【38】運命の星。
しばらく二人で星空を眺めていると、ふとラルークがあ、と小さく声を上げる。
「運命の星だ」
「? なにそれ」
聞き慣れない言葉だったので尋ねてみると、ラルークが説明してくれる。
「ほら、僕は星読みができるって話したでしょ? その星があったんだ。あれは、僕の星」
星読み……そういえば、そんなことを言っていたような気がする。占いみたいにこの先起こる可能性がある出来事がわかる……っていうやつだった。ラルークは自分の星座を探すかのように夜空を見上げながらある所を指をさす。
そこには……なんだろう、あの形。星の集まりのようだが、よく見ると星ではないらしい。
「人ごとに違う星なの?」
私の問いにラルークはそうだよ、と答える。人によってそれぞれ星の色が違うらしい。ラルークは望遠鏡でその星を覗く。
「いい未来だったらいいんだけど」
そう言いながら、彼は望遠鏡越しにその星を見る。そして一瞬眉根を寄せたかと思うと、大きく目を開いた。何かあったんだろうか? ラルークがあまりに真剣な顔をしていたので心配になる。
しかし、すぐにラルークはいつもの笑顔に戻った。
「うん、大丈夫、いい事だったよ」
「良かったね。何が見えたの?」
「ふふ、秘密。言ったら星読み外れちゃうかもしれないからね」
そう悪戯っぽく言われてしまえばそれ以上は追及できない。私は残念そうな顔を作って、そうかぁ、と呟いた。
「ねね、ソフィのも見れるの?」
興味本位で聞いてみると、ラルークは少し困ったような表情をする。私はちょっとまずいことを聞いてしまったかな、と反省していると、ラルークは苦笑いしながら口を開く。
「見れないことは無いけど……覗きは趣味じゃないからなぁ」
確かに。ラルークの言葉は一理ある。変なこと言ってごめんね、と謝ると、ラルークはこっちこそごめんねと言った。
その後、ラルークが望遠鏡を覗いている間、私は座って星空を眺めていた。ラルークと出会ってからもう二年くらい経つが、私は彼のことをほとんど知らない。会ったのが三回くらいっていうのもあるけど、私もラルークも、あまりお互いのことを詮索しないのだ。でもそれが心地よかったりする。貴族の世界は、マウントと詮索が多すぎる。まだあまり社交界という社交界デビューはしていないけど、それでもパーティの類は苦手だ。これから十を超えると、女子は社交界に出ることが多くなるから、憂鬱である。
そんなことを考えているうちに、ラルークが望遠鏡を覗いていた視線を外す。
「もう少ししたら戻ろうか。望遠鏡、使う?」
「ううん、大丈夫」
私が首を横に振ると、ラルークは立ち上がってノートの紙を一枚ちぎり、魔法を唱える。そしてまた別の魔法を唱えると、青白い光を発してスクリーンとなった。そこに再び星空が映し出される。
ラルークは紙をスクリーンに当て、出来た写真を大事そうに懐にしまうと、私に手を差し伸べた。
「さあ、帰ろっか」
その手を握り返しながら立ち上がる。そのまま二人並んで歩き続けていると、ふとラルークが立ち止まった。
不思議に思って振り返ると同時に、ラルークが私の手を引っ張る。思わず前のめりになると、ラルークはそのまま私を引き寄せるようにして抱き締めた。突然の出来事に頭がついていかない。
「ら、ラルーク?」
彼の名前を呼ぶと、抱きしめられる力が強くなる。苦しいほどではないが、振り解くことも出来ない程度には強く。どうしたらいいか分からず、私はされるがままになっていた。
「……ごめんね、なんだか、帰るのが少し寂しくて。今日は楽しかった。こうして誰かと星を見るのは久しぶりで……また、誘ってもいいかな?」
耳元で囁かれる言葉に、胸がきゅっと苦しくなる。
「うん、もちろん!」
私が元気よく返事をすると、ラルークがゆっくりと身体を離す。さっきは気付かなかったが、少し先に、帰りの馬車がとまっていた。
「ありがとう」
ラルークは微笑むと、馬車まで歩く。私もその隣に並んだ。
・
門の前まで送ってもらい、ラルークと別れる。そして私は、屋敷の中に入るとすぐに自室に戻った。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。お風呂にされますか?」
「うん。けどその前に、これ、飾ってくれる?」
私は手に持っていた包みを渡す。それを受け取って中身を確認したファムはキョトンとした。
「こちらは……絵、ですか? それにしてはリアルですが……」
「それはね、写真っていうものなんだけど……」
私はあの写真についてかいつまんで説明する。するとファムは目を丸くしながら何度もその写真を見直していた。
「このサイズに合う額縁を探してきます。入浴は、メティスに頼みますので」
「うん、ありがとう」
ファムは早速部屋を出て行く。私は机の上に鞄を置き、ソファにごろんと寝転がった。……落ち着いたら、眠たくなってきた。
ふぁ、と欠伸をしたとき、コンコンと部屋がノックされる。どうやらファムの代わりにメティスが来たみたいだ。
「お嬢様、お風呂にしましょう」
ドアの向こうから聞こえる声に応えるように、私は起き上がった。
「はぁい」
お風呂も上がりしばらくして、髪も乾いた頃、部屋に戻ってきたファムが額縁に写真を入れていた。
「これで大丈夫でしょうか」
「うん! ありがと」
「では、これはこちらの棚の上に置いておきますね」
そう言って、ベッド横にあるサイドテーブルに星空の写真を置いた。私はその写真を眺めながら考える。魔力を込めたものは、ある程度の時間は持つけど、魔石然り永遠にという訳にはいかない。この写真も、感光紙自体が魔法で作ったものだから、いつか消えてしまうかもしれない。
(うーん……勿体ないな、感光紙……というかフィルムって、何で作られてるんだっけなぁ……思い出せそうで思い出せない。これが分かれば、光魔法自体は光そのものだし、うまくいきそうなんだけど)
そんなことを考えていると、だんだん眠たくなってくる。瞼が重い。
私はそのまま抗うこと無く眠りについた。




