【36】戦後、日常。
戦争が終わってから、二週間ほど経った。あれ以来、大きな事件もなく平和に暮らしている。騎士団の人たちは戦争の後処理、セドリックやラシェルも手伝いに行ったから私は部屋からあまり出ずに過ごしていた。
騎士団総団長だったエルドさんが亡くなったことで、ジャックスが後を継いだ。軍事騎士団の団長には、分隊長だった人が任命されたらしい。
今日は、久しぶりに天気が良かったので庭に出てみた。芝生の上に座り、ぼーっと花壇の花々を見ながら考え事をする。
結局、禁忌魔法にかかった人たちがどうなったのかとか、敵国とはどういう決着がついたのかとか(一応こちらの勝ちで進んではいるみたいだが)、色々と気になることはあるけれど、直接聞ける相手がいない。
禁忌魔法のことに関しては魔法研究所に行けば分かるのだろうか。ラルークに聞いてみようかな、彼なら知っているかもしれない。敵国とのことは騎士団の人かな。セドリックが知ってたら一番聞きやすいけど、最近はすれ違ってばっかりだ。そんなことを考えながらしばらく座っていると、後ろから声をかけられる。
「お嬢様、ここにいらっしゃったのですね」
「ルー。ご飯の時間?」
「いえ、部屋にいなかったので、探しに来ただけです」
ルルリエはそう言って隣に腰掛けた。この花は何? と目の前にある花を指さしながらそう聞くと、彼女は一つ一つ丁寧に教えてくれた。
「お花に興味を持ちましたか?」
書庫に植物図鑑がありますよ、とルルリエは言った。
「ううん、別に……。このお花とかいつも食べるお野菜は、元気に育つために間引きしなきゃいけないでしょ? 植えて芽が出た全部を育てようとしたら、全部ダメになっちゃうかもしれなくて……なんというか」
うまく言葉が出てこない。ルルリエは少し首を傾げて、私の次の言葉を待っているようだった。
戦争があったあの日から、ずっと考えていたことだ。みんなを守ることは出来ないし、助けることも出来ない。私を犠牲にして守りたいと、そう思う勇気もなかった。あの日死んだ騎士団員の中には、現代での私より若い人たちも居た。
花の芽を間引くように、守りたい人も実力に対して多すぎると、そのうちのどれかは、捨てないといけない。
私は、人の命に優先順位をつけて、下位を捨てるほどの覚悟もなければ、その資格もないと、思った。
(あー……なにも、考えたくないなぁ……)
誰かの幸せや生活は、誰かの犠牲があって成り立つものなのだ。そんなことは現代にいた時から分かっている。けど、この世界で、そんなことを考えて生きたくなかった。戦争が起こらなかったら、まだそんなことを考えずに、生きていられたのだろうか。
「ソフィ、もうなーんにも考えずに、自堕落な生活したいなぁ……なんかちょっと、疲れちゃった……」
私は大きくため息をつく。すると、突然頭に衝撃が走った。
「ちょっと! 自堕落な生活はいいけど、私に魔力流すの忘れないでよ! バカなんだから!」
「リリー! ごめん……というか、今までどこ行ってたのよ」
いつものように頭に降ってきたリリーは、私の髪の毛を齧りながらプンプンと文句を言う。あの戦争の後、私が呼ばなかったのもあるが、一度も姿を見せなかったのだ。精霊との契約は精霊の気分次第……だなんてケニーさんが言っていたから、そんなものかと放置していたが、別に契約破棄されたわけではないみたいだ。
「あの黒髪赤目の魔法使いの魔力がなーんかいやな臭いするから、逃げてきたよの。せっかくのご主人様の美味しい魔力が台無しになっちゃう」
「黒髪……ってラルークのこと? だからラルークが使った魔法の時に呼んでも来なかったの……? もう、あのときすっごい死にそうだったのに!」
私の言葉に、リリーはやなものはやなの! としれっと答える。まったく、と私はため息をついた。
ラルークは、星を見に行こうと誘ってくれたあと、家に手紙を送ってくれた。最初手紙が来た時は、差出人が魔法研究所になってたから、禁忌魔法の治癒に行くのかと身構えたが、今年は来月に流星群が見られるらしく、その日に見に行こうとの内容だった。
今はもう二週間くらい経ったから、ちょうどあと二週間くらいだ。そういえば、ラルークと初めて会った、私のお披露目パーティの時も流星群が見れる日だった。時期は少し違うが、同じ流星群なのだろうか。よく分からないから、会ったら聞いてみよう。
「あ、そういえば、クロムとにーにから貰ったおほしさまみたいなドレス、まだ着れるかなぁ」
星で思い出した、二年前のファンティスタの後に貰った、黒と深い青のエンパイアラインのドレス。あれからちょっと成長してるけど、サイズは変わってないだろう。……多分。
私は立ち上がって、部屋に戻るとクローゼットを開ける。そこには昔見た時と変わらない状態で、綺麗にしまわれていた。
「これ着てみる」
「準備します」
ルルリエに手伝ってもらいながら着替えると、鏡の前でくるりと回る。うん、まだ着られそう。当日はこれを着ていこう。
「これだと夜は少し寒いのではないでしょうか」
ルルリエに言われて確かに、と納得する。昼間はまだ暖かいけれど、夜に吹く風は冷たくなってきた。
「うーん、これの上から羽織るなら何が合うかな?」
薄いカーディガンとか? 銀のラメショールとか合いそうだけど、長い時間になるとちょっと寒いかな。うんうんと悩んでいたが、結局ショールを羽織っていくことにした。
「うぅん、なんか色々考えたら眠くなっちゃった……お腹も空いてないし、このまま寝ちゃおうかなぁ」
あくびをしながら、ベッドに倒れ込む。ルルリエが慌てて止めようとするが、私はそのまま眠りに落ちた。




