【43】自己主張。
ジャックスに退室する時小さく口パクでチビ、と呼ばれたので慌てて私も退室した。クロムとセドリックはまだ室内にいるようだ。バタン、と扉を閉じ階段を降りきるとジャックスが大きくため息をつく。
「あぁー……疲れた……やる意味あんのかよこれ」
ガシガシと後頭部を掻きながら心底嫌そうな顔をする。……確かにあれだけなら本当に必要ないと思うけど。相変わらずジャックスはジャックスだなと苦笑いを浮かべる。
「まぁ、形だけでもやっておかないと、後々面倒なことになりますし……」
隣でリルヴェートさんがそう言った。まあ、多分ジャックスはそういうことが嫌いなんだと思う。だけど、立場上断れないこともわかっているから余計に苛立っているのかもしれない。さっきからずっと眉間にシワを寄せていた。
「ねね、ソフィって……うーん、なんで出席したの?」
遠回しに聞こうとしたがいい言葉が思いつかず、ドストレートに聞いてみる。すると、ジャックスがけっ、と吐き捨てるように呟いて私を見た。
「皇太子サマが出ろってよ。……なんでかは知らねェけど」
その言葉を聞いてあぁ……と小さく声を漏らす。まあ普通はあの感じの式典? で妹の私なんて呼ばないよね。やっぱりクロム絡みだったのか。私が呼ばれた理由はわからないけれど、彼が関わっている以上断ることもできない。
「あはは……中間管理職みたいだね……」
思わず乾いた笑みが溢れる。ジャックスはふんっと鼻を鳴らした。そのまま歩き続ける。廊下を曲がる前、何かが足にあたりカツン、と音が鳴った。
「わっ!?︎」
「チッ」
ジャックスが小さく舌打ちをすると同時に私の手をぐいっと引っ張る。バランスを崩してジャックスの胸に顔をぶつけてしまった。ふわりと香水のような匂いが漂う。え、ジャックスって香水とかつけるんだ意外……とか思っていると、上からおい、と声をかけられた。
「気をつけろ、ポンコツチビ」
「ぽん……!? ご、ごめんなさい……」
つい反射的に謝ってしまった。いや、ぶつかったのは事実だから謝るのは間違ってないのだけれど。それにしてもポンコツとはなんだ。……というか、さっきからチビだチビだと言われているけど、よくよく見てみるとそんなに身長差はない。私もこの四年でかなり身長が伸びて百四十くらいはあるし、実際ジャックスとの差といえば頭一つ分くらいのような……。じとりとした目でジャックスを見上げると彼は何だよと言いたげな表情をした。うん、言わないでおこう。
もう一度ごめんと呟いて、ジャックスの身体から離れる。そして、先程自分が蹴飛ばしてしまったであろうものを拾い上げた。
それはどう見てもただの石ころ。それも大きめのもの。でも何故こんなものがここに落ちているのだろう。この辺りには特に何もないし、掃除も行き届いているはずだ。首を傾げながらそれを見ていると、ジャックスが口を開いた。
「それ、見せろ」
うん、とその石をジャックスに差し出す。そういえば彼の手はまだ私の手首を掴んだままだ。離してくれる気配が全くないのだが、そろそろ放して欲しい。
しかし、ジャックスは石ころを見て少し目を細めたあと、馬鹿力で粉砕した。え? なんで? と視線で問いかけるとジャックスは小さくため息をつく。そしてまた歩き出した。
今度はもう転ばないように足元をよく見て歩く。すると、ジャックスはこちらを一睨みしたあと、私の手を引いて歩き始めた。
「チマチマ歩くな、遅ぇだろ」
「あ、ありがとう……」
そういえばリルヴェートさんは? とキョロキョロと視線を動かすと、彼は先に馬車を用意するために行ってしまっていたらしい。私が戸惑っているうちに、ジャックスは無言のままズンズンと歩いていく。私は慌ててその後を追った。
騎士団本部の正面玄関につくと、そこには馬車とリルヴェートさんの姿があった。扉が開けられ中に入るように促される。
「今日は早くからお疲れさま。また時間があったら遊びに来てね」
式典が終わったからか砕けた話し方に戻ったリルヴェートさんがひらひらと手を振って見送ってくれる。ちらとリルヴェートさんの隣にいるジャックスを見ると、軽く会釈をした後すぐ歩いて騎士団本部へ戻っていってしまった。
「うん、リルヴェートさん、またね」
私も手を振り馬車へ乗り込む。中には既にセドリックが座っていた。てっきり特化魔法で帰ると思っていたから少し驚いたが、こうして二人になるのは久しぶりだから特に何も言わずに彼の隣に座った。
「ごめんね、ソフィ。朝から連れ回しちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。それより、びっくりしちゃった。宮廷騎士団になるんだね」
セドリックにそう言うと、彼は少し困ったような表情を見せる。どうしたものかと見ていると、口を開いた。
「うん……。一応、メインの所属は魔法騎士団なんだけどね。少し前にクロムと会う機会があって、団長の任命式があるって話をしたら宮廷騎士団にならないかって言われて」
「あぁ……うん、まあ、クロムのことだもんね。そんなところかなって予想はしてたけど……本当にそうだったんだ」
セドリックは苦笑する。あの様子だときっと断ろうとしていたけれど、結局クロムに押し切られてしまったのだろう。
「にーにはそれで良かったの? 団長じゃなくて」
「え? あぁ、うん、まあどのみち宮廷騎士団になるだろうなとは思ってたから……。騎士団に入るって決めたのもクロムを守るためだし、ちょっと時期は早いかなとは思うけど」
団長として経験を積んでからの方がいいと思うって伝えはしたんだけど、とセドリックが続ける。でも結局押しきられたみたいだね、と言うと、彼は小さく笑った。
セドリックの実力は申し分ない。けど、団長になるということはその分危険も伴うわけで、私としては少しだけ宮廷騎士団になって安心だなとは思うけど、その気持ちよりも彼自身がどう思っているかの方が大切だ。本当に良いのかと問うと、彼は少し微笑んだ後こくりと首を縦に振った。
セドリックの返事を聞いて、私はほっと息をつく。
「にーにはあんまり自分の気持ちを強く出さないから、ちょっとだけ心配だったの」
私がそう言うと、セドリックは目を丸くしたあとふっと笑う。
「そうかな?」
「うん。なんだか、ソフィがわがままみたいじゃない? 」
「そんな事ないよ。本当に嫌ならちゃんと言うし……。それにソフィは、ほかの同い歳の子に比べておとなっぽいよ。わがままだって言わないでしょ」
そりゃあまあ現代では二十歳超えてたし……とは言えず、そうかな、と小さく呟いた。




