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【35】報告。

***


 戦争後、皇宮にて。


 軍服を着た二人の男が長い廊下を歩いていた。片方は背が高く、もう片方は低い。二人はすれ違う使用人に敬礼されながら、とある部屋の前で立ち止まった。

 コンコン、とノックをして返事を待つ。入れ、と言う声を聞いて扉を開けると、そこには皇帝陛下がいた。

 皇帝は椅子に座り、頬杖をついている。入ってきた二人のうち、背の高い方が口を開いた。


「ご報告に参りました。被害はおよそ死者二百名、重傷者三千八百七十三名でございます」


 その数に、室内にいた者たちがざわめく。

 しかし、皇帝は表情を変えずに、ただ一言、そうか、と言っただけだった。


「かなりの被害でしたが、隣国の戦争計画の発端者……向こうの騎士団長の首は取りました。結果、向こうの撤退という形で終結しましたが……」


 背の高い方……リセリーが続ける。その後の言葉は、言い淀んだ。皇帝はそんなリセリーの様子に眉をひそめた。すると、低い方の男が、口を開く。


「禁忌魔法の影響で廃人になっちまったやつが多い……です」


 その言葉に、皇帝の目が僅かに細められた。

 重傷者の半分はこの禁忌魔法の影響を受けている。リルヴェートが国中の治癒魔法者を集めていたのは皇帝の耳に入っていた。禁術は代償が大きく、その後遺症も大きい。

 皇帝はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと息を吐きだした。


「そいつの名は?」


「魔法研究所のラルークという者です」


 その名を聞いた途端、皇帝はぴくりと反応を示した。指を組み、顎を乗せると目を伏せた。


「ラルーク……? 炎の禁忌魔法か? 歳は、顔の特徴は?」


 皇帝が質問を続ける。その声は、いつもよりも低く聞こえた。


「いや……あれは氷魔法だな……です。黒髪で、まだガキ……いや、殿下サマと同じくらいの歳だ……です」


 背が低い方の男……ジャックスが答える。皇帝はその答えを聞くと、そうか、と一言言って、しばらくしたあと変なことを聞いたと漏らした。


「それより、エルドが報告に来なかったということは……」


「……っ」


 皇帝がそう呟くと、ジャックスはビクッとして息を詰まらせた。皇帝はそれを横目に見て、また一つため息をつく。

 そして、そのあとは何も言わずに立ち上がって窓の外を眺め始めた。


「あれを持ってこい」


 皇帝がそう言うと、後ろで控えていた侍従が小さな箱を持ってきた。それを受け取った彼は、ジャックスに手渡す。


「エルドが少し前に俺に預けてきたものだ、お前に渡せとな。中身は知らん。俺は開けるなと言われていたからな」


 ジャックスが震える手でその小包を開く。中には紙とポーラータイが入っていた。それを見たジャックスは、顔を歪めた。

 そして、それを握りしめたまま、その場から走り去った。残されたリセリーは、小さく舌打ちをする。


「また追って報告いたします。……ソレイユと星の輝き、希望と未来に祝福あれ」


 そう言って一礼したあと、退室した。



「はぁ……ここにいましたか、ジャックス」


 騎士団本部の屋上、リセリーがジャックスを見つけて駆け寄る。彼は壁にもたれかかって座っていた。


「……んだよ、どっか行け」


 不機嫌そうな声で返す彼に、リセリーは呆れたように肩をすくめる。彼の手に目を向けると、さっき受け取ったらしいポーラータイがあった。あれは、エルドが身につけていたものと同じものだ。赤い石の中には、騎士団の刻印がある。


「……急に走り去ったのはそういうことですね」


 ジャックスは何も返さない。リセリーは隣に座って、空を見上げた。ふと、彼が口を開く。


「……俺は、あいつのことなんか嫌いだ。いつもいつも説教ばっかりで、目上には敬語を使えとか、言葉遣いには気をつけろだとか、うるさいったらありゃしねぇ……。いなくなって清々するぜ……なのによォ」


 そこまで言ったところで、ジャックスは言葉を切った。リセリーが何も言わずに待っていると、ぽつりと話し始める。

 それは、とても弱々しい声だった。


「あいつが居ねェと、落ち着かねぇ……」


 リセリーはそれを聞いて、少しだけ笑みを浮かべた。


「……あんなに、エルドさんを殺して自分が総団長になるって騒いでたのに、随分しおらしいですね」


 揶揄うような口調でリセリーが言うと、ジャックスはムッとした表情になった。

 しかし、すぐに諦めたのか、大きなため息をついた。

 そのまま、話し始める。


「……俺は貴族は嫌いだ。……でも、あいつは違ェんだよ。あいつは……」


 そこで口をつぐむ。そしてそのあと、少しの間ジャックスは黙ったままだった。

 やがて、ゆっくりと立ち上がる。そして、ポケットの中から何かを取り出した。

 それは、あの時エルドから渡された手紙だった。じっと見つめた後、ぐしゃりと握りつぶす。その手は微かに震えていた。


「……あいつ、口では散々俺に団長は向いてないとか言っときながら、俺にこんなもん渡しやがって……クソが」


「……エルドさんがあなたは総団長に向いてないとか言ったのは、本心もあると思いますが、あなたに自由に生きてもらいたかったからだと思いますよ」


「あァ?……そんなわけあるはずが」


 ジャックスは言いかけてやめた。代わりに頭を押さえると、意味わかんねえとぼそりと言ったあと、足早に立ち去っていった。

 残されたリセリーは小さく呟く。


「……エルドさんは、あなたを我が子のように可愛がっていたのですから」


 リセリーは少しの間空を見上げたあと、その場を立ち去った。

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