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【5】抜け出せ!パーリナイ

 ベルク陛下の登場により、主役がかっさられたような気分になる。いや、別に、特別扱いして欲しいとかそういうのではないのだが、今日くらいはそういう気分に浸るのもいいかなと思っていたから、なんとなくやられた気分だ。

 ベルク陛下は、一言で言うととても『こわい』人だった。語彙を高めて言うなら、威厳があるといったところだろうか。現皇帝の、なんとも言えないオーラが漂っていた。もぐもぐと口の中に入っていたケーキを飲み込む。ごくん、と口をからにして、陛下がいる方をじっと見つめた。


 陛下はしばらくしたあと、私の方へ向かってくる。そして私の目の前に立つ。デカくて怖い。心の中の第一声である。


「クロムと仲の良い者の妹と聞いたが……」


「えと、ソフィ・イリフィリスです、今日は、ソフィの誕生日パーティにきてくれて、ありがとうございます」


 ドレスをつまんでぺこりと頭を下げる。皇族に会った時、どんな挨拶をすればいいのか分からず、とりあえず六歳児らしい当たり障りなさそうな挨拶をしておく。


「……」


 無言が怖い。目の前の男が狼だとするなら、私は食われる五秒前の兎といったところだろうか。いや、既に食われたあとかもしれない。頭を上げて陛下を見る。深紅の瞳が私をじっと見つめていた。まるで品定めをするかのように、じっくりと頭からつま先まで。私は目を合わせるのが怖すぎて、ぷるぷると震えそうなのを堪えながら陛下の胸飾りあたりを見ていた。


「……口にクリームを付けたまま俺の前に立つ女はお前が初めてだ」


「ぴゃっ……」


 変な声で叫びそうになる。慌てて手で拭った。恥ずかしすぎるのと、陛下の圧に飲み込まれてこのまま死ぬんじゃないかという怯えで身体が固まってしまう。まだ私、六歳なのに。勝手に心の中で死を覚悟していると、陛下の方から別の声が聞こえてきた。


「父上、そう虐めてやらないで下さい。ソフィ嬢が固まっております」


「……虐めてなどない」


 どう考えても虐めてるじゃない! なんて思いながら顔を上げると、陛下の後ろにクロムの姿があった。ぱちり、目が合うとクロムが私の方へ向かってくる。そして身をかがめ、私の口元に手を当てた。整った顔が目の前に飛び込んできてどきどきと鼓動がうるさく鳴り響く。


「年相応な、可愛らしいお嬢さんでしょう」


 そして私は恥ずかしさでぼっと顔に火がついたように赤くなった。どうやらまだクリームが付いていたみたいだ。手でクリームを拭いとったクロムは立ち上がり陛下の側へ行った。


「ふむ……。お前があのくらいの時、もう少し大人びていたような気がするが」


「私と父上が大人びていただけです」


「そうか」


 そうなのよ、普通の六歳は公園で砂遊びして服ドロドロにして帰ってくるくらいなのよ、と心の中で突っ込んだ。私も、六歳児にしては大人びてる(あざとかわいい作戦を実行してるとはいえ)方だと思うけど……。


「お前の友人より勉強が進んでいると聞いたから、勝手に大人びている印象を持っていただけかもしれないな」


 セドリックのことですか、とクロムが言った。私、兄より勉強進んでたんだな。まあ前世チートがあるからありえない話ではないなと一人納得する。

 こういう噂が流れているなら、あざとかわいい路線で行ったのは失敗だったかなと少し考えた。歳の割に大人なレディ路線で行くべきだっただろうか。まあ今更後悔したところで遅いので、諦めて目の前の二人の話をぼーっと聞く。


「父上は、もう少しソフィ嬢とお話されますか?」


「……いや、構わん。何かあれば家に呼べばいい。ではな、ソフィ。……今度はこちらに来ればいい。お前の好きなクリームのケーキでも用意させておこう」


 ふっ、と鼻で笑い(?)ながら陛下はそう言った。私が好きなのはいちごだけど! と言いたい気持ちを抑えて、にぱっと笑顔を作る。


「ソフィ、ケーキだいすき! あまくて、おいしいの。ありがとう、ございます」


 ぺこりと頭を下げると、陛下は去っていった。



 プレゼントも貰い、ケーキもたらふく食べ、正直パーティも飽きてきていた。父や母はほかの貴族の人たちと話してるし、兄はクロムやほかの友達と楽しそうにしている。私は椅子に座って足をパタパタさせながら時折話しかけに来た子達の名前を覚え当たり障りない話をして、紅茶とケーキを口に入れる。ずっと繰り返しているとだんだん眠くなってきた。


 これはいかんと、キョロキョロと周りを見て兄を探す。ちょうど話が途切れたところだったのか、一人で立っていた。椅子から降りて兄の方へ向かう。すると少しして、会場にアナウンスが流れた。今からダンスの時間らしい。

 兄の元へ着く頃には、また誰かと会話を始めていた。そしてその中にクロムもいる。つんつんと、兄の服を引っ張ると私に気付いたセドリックは少し屈んだ。


「ソフィ、どうした?」


「にーに、ソフィ、眠くなってきちゃった。おめめぱちーんってするから、おそとあるいてくるの」


「お嬢さん一人だと危ないだろう。俺が一緒に行こうか?」


 セドリックの後ろからひょっこりとクロムが顔を出す。エスコートもいいけど、なんとなく今日は人疲れしたから一人になりたくてやんわりと断った。


「あまり遠くには行かないようにね、僕が探しに行ける範囲で、迷ったら……」


「ソフィまよわないよ! にーに、行ってくるね」


「外まで送るよ。一緒に行こう」


 手を握られ、会場の外に出る。少ししたところで二人と別れ、薄暗くなった夜の風に当たると、やっと一息つけた気分になった。

 庭らしきところに出ると、噴水のそばにベンチが置いてあったのでそこに座る。噴水の下に溜まった水を覗き込むと、私の顔が反射して映りこんだ。手を伸ばして水に触れる。冷たくて気持ちいい。しばらく水で遊んでいたがそれも飽き、ベンチにごろんと寝転んだ。そして私はそのまま、すとんと眠りに落ちてしまっていた。



 目が覚めると辺りはすっかり暗くなっていた。急いで戻らないと、と思い小走りで庭を駆け巡る。目印はしっかり確認していたはずだったが、暗いせいか見事に迷ってしまった。


「どうしよ……」


 ドレスの端を持ち、歩き続ける。まだパーティは終わっていないみたいで、近くに人はいなかった。迷ってしまったのは仕方ないので、どうせならと思い、植木の隙間に身体を突っ込み、この建物から脱出してみる。枝と葉がチクチクと刺さり、地味に痛い。知らない場所で迷ってしまったせいで不安と心細さが増してくる。やっぱり、少し一人になりたくても、知らない場所だからセドリックやクロムと一緒に外に行けばよかった。地味な痛さも相まって少しだけ涙目になってくる。


 やっと頭を出すことができ、なんとか身体を捻って植木から抜け出し空を見上げると、満天の星が広がっていた。綺麗だなあ、と思いながら、ぼんやりと眺める。少しの間そうしていると、かさりとどこからか足音が聞こえてきた。

 驚いて音のするほうを向くと、望遠鏡を持った兄と同じくらいの歳の男の子が私同様驚いたような顔で私を見ていた。ゆっくりと私の方へ向かってくる。


「きみ、どうしたの?」


 近くにレジャーシートを敷き、そこに望遠鏡を置いた彼は私にそう問いかけた。


「ソフィ、迷子になっちゃった……」


 そう答えると、彼はレジャーシートの上に座り、そっか、と答えた。


「空を見ていたから、星を見に来たのかなって思ったけど、そうじゃないんだね」


「ううん、でも、おほしさま、きれいだね」


「今日は、早い時間から流星群が見れるんだ。きみも、休憩がてら見ていくかい? たくさん探検して、疲れただろう」


 彼は望遠鏡をカチャカチャと組み立て、三脚にセットする。そして空いたスペースに、私を誘導した。


「ソフィね、パーティにいってたのに、途中で外出ちゃって、それで迷っちゃったの。あなたは、この近く知ってる?」


「パーティ……。あぁ、そこの会館かな。反対方向に出たんだね。星を見たら、僕が送ってあげるよ」


「いいの? ありがとう!」


 彼の横にちょこんと腰かける。彼が覗く望遠鏡の先には、先ほどより輝きを増した星が空に広がっていた。しばらくして、夜空に一つ二つと流れ星が現れ始める。それは次々と増えていき、あっという間に星の海へと変わっていった。

 わあ、と感嘆の声を上げる。隣を見ると、彼もまた嬉しそうな顔をしていた。

 しばらく二人でその光景に見惚れていると、ふと、隣の彼と目が合う。星明かりの下、燃えるような赤い瞳が私を反射して映し出す。じっと見つめられてなんだか気恥ずかしくなり、慌てて目を逸らした。


「お、おほしさま、きれいだねっ」


 緊張で声が上擦る。彼はクスリと笑みを浮かべると、そうだね、と返事をした。

 それから、私達は黙って星を見上げていた。しばらくして、夜風が少し肌寒く、くしゅん、と小さくくしゃみが出る。隣の彼は、そろそろ戻ろうか、と呟いた。


 最後に少し望遠鏡を覗いた彼は、片付けを始める。なんとなく別れが惜しくて、私はその場でただひたすらじっと星を見つめた。

 行こうか、と言われ手を取られる。彼の手を握ると、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。


「ソフィ、馬車でここまできたの。だからきっと、おうちはちょっと遠いの。ここに来るのははじめて。あなたとは、もう会えないのかなぁ」


 小さな声で呟くと、彼は私を見る。そして、ふふ、と微笑んだ。


「きっとまた会えるよ。星が、きみと僕の姿を映している。近いうちに、会えるんじゃないかな」


「そうなの? なんでわかるの?」


 私がそう尋ねると、彼はキラキラと輝く星を指さした。


「僕は魔法使いなんだ。この星たちから、少し先に起こる可能性がある出来事を読むことができるんだ。正確にわかる訳じゃないけど、わざと未来を変えようとしなかったら、大体は当たるよ」


 彼の言葉を聞き、うんうんと考える。つまり、現代で言う占いみたいなものだろうか。……占いというと、なんとなく心理学の成れの果て、という感じはするが、きっともう少ししっかりしたものなのだろう。


「へぇ、すごい! おほしさまからそんなことが分かるんだね。ソフィはね、魔法、あんまり上手じゃないんだ。むずかしそうなのに、あなたは、すごい人なんだね」


 そう言うと、彼は少し驚いたような顔を見せたあと、ふわりと笑った。


「僕はラルーク。また会おうね、星空みたいな瞳のお姫様」


 するりと手が離れる。気づけばパーティ会場の入口前まで来ていたみたいだ。


「またね!」


 ひらひらと手を振り私は急いで会場の中へ入っていった。


 小恥ずかしいセリフが耳に残る。最後のセリフだけ早く記憶から消えてくれ、なんて思いながら小走りでメインホールへ向かう。ちらと時計を見ると、どうやら外に出てから三時間ほど経っていたみたいだった。長かったパーティももう終わりの挨拶がされようとしていて、ちょうどいいタイミングだったなと胸を撫で下ろした。

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