表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/161

【49】調査と飲み会。下

 手を振られたのに無視するのもと思いセドリックはラルークの方へ向かう。それを見たラルークは立ち上がり、近くのカウンター席に腰掛けた。セドリックも隣に座る。


「イリフィリス卿はあまりお酒飲まないんですね」


 追加で一杯頼んだラルークは、グラスを傾けながらそう言った。セドリックは苦笑いしながらまぁ、と答える。


「ハルベルト卿は強いですね。僕は数杯で限界です」


「そう見えますか? 僕ももう、かなり酔ってるけど……」


 ラルークは苦笑すると、グラスに入った液体を飲み干した。そして、また新しく注文する。それと一緒にセドリックも新しいものを頼むことにした。


「僕はてっきり嫌われてるのかと思っていたよ。……まあ、護衛の黒髪の人にはかなり嫌われてるみたいだけど」


 ラルークの言葉にセドリックは少し考え込む。友好的かと聞かれるとそうでは無いが、護衛……ラシェルほど彼のことを嫌悪しているわけではない。ただ未だにソフィと二人きりにさせるのは少し心配ではある。勝ったとはいえ、戦争で禁忌魔法をつかったのだ。その事実は消えない。


「僕は別に……嫌いな訳じゃなくて、ソフィが心配なだけで」


 ラルークはふうん、と相槌を打つと、運ばれてきた飲み物を口に含んだ。セドリックにとってラルークとは魔法研究所にいる人で禁忌魔法を使った魔術師というイメージしかないが、こうしてみると普通に会話できるのだと少し意外だった。


「まあ、普通の人からしても禁忌魔法は嫌厭されるのにお姫様……ソフィ嬢は公爵令嬢だし、尚更だよね」


 彼女はあまりに普通に接してくれるけど、とラルークは付け足す。確かにソフィはあまり身分や立場などを気にしないタイプだと思う。公爵家の娘として生まれ、彼女に対して失礼な態度をとったり、無下に扱ったりする人がいないというのもあると思うが、誰に対しても分け隔てなく接している印象だ。


「……そうですね」


 セドリックが同意してみせると、ラルークはそうだよね、と眉を下げた。そしてまたグラスに入った酒を飲み干し、新しく別の酒を注文する。……この男は、どれだけ飲むつもりなのか。セドリックはちらとその様子を見たあと、自分の手元の酒を少しずつ流し込む。甘い酒(ワイン)なら大丈夫だろうと思って油断していたが、存外アルコールが強く頭の中がふわふわと浮くような感覚に襲われる。それと同時に眠気が身体に纏わり、欠伸が出そうになるのを必死に噛み殺し、呟いた。


「……ハルベルト卿は」


 ぽつりと呟かれた声に反応し、ラルークはセドリックを見る。彼はグラスの中をじっと見つめていた。言葉が途切れ、ラルークは目の前に置かれた酒の入った器を手に取る。しばらくの沈黙のあと、セドリックは口を開いた。


「ソフィのこと好きなんですか?」


 それはセドリックがずっと気になっていたことだった。

 初めて会った時からソフィのことをお姫様と呼んでいたらしいし、今は週に一回彼女に魔法を教えに行っている。一緒に出かけることもあった。

 ラルークは一瞬驚いたように目を大きくしたがすぐに微笑んでみせた。


「……どうだろうね。こういう話は、もっと酔わないと出来ないよ」


 先程まで散々飲んでいたくせにラルークはまだ酔っていないのか新しい酒を頼み始める。カウンターに置かれたブランデーグラスには琥珀色の液体が注がれていく。それを見ながら、セドリックは自身のグラスの酒を一気に飲み込んだ。

 しばらくグラスを手のひらの体温で温めたラルークは、一口飲んだあと少し間を置いて全て飲み干す。一杯で時間をかけて酔うような酒を一気に飲むラルークにセドリックは思わず顔をしかめた。しかしそんなセドリックの様子など全く意にも介さず、ラルークは空になったグラスを再び傾ける。そして、注がれた何杯目かに口をつける前に、彼は口を開いた。


「お姫様は……僕にとって、大切なひと、だよ」


 ラルークは目を細めて笑いながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。その瞳の奥にある感情は何だろうか。セドリックはじっとラルークを見るが、感情までは読み取れなかった。


「僕の魔法を……純粋に褒めてくれたのは彼女が初めて……それに、聞き上手だよね」


 ラルークはぽつりぽつりと話始めた。徐々に表情が微睡んでいるような、とろんとしたものに変わっていく。ようやく酔いが回ってきたのだろうか、それとも彼女との記憶がそうさせているのだろうか、隣のセドリックは黙って彼の話を聞くことにした。


「兄妹……いいなぁ。そもそも、出会ったのが奇跡みたいなものだから……。会う口実を作っても、届かないんだろうなって……」


 ラルークの言葉にセドリックは思わず彼を見た。それはもう、好きなのではないか。そう口に出しかけたところで、セドリックはぐっと抑えた。彼がその感情に名前をつけるつもりがないのなら、わざわざ教えてやる義理はない。見下すつもりでは無いが、セドリックとソフィは公爵家の子供で、ラルークは子爵家、その上実子ではなく養子である。身分差という壁はなかなか大きい。……彼があの感情に名前をつけないのは、つけるつもりがないのではなく、ラルークなりに色々考えた結果、つけられないと判断したのだろうか。ラルークは静かに酒を煽った後、ふうと息をつく。それからぼんやりと視線をセドリックに向けて、ふわりと笑った。

 セドリックはその笑顔を見て胸がざわつくのを感じた。何故この男はこんな風に笑うのだろう。まるで諦めたような顔だった。


(例えば……ソフィがラルークのことを好きなら、僕はどうする? 僕としては、クロムと一緒のほうがいいとは思うけど……ソフィ自身がどう思ってるかのほうが、重要か)


 ラルークとソフィの関係は良好なようだし、ソフィがラルークのことを好きだとしてもおかしくはないが、果たして。ソフィは十二歳とは思えないほどしっかりしているが、まだまだ幼い部分もある。


「大切な人、か……」


 セドリックは考え込むように顎に手を当てて呟いた。そんな様子をラルークはちらと見て、グラスに残った酒を飲み干した。


「そう。イリフィリス卿も、そういう人の一人や二人、いるでしょう?」


「…………」


 ラルークはにこりと笑って言った。彼は素面のときのように穏やかな口調だが、少しだけ声音が違う気がするのは気のせいではないだろう。セドリックは苦笑いを浮かべる。


「まあ、友人、でしたら」


 そう言ってセドリックは曖昧に微笑んだ。


 ソフィが誰かと恋仲になるなんて想像したこともなかった。そもそも、ソフィが恋愛に興味を示すかどうかすら怪しいところであるが……父の手紙に書き記されていた小説への憧れや、もうじき社交界に顔を出す機会も増える歳頃であることも考えれば、いつそういった相手が現れてもおかしくないと、セドリックは考える。


「ふふ……可愛い妹を持つと、大変だ」


 セドリックはそう言ってくすりと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] Twitterから来ました!(名前違いますが……笑) 主人公不在回、基本一人称視点でソフィちゃんの気持ちしかないですけど、普段は見れないキャラたちの気持ちが覗き見れて最高です〜!!イケメンが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ