【47】レディとドレス。
「最近は小説に夢中ですね」
あれから数日、図書館に通っては家に帰って本を読む生活を続けていた。入浴の準備に来たメティスが私の手元の本を見て言う。
「うん。結構面白いのがあって。ソフィ……私も、あんな大人なレディになりたいなぁ」
「ふふ、私もお嬢様くらいの歳の頃は、本を読んで大人に憧れたものです」
そう言って微笑んだメティスに内心ガッツポーズをする。我ながらなかなかいい作戦だったみたいだ。この調子で頑張っていこう。その日はいつも通りお風呂に入って髪を乾かした後、寝るまでずっと読書をしていた。
次の日の朝食を食べている時に、昨夜読んだ本の話をする。昨日の本は少し大人な内容で、貴族と庶民の男女の駆け落ち小説だった。ヒロインは貴族の令嬢。庶民の男に惹かれて身分違いの恋をして、紆余曲折ありながらも結ばれる話。最後はハッピーエンド。ああいう話もたまに読むと面白いものだ。キャッキャと大人レディに憧れてる感を出しながら語る。
「私もなんだか素敵な恋愛しないかなぁ。社交パーティで出会った年上の男の人とダンスして恋に落ちたり……」
ああだこうだと語っていると、部屋の扉がノックされる。ルルリエに出てもらうと、四日後にセドリックが帰ってくるという伝達だった。
「結局二週間くらい行ってたね。にーに……うーん、にーにって言い方子供っぽいよね。レディならなんだろ……お兄様? 兄上? それとも普通にセドリック? うーん……」
セドリックの呼び方をどうしようか悩んでいると、メティスが「お兄様でよろしいのでは?」と助言してくれる。確かにそれが一番しっくりくるかもしれない。
「お兄様……お兄様、よし、お兄様! ふふ、急にお兄様って言ったらビックリしちゃうかなぁ。あ、そうだ、ドレスもおとなっぽいのを新しく買おっと」
早速明日にでも仕立て屋に行こうと思って、メティスに予定を立ててもらうことにした。
翌日は朝から街に出て、仕立て屋に向かう。今日は馬車ではなく歩いて行ってみることにした。
少し歩くと、普段ドレスを仕立ててくれる店に到着する。店内に入ると、マダムが迎えてくれた。挨拶すると、早速採寸してもらう。
「前回より少し背が伸びましたね。体つきも徐々に大人っぽくなってますわ」
今日は普段より大人っぽいドレスですよね? と聞かれこくこくと頷いた。
「最近小説を読んでいてね、小説みたいな大人なレディに早くなりたいなぁって。まずは見た目から変えようと思って!」
「まあまあ。初めてお会いした時はあんなに小さかったのに……ソフィ様ももう十二歳ですものね」
しみじみとした様子で言うマダム。なんだか恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを感じた。
採寸が終わると、今度はデザイン選び。センスに自信が無いから、今の流行りをまとめて見せてもらうことにした。何着か選んでもらい、試着させてもらう。どれも大人っぽくて素敵だけど、どれがいいのか分からずうんうんと考え込む。昨夜父にドレスを仕立てに行くと言ったら、そのことよりもパパ呼びからお父様呼びに変えたことに相当ショック? を受けたのか、ひたすら上の空になっていてドレスの話を忘れていそうだったから、あんまり無駄遣いはしないようにしておかないと。基本好きなものを好きなだけ買ってきていいよと言われてはいるが、昨日の姿を見てさらに金銭的な面で追い打ちをかけるのは良心が痛む。せいぜい三着くらいにおさめてあとはちまちま時期をあけて買おう。
こうして選んだ三着のドレスは、一つは黒をベースとしたシンプルなデザインだが、胸元や袖口のレースが繊細で可愛らしさもありつつ大人っぽい雰囲気だ。首から胸元にかけて薄く透けるレース素材で肌が見えているのがセクシーでいい。裾に向かって広がるAラインのスカートには、銀糸で細かな刺繍が施されている。全体的に落ち着いた色合いだから、派手すぎずちょうどいい大人っぽさだ。もう一着は赤色で肩が大きく出ている。フィッシュテールっぽいデザインで生地が何枚も重なっていておしゃれだ。光沢のあるサテン地の上はチュールになっている。赤一色かと思いきや、よく見ると細かい花柄の模様が入っているのがとても可愛い。最後のドレスは首元まで生地があるが胸元までレースになっていて重く見えすぎず、裾の方に行くほど広がりを見せていてとても可愛い。色は青だけど黒にも見える不思議な色合いをしている。まるで深海のような深い色だが光があたるとキラキラ輝いて見える。
三着分の仕立てに少し時間がかかると言われたので、終わったら手紙を送って貰うことにした。そして帰ろうと思った時あ、と思いだす。クロムとセドリックに貰った深い青と黒のグラデーションになったエンパイアライン風のドレスのサイズを変えてもらいたいと思っていたのだった。デザインも大人っぽいし、スタイルがよく見えるから気に入っていたのだけれど、身長と胸のサイズが合わなくなってしまい、せっかく作ってくれたのに申し訳ないと思い仕立て屋さんにお願いしようかなと悩んでいたところなのだ。
「ねえ、ドレスのサイズを直して貰いたいんだけど、大丈夫?」
「ええ。ですが、ものによっては仕立てるより時間がかかってしまいますが……」
「うん、それは大丈夫。貰ったものだから、できるだけ長く着たくて……」
一緒に来ていたメティスにそのドレスを渡してもらう。受け取ったマダムは、しばらくそのドレスを見たあと、三着と一緒にお渡ししますと言った。その後、先に代金を支払って少し会話をしたあと、屋敷へ戻った。




