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【35.5】ジャックスの記憶。2

 外は地獄絵図だった。あの一瞬で敵が近くまで来たみたいで、あちこちで火の手が上がり、逃げ惑う人々が見える。俺は、施設の前で敵兵が来るのを待った。

 敵の数はざっと見ただけで百人はいる。対してこっちは俺しかいない。絶望的だ。だけど、俺は絶対に諦めるつもりはなかった。マリーが帰ってくるまでは、絶対に死ねない。あいつらも死なせない。


「おい! ガキがいるぞ!」


「あぁ?……チッ、めんどくさいな……。人質用にでも持ってっとけ」


 敵兵が俺を見つけて近づいてくる。俺はじっと敵を睨みつけた。


「……お前、ここの施設の奴か?」


 一人の男が俺の前に立つ。


「だったら何だ」


 そう言うと、男はニヤリと笑った。それから、俺の腹を蹴り上げる。体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。衝撃で呼吸が一瞬止まる。

 痛みに耐えて起き上がろうとするも、今度は顔面を踏みつけられた。


「悪ぃな、ガキ。俺は反抗的なやつが嫌いでな……。他のガキもまとめて俺らについてくるなら、これ以上は痛くしねぇよ」


 そう言って、男は足に力を込めた。ミシミシという音が聞こえてくる。俺は、何も言わずにただ男を見ていた。そして、男が一瞬俺から目を離す。その隙にポケットに手を突っ込み、ナイフを取り出し男の喉元めがけて投げた。


「ガッ……っこの、クソ、ガキが……っ」


 男は俺の頭から足を下ろし、首を押さえながら倒れた。まだだ、まだ終わっていない。俺は立ち上がり、両手にナイフを持った。



 どれくらい時間が経っただろう。気づけば、周りは死体だらけになっていた。俺は、生きているんだろうか。それすら分からないほどに全身が血まみれになっている。

 腕も片方動かない。多分折れているんだろう。目の前には、敵兵の隊長らしき人物がいた。そいつの首筋に、俺は渾身の力を込めナイフを突き刺した。


「ぐふぅ……っ!?︎」


 そのまま押し倒し、馬乗りになって何度も刃を振り下ろす。


「はァ……っ、く、……ぅ、はぁ、……クソっ……」


 あと少し、もう少し。俺は必死に手を動かした。だがその時、誰かから声をかけられる。


「よせ、少年」


 ハッとして顔を上げると、騎士団の服を着た男が馬に乗りながら俺を見ていた。


「これは君がやったのか?」


「……だったらなんだよ、俺の事殺しでもするか?」


「まさか。君一人かい?」


「……あそこの施設にガキがまだいる。生きてたらな」


 俺が指さすと、男は分かったと言って馬を降り、俺の元へやってきた。

 そして、俺を抱きかかえると施設の方へ向かった。


「団長、施設の中に子供がいるらしいです」


 俺を抱き抱えた男は先頭を進む男に声をかける。


「わかった。エルドは中の詮索を頼む。俺は近辺の敵兵の残りを片付ける」


「了解です。失礼します」


 俺を抱えた男はそういうと、馬の速度を上げ施設の前に馬をとめた。


「君、歩けるか? 可能なら施設の中を案内して欲しいのだが……勿論、敵がいたら私が戦う。君に傷一つ付けないことを約束しよう」


「ンなことしなくても自分の身は自分で守る」


 そう言いながらも、俺は立ち上がって歩き出す。そして、すぐに足を止めた。


 建物内は、酷い有様だった。壁には発砲された跡があり、床や壁には血痕がある。


「……っ、くそ、……!」


「まて、走ると守れ……」


 男が何か言っている気がしたが、そんなこと気にしていられなかった。

 早くアイツらのところに行かないと。そう思いながら廊下を走っていると、奥の部屋から物音が聞こえることに気がついた。

 俺は急いで音のする方へ走った。

 するとそこには、銃を構えてこちらを見ている二人の男の姿があった。

 その瞬間、頭にカッと熱くなるような感覚を覚えた。俺は無我夢中で走り出し、手前にいた男に飛びかかる。男は持っていた拳銃を落とし、驚いた表情を浮かべていた。


「ガキがまだ居たのか! 撃て!」


 もう一人の男が叫ぶ。俺は咄嵯にしゃがみこみ、飛んできた銃弾を避けた。そして、男の懐に入り込み、ナイフで首を切り裂く。男は倒れ、絶命した。

 俺はもう一人に向かってナイフを投げようとしたが、その前に俺を抱えた男が後ろから剣を振って男の頭を真っ二つにした。


「ここにいたか、全く、勝手に行くと危ないだろう」


「チッ……なんだよオッサン、さっきから説教ばっかり」


「説教なんかじゃないさ。……そうだな、君は戦いの才能がある。まだこんなに幼いのに、的確に相手の急所を突いている」


 そう言って、オッサンは微笑んだ。俺は思わず目を逸らす。なんなんだコイツ。気持ち悪い。


「それで説教を帳消ししたつもりか? ……そんなことより、ガキども探しに行かねぇと」


「……早く、ここから出よう」


「あァ? 探しに行くんだよ、怖ぇなら出てけオッサン」


「…………やめておけ」


 俺の言葉を無視して、オッサンは外に出ようとする。それに腹が立ち、俺は男の腕を振り払った。

 その時、オッサンが俺の肩を掴み、そのまま壁に押し付ける。衝撃で息が詰まった。何すんだよ、離せよ、と言おうとした時、男が俺の顔のすぐ横に拳が飛んできた。


「君は知り合いの死体をそんなに見たいのか」


「っなに、いってんだ……」


 ……頭では理解している。あいつらは死んだということ。あの床や壁の血痕が、ガキどもが敵兵を殺してできたものじゃない事くらい。オッサンは、俺を探す途中できっとガキどもの死体を見たのだ。だから、俺がその死体を見ないように、早く出ようと言ったのだ。

 わかっている、頭では、わかってる。でも、信じたくなかった。


「死んでるかなんか……見てみねぇとわかんねぇだろ……」


 俺の声は震えていた。男は俺を見て、ため息をつくと俺の体を担ぎ上げる。そして施設を出て馬に乗せると、自分も乗り、手綱を握った。


「おいっ! マルティは戻ってくるって言ってた! 俺は残るぞ、マリーがあいつと一緒に屋敷へ行ったんだ」


 俺は必死になって叫んだ。しかし、オッサンは黙ったまま馬を走らせる。しばらく走って、森に入ったところで男は馬を止めた。


「……君を探している間に、部屋からこんなものを見つけてな。……君が言ってたマルティと言う奴は、あの施設の施設長か?」


 そう言って、男は一枚の紙を差し出した。何書いてるかは分からないが、文章の下に二つのサインがある。


「他のやつがマルティって呼んでた。だから俺もそう呼んでる。……で、それは何だよ、俺はあんま文字読めねぇから、わかんねェけど」


 男は少し考え込むように顎に手を当てていたが、やがて口を開いた。


「これは、人身売買の契約書だ。サインには、マルティ・スルトと書いてある」


 人身売買。その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 まさか、そんなはずない。だって、アイツは貴族の養子にって言ってたし、時々施設に卒業したガキから手紙だって来てたし、そもそもガキを売るなんてそんなことするわけ……。


「この件は持ち帰る。この国では人身売買は禁止だ。しっかり調査するが……何か奴の言動で思い当たることはないか?」


 男の言葉を聞いて、俺は何も考えられなくなった。頭が真っ白になる。どうしていいかわからず、ただ首を横に振ることしかできなかった。

 おっさんの言うことが本当なら、マリーは、安全な場所に避難できた訳ではなく、連れ去られていて、すぐにでも人身売買されるかもしれない。そう思うと、いても立っても居られなかった。


「おい、オッサン! はやくさっきの場所に戻せ! 俺は待つ、マリーが売られるくらいなら、俺も一緒に売られる」


「……そいつは、戻って来ない。断言してもいい。……残されたのは男の子だけだろう? 恐らく最初から女の子だけを人身売買するつもりだ。施設の中に貼られていた当番表には十一人の名前、そして死体は四つ、君を入れて五人……残り六人は女の子じゃないか? そして六人はあの施設にいなかった」


 男は淡々と答える。本当に貴族の養子にするなら、男女問わず優秀な子だけを持っていくはずだと付け加えた。……確かに、男どもの中に一人、勉強の飲み込みが早くて家事の手際もいい奴がいた。そいつも、連れていかれておかしくないはずだ。


「っくそ……その話が本当なら、マリーはもう帰ってこないのか?」


「分からない。終戦したらすぐにでも調べる。それまでは……」


 男は言い淀む。俺は思わず男の胸ぐらを掴んだ。どうすればいいかわからない。

 助けに行きたい、でも、どうやって? 俺一人で? 無理に決まってる、どこに行ったのかすら分からない。男の馬の上で、ぎりぎりと拳をにぎりしめる。

 その時、後ろの方から馬の足音が聞こえた。さっき見た事あるような、と思っていると、その馬に乗った男はオッサンに話しかけた。


「エルド、ここにいたのか。……魔法騎士団から通達が入った。先程皇后陛下が亡くなられた。陛下も皇后を庇い、重症だ。……じきに敵も引き上げるだろう。俺たちも皇宮へ向かうぞ」


「……くそ、遅かったか……」


「なんだよ、何が起きたんだ?」


「おい、エルド、その子供は置いていけ」


 男は舌打ちすると、俺を一睨みした。しかしおっさんは、首を横に振る。


「いや……この子がいた施設は人身売買が行われている可能性がでてきた。これが終わり次第すぐに調査すべきです。連れていき、魔法騎士団に渡しましょう。この子自身も、さっきの敵国の襲撃でかなり怪我を負っている」


 男は俺をじっと見つめる。そしてため息をつくと、わかった、と一言呟き、その場を去る。オッサン……エルドも、俺を乗せて馬を走らせた。

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