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【42】任命式。

 数日後、珍しく屋敷の中が慌ただしかった。どうしたのだろう、とベッドから起き上がると、私を起こしに来たらしいメティスがあれよこれよとドレスを着させてくる。


「めっ、メティスおはよ、どうしたの?」


「皇太子殿下がいらっしゃるようです、はやく着替えましょう」


「ええっ、今から? なんで?」


 まだ眠気が抜けない。今日は特に予定はなかったはずだけど、一体何事だろう。私がぼんやりしている間にもメティスはテキパキと準備を進めている。

 今日のドレスはいつもよりはカジュアルで、薄い水色を基調としたAラインワンピースに真珠のようなネックレスがついている。ウエストから裾にかけて刺繍が施されており、歩くたびにふわりと揺れそうな形をしていた。胸元からは控えめだがリボンがついているため可愛らしさもありつつ、全体的に清楚な雰囲気を醸し出している。

 ドレスを見るにパーティとかではないみたいだけど、と私は首を傾げる。すると扉の向こう側からノックと共に声がかけられた。


「ソフィ、居る?」


「にーに!」


 部屋の外にはセドリックが立っていた。彼はファンティスタのときに着ていた黒の騎士団の服を着ている。あれって正装の一つじゃなかったっけ、と思っていると、セドリックは私の方へと歩いてきた。


「急にごめんね。団長の任命式、予定より早く今日になったんだ」


「そうだったの? 確か、予定だと来月だったよね」


「うん。元々は僕とジャックス団長とリルヴェート団長だけの予定だったけど、急遽クロムが来ることになったんだよ」


 そこまで言われて全てを理解する。なるほど、来月はクロムがベルク陛下と王政を交代する発表の式典である戴冠式が行われるのだ。その日程と団長の任命式が近いから、任命式の方を早めたのか。戴冠式は一般的に即位してから行われるものだが、この世界では戴冠式をもって王政交代となる。

 相変わらずクロムはセドリックのことだと顔を出したがるなと呆れつつも、私は部屋を出る。馬車に揺られること半刻。騎士団本部へ着くと、セドリックが先に降りてくれたので手を取って降りる。そして二人で並んで歩きながら建物の中に入った。

 建物の中には既に沢山の騎士たちがいて、皆忙しなく動き回っている。私は少し緊張しつつ、セドリックについていく形で階段を登っていった。階段を登る途中、下の方から見覚えのある人物が上がってくるのが見える。私は思わず足を止めてしまった。


「ん? ……あぁ、チビ、来てたんだな」


「もう、ジャックス、チビじゃないってば……」


 階段の途中で立ち止まった私に気付いたらしいジャックスは一段飛ばしで駆け上ってくる。白の騎士団の正装の胸元には、赤い石のポーラータイが揺れている。


(あれ、エルドさんがつけてた……)


 エルドさんが亡くなってからジャックスが総団長になったから、きっと引き継いだのだろう。思い出さないようにしていた戦争の時の記憶が蘇ってきて、涙が出そうになるのをぐっと堪える。そんな私を見てか、ジャックスは眉間にシワを寄せると大きくため息をついた。


「俺の事見てねェでさっさと部屋入れ」


「う、うん」


 ジャックスに背中を押され、再び歩みを進める。セドリックの後に続いて扉を開けると、そこにはジャックス同様正装に身を包んだリルヴェートさんの姿があった。


「お久しぶりです。こちらへどうぞ」


 そう言って椅子を引いてくれる。私はお礼を言いつつ腰掛けた。セドリックは部屋の真ん中の、大きな椅子の前に立っている。私の後に入ってきたジャックスはその椅子にどかりと座り、リルヴェートさんはその隣に立った。


「任命式って言っても、名前だけのものだから……あんまり緊張しないようにね」


 リルヴェートさんがセドリックに話しかける。セドリックはそれを聞いて肩の力を抜いていた。

 ……そういえば、リルヴェートさんが団長になった時は、近衛騎士団団長のエルドさんが総団長になるために、魔法騎士団だったリセリーさんが近衛騎士団になって、魔法騎士団の団長になったと聞いた。今、任命式が終わればセドリックが魔法騎士団団長になるわけだが、今の団長の誰かが騎士団を辞める、とかなのだろうか。ジャックスが総団長になって空いた軍事騎士団の枠もその時の分隊長が埋めていたし、まだセドリックが団長になる時期じゃないと思っていたけれど。

 色々考えているとコンコンと部屋の扉がノックされた。その音と同時にセドリックは姿勢を正して表情を引き締める。

 私はそれを見て慌てて背筋を伸ばして真っ直ぐ座った。


「ソレイユと星の輝き、希望と未来に祝福あれ」



 扉が開かれ、クロムが入ると中にいた騎士団員が一斉に頭を下げ挨拶する。クロムはそれに鷹揚(おうよう)に答えながら部屋に入ると、中央の大きな椅子の前で止まり、振り返り私を見る。

 私もそれに合わせて立ち上がり、クロムに向かって一礼した。クロムは私を見つめたままゆっくりと口を開く。


「お嬢さん、久しいな。あの日(戦争)以来忙しくて顔を合わせていなかった」


 じきに始めるとしよう、とクロムの一声により、ジャックスが任命式の開始を宣言した。


「これより任命式を行う」


 ジャックスの声とともに、団員たちが拍手をする。隣のリルヴェートさんが、前にいるセドリックに向かって歩き出した。そして、胸元の金色のバッジをセドリックの胸に付ける。そして、終わったあとにジャックスが口を開いた。


「百六十二期、魔法騎士団所属セドリック・イリフィリスを、本日より第二十三代魔法騎士団団長に任命する」


 団長に任命されたセドリックは一歩下がり片膝をつく。団長の証である金のバッジは光を浴びキラキラ輝いていた。セドリックは立ち上がってもう一度深く礼をした。

 任命式ってこんな感じなんだとぼーっとその様子を眺めていると、次はクロムがジャックスの横へ向かう。ジャックスは椅子から立ち上がり、クロムと共にセドリックの前に向かった。


「クロム・ソレイユ・ヴィルライト、皇族の名に()いて、二十三代魔法騎士団団長セドリック・イリフィリスを宮廷騎士団に任命する」


 クロムの言葉に驚き目を丸くして固まった。えっ、さっき魔法騎士団団長に任命されたところなのに?! 驚いて思わず周りを見ると、ジャックスとばちりと目が合う。落ち着けと言わんばかりにキッと睨まれ、慌てて表情を取り繕う。

 何が起きてるんだろう。宮廷騎士団と言えば、その名の通り皇宮に住む皇帝や皇后、皇太子などの護衛が主な仕事で、四つの騎士団とは別ジャンルで独立している。ただ、護衛がメインだから選ばれるのは近衛騎士団の団長や成績上位者が多い。どういうことだろうと頭を悩ませていると、あっと閃く。

 そもそも、クロムとセドリックは幼い時から仲がいいから接点がある訳で、そうじゃなかったら普通は宮廷騎士団になるには団長レベルの実力が必要不可欠だ。クロムが直々にセドリックを宮廷騎士団に引き抜くこともできるが、それだと周りからの反発が大きくなる可能性がある。だから形式上でも、一度セドリックを団長にした後に宮廷騎士団に任命されたということにした方が良かったのか。……まあ、それにしてもやっつけ感は否めないが。


 そんなことを考えているうちに、クロムがセドリックに何かを手渡す。なんだろう、と思ってじっと見ると、それは宮廷騎士団のエンブレムがついた剣だった。

 受け取ったセドリックは、クロムの前で片膝をつき頭を下げる。そして、誓いを交わして任命式は終わりになった。

 そしてまた形式上の任命式でリルヴェートさんが魔法騎士団団長に戻り、団員たちは解散していった。

 ……色々突っ込みたいことはあるが、それより、この任命式、私出席する必要あった?そう思うくらいにあっさりと終わったのだった。

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