【35.5】ジャックスの記憶。4
それから数日後、俺たちはとある屋敷へと向かった。そこは表向きは普通の貴族の屋敷だが、屋敷の地下に会場があり、そこで違法な取引が行われているらしい。馬車の中でエルドの隣に座っていた俺は、膝の上で拳を握った。
やっと、マリーを助け出せるチャンスが訪れた。絶対に助け出してやらないと。
馬車が止まると、中から黒服の男が現れて先導を始める。地下の会場に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。檻の中には首輪をつけた人間が入れられていて、その周りでは仮面を被った男女が談笑している。
こんなところにマリーがいたらと思うと、気が気でない。しばらく歩くと、奥の方で一際豪華な服を着た男がこちらに気づいたようで近づいてくる。
「おや、珍しいですね。子供連れの方は」
男はそう言って笑うと、俺たちを席に案内してくれる。エルドはこういう場に慣れているのか、渡された酒のような飲み物を受け取って軽く会釈をした。
エルドが男と話している間、俺は周りを観察することにした。この場にいるのは全員仮面を被っているが、マルティが居てもちゃんと分かるだろうか。そんなことを考えていた時だった。ふと視界の端に見覚えのある顔が映る。
あれは……間違いない、マリーだ。俺はすぐにそちらへ駆け寄ろうとしたが、エルドに腕を掴まれる。驚いて振り向くと、エルドは首を横に振っていた。
どうやら、まだ動くなって事だろう。俺は仕方なくその場に座り直した。
すると、先程まで話をしていた男の声が聞こえてくる。耳を傾けると、どうやらオークションが始まるようだ。俺は改めてマリーの姿を探す。すると、司会らしき人が出てきて、オークションの開始を宣言した。
次々と売られていく奴隷たち。俺はマリーが来ないことを必死に祈った。
「続いてはこちら、普通の人間ですが……顔良し、傷なし、健康状態良好。なんと言ってもM様のお墨付き! 家事も出来るので生活奴隷としても、もちろんこの見た目ですのでマレスターの方にもおすすめです!」
「…………」
司会者が高々と宣言して、マリーが壇上に上げられる。マリーは虚ろな目をしていて、何も喋らなかった。俺は思わず叫びそうになるのを堪えて、マリーの姿を目に焼き付ける。
エルドはどうするつもりなのだろうか。ちらと横を見ると、エルドは何やら考え込んでいる様子だったが、やがて口を開いた。
そして、マリーを落札したのだ。
「は……? おい、何やってんだよ」
エルドは俺の言葉を無視して、壇上へ上がっていく。俺は急いでその後を追ったが、途中で止められてしまった。
「では落札者様へ受け渡しです」
エルドが金貨の入った袋を出すと、司会が首輪の鎖をエルドに渡す。すると、エルドは袋を地面に落とした。金貨が床に散らばる音が響く。
「あぁ、すまない、手が滑ってしまった。拾ってくれ。差額は君の懐に入れて構わない」
「は、はは……」
司会の男が床に散らばった金貨を拾い始めると、エルドはどこから出したのか銃をその男の頭に当てた。突然の出来事に騒然となる。
俺はエルドの行動の意味がわからなくて、ただ呆然とそれを眺めることしか出来なかった。エルドはすぐに引き金を引く。乾いた音と共に、男は倒れた。
「出入口を塞げ! 突入しろ!!」
エルドが叫ぶと、出入口の方から騎士団員が一斉に突入してきた。そして彼らはオークションに参加していた人たちを連行していく。
俺は目の前で起きたことが信じられずに、その場で固まってしまっていた。
「くそ……っ、あいつ、騎士団の人間だったのか!」
誰かがそう呟いた声が聞こえると、俺は我に返ってエルドの元へ走った。マリーに繋がった鎖はエルドが握っている。このままうまくマリーを連れ出せたら、マリーはエルドの家の養子になって、俺は騎士団候補として生活していける。これでようやく、幸せになれるんだ。
そう思った時、どこからかパンッという破裂するような音が響いた。その瞬間、エルドが崩れ落ちるように倒れる。一瞬何が起きたかわからなかったが、すぐに理解する。
撃たれたのだ。エルドの手から離れたマリーの首輪が、ガシャンと大きな音をたてて転がる。俺は慌ててマリーの元へ走った。エルドが撃たれた今、マリーを救えるのは俺しかいない。
「マリー!」
「ジャッ……クス……?」
俺の顔を見た途端、マリーは涙を流し始めた。俺は思わず抱きしめようとしたが、近くに立っていた男がそれを許さない。俺は男を思い切り睨みつけた。
こいつさえいなければ……。そう思って男を殴ろうとするが、そいつは俺に拳銃を向けた。
「てめえがエルドを撃ったんだな!」
「はは……施設に入れてあげた恩は忘れたのかな、ジャックス。それよりも、よく生きていたね、ははははっ!! 面白い、さすが低俗なガキは虫みたいにしぶとく生き残る」
「もしかして……マルティか……!? っざけんな、騙しやがって!」
俺は怒りに任せて男に殴りかかる。だが、それは簡単に避けられてしまい、逆に腹を蹴られて吹き飛ばされてしまった。
痛みでうずくまる俺を見て、マルティは笑う。
「ははは! お前みたいなクズにはお似合いの末路だな」
「ふざけんな……っ」
俺はよろめきながら立ち上がる。まだ終わりじゃない。俺は、マリーを連れて帰らないといけない。こんなところで立ち止まれない。俺はもう一度拳を振り上げたが、その時だった。
「クズはどっちだ」
エルドが足を押えながらゆっくりと起き上がる。次の瞬間にエルドが発砲した銃弾が、マルティの腕に命中した。
「チッ……銃は慣れない。ジャックス、剣を貰ってきてくれないか」
「わ、わかった……」
俺が騎士団の人に剣を貰いに行こうとエルドに背を向けた時、パンっとまた音がして振り向くと、俺でもエルドでもなく、マリーの胸元から血が出ていた。そしてそのまま倒れ込む。
俺は頭が真っ白になった。嘘だろう? なんで? どうして? そんな言葉ばかり浮かんでは消えていく。
エルドが咄嗟に三発、発砲したうちの一発がマルティに当たりマルティも倒れる。
「マリー!!」
俺は叫びながら駆け寄ったが、もう遅かった。マリーの血が流れ出て、どんどん冷たくなっていく。
「はは、……ざまぁねぇな……妹を助けに来たのに……目の前で殺されるなんてな……! これなら、いっそ……奴隷として、売られて……たら……生き、ていられたのに……な」
マルティが床に這いつくばりながら俺にそう言った。その顔はとても楽しそうだ。俺はふつふつと湧き上がってくる感情のまま、マルティに向かって足を踏み出した。
そして、マルティの頭目掛けて思いっきり蹴りを入れた。やつはぐったりと動かなくなる。
それでも収まらない気持ちをぶつけるように、何度もマルティを蹴った。そして、最後にマルティの頭を踏んで押さえ、ポケットに入れていた折りたたみナイフを取り出す。
俺はそれを逆手に持つと、勢いよくマルティの首筋に当てて引いた。マルティの首からは噴水のように血が出る。俺は返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。
「……貴族なんか、大っ嫌いだ……っ、お前らがいなかったら……、マリーと……一緒に……っ」
俺はその場に座り込んだ。涙が溢れて止まらない。こんなことなら、あの戦争の時死んでいればよかった。何もかもが嫌になる。
「分隊長、参加者全員の処理が終わり……分隊長! 傷が……」
騎士団の人間が俺たちのいる所へ駆け寄ってくる。
「……俺はいい、早くその死体とジャックスを回収してくれ……あとは、この少女も」
そう言ってエルドはマリーをさっきの人間に渡した。俺は呆然としながらその様子を見ている。
騎士団は一瞬躊躇したが、すぐに指示に従って動き始めた。エルドは俺の元へ来ると、俺の目線に合わせてしゃがみこみ、俺の顔についた血を拭ってくれた。
「ジャックス、すまない、全部私の責任だ」
「……何言ってんだ、お前は……」
助けようとしてくれたんじゃないか、と声を出そうとして、飲み込んだ。
エルドは悪くない。悪いのは、全部マルティだ。あいつのせいでマリーが死んだ。俺はエルドを押し退ける。そして、よろめきながら立ち上がった。もうここに用はない。俺はおぼつかない足取りでその場を離れた。
「おい、まてジャックス。分隊長の指示だ。お前は騎士団に戻るぞ」
後ろから騎士団の人間の制止の声が聞こえるが、構わず歩いた。もうどうでもいい。俺はそのまま歩き続ける。
しばらく歩くと、雨が降り出してきた。俺は雨に打たれながら、ただひたすらにマリーの亡骸があるあの場所から遠ざかっていった。
・
「ここにいたのか、ジャックス」
あれから数日経った頃だっただろうか。俺は人気のない路地裏で膝を抱えて座っているところを、エルドに声をかけられた。
「治療せずに出ていったのか」
「……俺は、マリーをお前の養子にする約束で騎士団の候補としてあそこに居たんだ、だからもう俺がいる理由はないだろ」
「……騎士団はいやか?」
エルドが静かに聞いてきた。俺は答えずに俯く。すると、エルドが隣に座ってきて、俺を抱き寄せてきた。抵抗しようとしたが、力が入らない。
「気持ちわりぃことすんなよ」
「……私を恨みはしないのか?」
「それは、お前が貴族だからか?」
「……あぁ、そうだな」
それから沈黙が続く。
「……べつに、貴族は元々好きじゃなかったけど、それがもっと嫌いになったってだけだ。お前は、貴族である前に騎士団員だろ」
そう言うと、エルドは驚いたような表情をした。
「……そうか」
「治療を受けなかったのは……ただ、怖かっただけだ。マルティに裏切られてマリーも死んだいま、また、誰かに裏切られたらって、思っただけだ。優しさの裏には何かあるって身をもって知ったからな。べつに、騎士団が嫌になったわけじゃねぇ」
自分で言っていて情けなくなった。結局俺は臆病者なのだ。マリーを失った以上、もう何も失うものもない。逃げても、結局居場所はどこにも無い。それなら少しでも役に立てるかもしれない騎士団にいる方がいいことくらい、分かる。でも、怖かった。エルドが俺に手を差し伸べる理由なんてないからだ。だから、逃げ出した。
でも、エルドは違ったようだ。俺の言葉を聞くと複雑な顔をして、さらに強く抱きしめた。
「…………」
「……俺の父親が、エルドみてぇなやつだったら、もっと、変わってたのかもしれねぇな……」
俺とマリーが捨てられていなかったら。マルティと出会っていなかったら。きっと、今とは違う未来があっただろう。そう思うと、少しだけ悲しくなった。
エルドは何も言わず、黙ったままだった。




