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【41】レッスン。

 ラルークが魔法を教えてくれるようになって数年が経った。あの時ラルークが提案してくれてから数日後、家に手紙が来て父と母に話をして、魔法学の家庭教師とは別枠で魔法について教えてもらうことになった。

 セドリックやラシェルは禁忌魔法の一件で私とラルークが二人になるのが心配だったらしく、かなり反対していたが、最終的には二人のうちのどちらかが一緒にいるという条件付きで折れてくれた。


 最初の一ヶ月程は私に合った魔法のやり方を探ったり、基礎の叩き直しをした。魔法のやり方なんて一つだけだと思っていたが、ラルーク曰くそうではないらしく、他にも方法があったみたいだ。

 例えば、魔素というものを感じることに長けた人なら、身体の中の魔素の流れを感じ取り、それを手繰り寄せることで魔法を発動させることが出来る人もいるそうだ。

 また、魔法陣を使ったり、イメージで魔法を出したり、詠唱と無詠唱などなど、たくさん方法があるようだ。

 私は今までイメージと詠唱だったが、そもそも魔法について詳しくない状態でイメージで魔法を使うのはかなり難しいようで、それではいつまで経っても上達しないからと、ラルークが私にあった方法を考えて実践してくれた。


 そうして半年程経った頃、特訓の成果もあって今までの半分ほどの魔力消費で魔法を使うことができるようになった。

 次は特化魔法である空間移動を習得しようとラルークと共に頑張っていたが、こっちは未だに習得できない。もう特化魔法は諦めた方がいいかもしれない。


 そうこうしているうちに、セドリックは魔獣の召喚が出来るようになって魔法騎士団次期団長有力候補になっているし、風の噂でヨルクが騎士団に入団希望を出したとか聞いたし、クロムはもうすぐ皇帝と交代するとかなにかで忙しいみたいだし、なんだか忙しなく日々が過ぎていった。

 私もなんだかんだで今年十二歳だし、あと三年後にファンティスタがあるからいい加減身を固めないといけない時期になってきた。相変わらず父は私の婚約の申込を片っ端から断っているし、セドリックはクロムと結婚してほしそうにしている。

 正直言ってまだ結婚は早いと思うけど、この世界で貴族の娘として生まれた以上は早く婚約者を見つけて結婚しないといけない。セドリックも色々とそういった話が来ているらしく、大変そうである。


 私は庭に出てぼーっと花壇の花を見つめる。季節は春。日差しがぽかぽかしてきて眠くなる。


(パーティにファンティスタに婚約者に魔法に……考えることが多いなぁ)


 そんなことを考えながら、ごろんと芝生の上に寝転がった。目を瞑るとすぐにうとうとしてきて、そのまま眠りについた。



 しばらくして目が覚めると、近くにはラルークがいた。彼は本を片手にうたた寝をしている。

 私は彼のそばへ行き、彼の寝顔をじっと見つめた。……そういえば、ラルークは兄より一つ上みたいだ。ついこの間話をしたときに知った。

 私はラルークの頬を指先でつつく。彼は一瞬ぴくりと反応したが、起きる様子はない。ラルークの横に座ると、少しだけ眉間にシワを寄せたが、やはり起きなかった。私はラルークの本を手に取る。読みかけらしい指が挟まっていたページにスピンをかけ、最初の方からぱらりとページを捲った。

 本は天文学系の専門書みたいで、難しい単語が並んでいる。現代の私は文系の国立大だったし、理系の分野はいまいちよく分からない。なんとなくしか分からないまま読み進めた。

 しばらく読んでいると、ラルークが起き上がった。どうやら起こしてしまったようだ。彼はあくびをしながら伸びをする。


「ごめん、寝ちゃってたみたいだね」


「ううん、起こしちゃってごめんね」


 私はそう言いながら、本を閉じてラルークに返した。


「専門用語ばっかりで面白くなかったでしょ」


「うーん……数学とか物理とか、理系分野はあんまり得意じゃないから難しいけど、面白いよ。天文学って、言えば宇宙の歴史って感じでしょ? 他の理系分野とは違って文系的な感じもありつつ数学的観点もあって不思議だよね」


 私がそういうとラルークは驚いたように目を大きく見開いた後、嬉しそうな表情をした。


「分かるかい! 天文学はね、宇宙はなぜ存在するのか、という疑問から始まり、様々な観測を経て法則性を見出した……」


 ラルークは私の手を取って熱弁する。その様子が珍しくて私は思わず笑ってしまった。


「って、ごめんね……急にこんなに……。はぁ、もっと気軽に話せる人がいたらなぁ……」


「まあ、天文学って、頭良くないと分からないしね」


 私も月並みな感想しか言えないよ、と呟くと、ラルークはブンブンと頭を振る。


「ランドンさんやカレンさんよりも話を聞いてくれるのは、君くらいしかいないよ」


 ランドンさんとカレンさん……は、ラルークの義理の親らしい。ハルベルト子爵の家には子供が恵まれず、幼かったラルークを養子として引き取ったみたいだ。


「二人とも僕の好きなことを好きなだけやらせてくれるし、感謝してるけど」


 ラルークは苦笑する。義両親は放任主義らしい……まあ、大切にはしてるのだろうけど。彼曰く、幼い時に魔法を知って突き止めていくうちに両親と特化魔法が違うことに気付いて本当の親じゃないことを知り、二人からそのことを知らされるより先に自分から聞いてしまったらしいし、二人もなかなか複雑な気持ちだっただろう。だから放任主義になるというのは変だが、気持ちは分からなくもない。


「ま、でも、魔法より天文学のほうが根拠がある分わかりやすいかなぁ……」


 私は頬杖を突きながらため息をつく。そもそもこの世界には科学の概念が少なすぎる。ほとんど魔法で完結しちゃうし、魔法使いがいなくなったらこの世界終わるんじゃないかと思うくらいだ。……それは言い過ぎにしても、少なくとも魔法が発達しすぎた結果、科学が発展していない。


「はは、そんなに魔法は苦手?」


「うん、ラルークのおかげである程度は使いこなせてきたかなぁって思うけど、やっぱりなぁ……。他の人達に教えてもらったのも上手く取り入れたりしてみてるけど」


 私はごろんと寝転がる。近くにいたらしいファムがお行儀悪いですよと駆け寄ってきた。私は慌てて起き上がって座り直す。


「まあ、やっていけば上手くなるよ。実際、出会った時より格段に上達してるしね。……じゃあ、そろそろ僕はお暇するよ。また来週ね」


 ラルークは立ち上がる。彼は毎週決まった時間にここに来るのだ。今日の分の魔法の練習は終わり、寝ていたせいもあるがもう昼を過ぎている。


「ありがとう。またね」


 私はひらひらと手を振った。

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