛も兼ねてますと言えばなんとかいけなくもない……と思う。
お風呂から出て、髪を乾かしてもらい、ベッドに寝転がる。手紙が来てないからなんとも言えないが、いつも通りなら明後日がラルークとの魔法の講習の周期だから、明後日来てくれたらそのとき聞いてみよう。そう決めて、眠りについた。




