【45】プレゼント。
そのあとはセドリックと街をぶらつき、気になったものを買ったりして楽しかった。夕方になり屋敷に戻ろうと買ったものと一緒に馬車に乗り込む。
「今日はありがとね、楽しかった!」
「良かったよ。また行こうね」
セドリックが優しく微笑むので私もつられて笑顔になる。それからしばらく談笑していると、あっという間に家に着いてしまった。
「そうだ、ソフィ。これ、プレゼント」
家に着くや否やセドリックが紙袋を差し出してきた。
「えっ、いいの? ありがとう! 開けてもいい?」
セドリックがどうぞと言ってくれたので、紙袋を開ける。中からは綺麗に包装された箱が出てきた。
わくわくしながらリボンを解き蓋を開けると、そこにはサファイアブルーの石とその周りにダイヤがついたネックレスがあった。
わぁっと声を上げて目を輝かせると、それを見たセドリックが嬉しそうに笑う。セドリックは私の後ろに回り、元々付けていたネックレスを外しさっきのネックレスをつけてくれた。
「きれいでかわいい!」
「うん、似合ってるね」
「にーにはセンスいいよね、今まで貰ったのも全部可愛いもん」
セドリックは私の言葉を聞いて照れたように笑いながら頭を撫でてくれる。彼のプレゼントのあとだと出しにくかったが、私もセドリックに買ったものを手渡す。彼は驚いたような顔をしたあと、すごく喜んでくれて今つけているものと付け替えた。小さな装飾でも彼がつけるとお洒落に見えるから不思議だ。似合ってる? と聞かれ、こくこくと頷いた。
「ありがとう。大切に使うね」
「うん!」
プレゼントを渡しあった後、そのまま解散する。部屋へ戻り、鏡の前に立った。キラキラと光をうけて輝く胸元のネックレスを見る。やっぱりセドリックはセンスがいい。くるくると鏡の前で回って自分の姿を眺めていると、こんこんと扉がノックされた。
「お嬢様、入浴は……」
「あっ、メティス。ちょっとまっててね」
セドリックからもらったネックレスを外し、机に置くとさっき部屋に運んでもらったプレゼントからメティスたちに渡そうと思っていたピンバッジを取り出した。
「これ、あげる。メティスとファムとルーと、あとバーベラの分」
「これを私たちに……? ありがとうございます……!」
メティスは金色の薔薇のピンバッジを受け取ると、少しの間それを見つめて胸元に付けた。他の三人には明日の朝渡すから部屋に来るように伝言して、入浴の準備をする。湯浴みをして髪を乾かしベッドに入ると、私はいつものように眠りについた。
・
翌朝目覚め、三人にピンバッジを渡した後朝食をとる。いつものようにたくさん運ばれてきた料理をつつきながらぼんやりと考え込んだ。
(貴族の世界だから中世ヨーロッパだと勝手に思い込んでたけど……望遠鏡はあるけどカメラは無くて、アスコットタイも確かクラヴァットが十七世紀頃でその後に流行ったはずだし……朝ごはんがこんなに多いのもなんとかブレックファストってやつよね、確か。アフターヌーンティー文化は十八、九世紀頃のはず……だけどそれっぽいのはもうあるし、この世界の時代ってどれくらいなんだろう)
普段なら特に考えないようなことだが、ちょうど一週間ほど前に毎年恒例のいつもの夢をみたせいか現代とこの世界のずれについて気になってしまった。そもそも魔法が存在する時点で現代と比較のしようがないとは思うのだが、何しろ異世界転生なんてものを経験した身としてはどうしても比べてしまう。
とりあえず今は食事に集中しようとパンを口に運ぶ。今日はハムエッグサンドらしい。マヨネーズがあればもっと美味しいのになと卵の黄身のまろやかな味を感じつつ咀嚼した。
異世界転生といえば、知ってる小説や漫画の世界に転生するのがベタだと思っていたが、結局十二年この世界に居てもここがどこの世界なのかは分からずにいる。周りの人間の顔面偏差値や私の立ち位置的に転生したのは確かなはずなのに。せっかく毎回大変な思いをして現代の記憶を取り戻しているのに、それを使いこなせないからなんだか勿体ない。まあでもそもそも原作を知っていても登場人物のこと全てがわかる訳ではないし、現代でトラックに轢かれて死んだのに今生きていられるだけありがたいかと自分に納得させて思考を中断させた。
「考え事ですか?」
しばらく手が止まっていたのか、ルーが心配そうに私を覗き込む。
「うん、ちょっとだけ……」
私は曖昧に笑って誤魔化すと再び食事をとり始めた。そんな私の様子をみてルルリエは少し考え込んだような表情を見せたが何も言わなかった。
食事を終えると家庭教師が来て勉強が始まる。計算とか化学とかよりも歴史や国語のほうが現代の知識があてにならないから授業を増やしてもらっているのだが、今日は数学系の科目だった。女に教えるような基礎知識だから中学生レベルの問題ばかりで退屈だ。元文系の私でも解けるような問題を教師が解説しているのを聞きながら窓の外を見る。空はどんより曇っていて雨が降りそうだ。
この世界にも梅雨みたいな季節があるんだなあとどうでもいいことを考えながら時計を見ると昼過ぎになっていた。問題を解き終えたあとは自由時間と言われたので、サッと終わらせて自室に戻って刺繍を始めることにする。今日はお気に入りの薔薇柄だ。糸を針穴に差し込みゆっくりと縫い進めていく。この作業は好きだ。無心になれるし集中できる。黙々と作業していたらあっという間に夕方になった。
コンコンとドアをノックする音が聞こえたので入るように促す。入ってきたのはラシェルだった。
「ラシェル! ちょうどよかった、渡したい物があるんだ」
ラシェルは一瞬キョトンとした顔をしたがすぐに笑顔になって部屋に入ってくれた。
私は机の上に置いてあった小さな箱を手に取るとラシェルに渡す。
「これ。ソフィはセンスないから、にーにが選んでくれたやつの中から選んだだけだけど……」
「開けてもよろしいですか?」
「うん」
ラシェルは丁寧にリボンを解くと中身を取り出した。数回瞬きをしたあと、そっとネックレスを手に取った。
「こんなに素敵なもの……頂いてもよろしいのですか?」
「もちろん、そのために買ったんだもん」
ラシェルは嬉しそうな顔でネックレスを胸の前で握りしめていた。彼女のその様子に満足しながら、渡せて良かったとホッとする。
「本当にありがとうございます……。大切にします」
ラシェルは大事そうにネックレスを再び箱に戻し、そしてあ、と声を上げた。
「すみません、用があって来たのでした。明日の例の魔法研究所の方との講習ですが、騎士団の方の任務で同伴できないのでセドリック様とお願いします」
「分かった。任務気をつけてね。……それにしても、別にソフィ一人で大丈夫なのになぁ」
そう言うと、ラシェルは妙な表情を浮かべたあと小さくため息をつく。
「彼はまだ安心してお嬢様と二人きりにはさせられません」
「もう、心配しすぎだよ」
私が口を尖らせると、ラシェルは困り顔のまま微笑んだ。
「最初よりは信用していますし、お嬢様が選んだ相手なら何も言うことはありませんが……」
そう言ったあとおやすみなさい、と一言呟いてラシェルは部屋を出た。確かにラシェルの気持ちも分からなくはないけど、過保護だな、と苦笑する。明日はラルークが来る日だから早く寝ようとベッドに入った。




