【34】禁じられた魔法。
「おい、さっきのはラルークだろ!」
所長さんが大きな声で叫ぶ。ラルークはちらりと声の方を見たあと、ため息をついた。
「あのまままともに戦っても勝てませんよ」
「だからってな、お前、禁忌魔法を……」
所長さんの言葉に、リセリーさんや意識が戻ったセドリックたちもざわつき始める。その言葉を聞いて、私は思わず耳を疑った。
え? 禁術……? どうしてラルークがそんなもの使えるの……? 混乱していると、ラルークは困り顔で言った。
「禁忌だけど、使えちゃうから仕方ないよね……。それに、僕だって好きで使ったわけじゃないですから」
これ以上間近で人が死ぬのは見たくない、と言ったラルークに所長さんが全力で平手打ちした。パン、と乾いた音が響く。
「なんのためにタブーになってるのかよく考えろ! お前は魔力もあって飲み込みも早い上に魔法への探究心が強い、だからある程度の魔法が使えるのは分かっている。そこは素晴らしい才能だと思っているが、していいことと悪いことはしっかり考えろ!」
「じゃあ、所長にとって戦争は善ですか? 仲間が死ぬのは、悪? 人を殺すのは、正義なんですかね。僕は、考えた上で、これしかないと思ってやったまでです」
ラルークは真っ直ぐに所長さんを見て言い放つ。その目には強い意志が宿っていた。所長さんは何も言わず、ぐっと拳を握ったまま俯いた。
「……ならせめて、他人を巻き込むな。公爵令嬢がそれで命を落としたらどう責任を取るんだ」
「この魔法は発動者は空間に入れないから仕方ないじゃないですか。僕だって空間にお姫様を連れていきたかった訳じゃない。もしあの場に所長とお姫様が二人居たら、所長を連れていきますし」
「……もういい」
所長さんはそれだけ言うと、さっきの異様な空間があった所へ向かった。
私は所長さんたちがしていた話の意味が分からず、ぼーっとラルークを見つめていた。すると、ラシェルとセドリックが私の側へきた。そして、何故か二人ともラルークに剣を向ける。
「最悪の精神異常の禁忌魔法にソフィを巻き込むなんて、どういうつもりですか」
セドリックがラルークに問いかける。ラシェルも、ずっとラルークを睨みつけていた。
どういう事なのだろう。確かに苦しかったが、生きて帰ってこれたし、敵国の人たちもまとめて倒せてるっぽいし良かったと思うんだけど。私が戸惑っていると、ラルークがふぅ、と息を吐いて答えてくれた。
「僕だってお姫様を巻き込みたくなかったよ。でもあの場で強い意志を持った、味方の人間がお姫様しかいなかったんだ。あの魔法はかけられた人間は問答無用で精神異常になるけど、かけられた空間に入っていく人は、意思が強かったら戻ってこれる。発動者以外なのが条件だけど……」
曰く、さっきの異質な空間は精神異常の世界なのだという。そこに閉じ込められた人間は、その魔法の解除魔法を知っていないと、必ず精神異常になるらしい。そして、この魔法が禁忌とされているのは、その解除魔法がまだ解明されていないからみたいだ。
私はセドリックやラシェルたちを助けたい、と意志を持ってあの空間に入っていった、発動者ではない人間だから、辛うじて戻ってこれたという訳だ。だからラルークはあの魔法を発動する前に助けたいのは誰? と聞いたのか。魔法についてはよく分からないが、何となく原理的なものは分かった気がする。
「死んだら……お嬢様が死んだらどうするつもりだったのですか!」
ラシェルが怒りに満ちた目で叫ぶ。
「お姫様が意志を忘れてしまったら、その瞬間に僕が死ねば魔法は消える。それか、魔法が解除される一時間お姫様が耐えるかだけど……まあ、巻き込んだのは僕だし、そういうことになったら死ぬ覚悟は出来ていたよ」
ラルークは淡々と答えた。
「だからって……」
二人が呟く。ラルークは、気にせずに言葉を続けた。
「それに……お姫様の大切な人が死んで悲しむ顔は、僕も見たくない」
そう言ってラルークは私を見た。その目は優しかったけれど、どこか寂しげだった。
その後、ラルークは所長さんに呼び出されて何かを言われていたが、結果的に敵は殲滅出来たので、有耶無耶なまま戦いは終わりを告げた。禁忌魔法を使ったのが敵国にバレないように、かかった人間はジャックスがまとめて処理し、こちらの国の騎士団の人たちは回収して、国中から医者や回復魔法に強い人間が集められ治療に当たるそうだ。……元に戻るかは、分からないが。
私と研究所の人達は一旦帰ることになった。今回の戦争の報告はジャックスとリセリーさんが行うらしい。馬車に乗り、帰路につく。ラルークは私の隣に座っている。怒られたせいか仏頂面だが、さっきより少しだけ雰囲気が柔らかくなったような気もした。
「ねえ、ラルークはなんで禁忌魔法? っていうやつを使えるの?」
「んー……僕たち魔法研究所って何してるところかは知ってる?」
ラルークに聞かれ、私は首を傾げた。確かに、普通に受け入れていたけど、そう聞かれてみればよくわからない。研究してるんだろうなとは思うけど。
「ソフィ、魔法、あんまり詳しくないから……」
「あはは、この前も言ってたね。……僕たち魔法研究所は、魔法の性質や魔力の源について調べているんだ。あとは出来ないと言われていた魔法の解明や実験とか……まあ、そんな感じだから、魔法に関する禁書が研究所にあるんだ」
あの魔法は解除方法が分からないだけで、使うのは魔法を勉強したら使えるよ、とラルークは付け加えた。……というか、研究所の人達が調べても解除方法が分からないのに、かかった人達は大丈夫なのかな、と心配になった。
けど、ラルークがあの魔法を使っていなかったらきっとこの国は戦争に敗れていただろう。私はラルークの横顔をじっと見つめた。彼は一体どんな気持ちで禁忌魔法を使ったのだろうか。
「うーん……よく分からないけど、ラルークはあんな魔法も使えちゃうんだね。すごいなぁ」
私が素直な感想を言うと、ラルークは目を丸くした後、ふっと笑った。
「所長にはこっぴどく怒られたけど……一応、解除方法は何通りか目処がついているんだ。いつかは試してみようと思っていたから、色んな人を巻き込んだのは本当に申し訳ないけど、僕としてはいい研究が出来るから、ラッキーというか……」
不謹慎だけどね、とラルークは苦笑いを浮かべた。
「研究熱心なんだね。まあ、いっぱい巻き込んじゃったのはちょっとダメかなぁって思うけど、実際押されててあのままじゃ負けちゃいそうだったから、仕方なかったよね。……でも、ありがとう。助けてくれて」
私が笑顔で言うと、ラルークは少し驚いた顔をしたあと、視線を逸らした。ラルークのおかげで助かった。もし彼があの魔法を使っていなかったら。きっとエルドさんだけじゃなくて、セドリックやラシェルだって、死んでいたかもしれない。
本当はみんな助けたかった。……なんて、綺麗事なのは分かっている。でも、ほんの少しだけ、期待していた。
現代で読んでいた異世界転生のストーリー。その小説の主人公だったら、きっと、何かすごい力が開花して、みんなを助けられたかもしれない。私も、こうして異世界に来た身だから、何か起こるかもと、心の中で思っていた。
でも、現実は違った。そもそも私はこの世界がどの小説の世界かも分かっていない。憑依したのか、全く知らない誰かに生まれ変わったのかも、何も知らない。定期的に夢を見ないと私を失いそうになるくらい脆い存在だと、改めて思い知らされる。ラルークは私の方をちらりと見た後、またすぐに窓の外を見た。
戦争は、終わった。私は生きて帰ってこれた。セドリックも、ラシェルも、生きてる。でも、その代償に一人の人間を失った。
エルドさんは、とても優しくて、頼りになる人だった。まだ、もっと沢山、色んな話をしたかった。
「……えるどさん……」
思い出して涙が溢れてくる。ラルークは何も言わずにそっぽを向いていたが、私が落ち着くまで静かに待ってくれていた。馬車が止まる。どうやら、もう着いてしまったようだ。私は慌てて涙を拭う。
「ねえ、お姫様。今度また、星を見ようよ。気分が乗らなかったら、話なんてしなくていいし、ただ一緒に空を見るだけでも、僕は構わないからさ」
ラルークの言葉に私は顔を上げた。彼の紅い炎の様な瞳が真っ直ぐにこちらに向けられている。
私は小さく笑って、うん、と返事をした。馬車を降りる。ラルークは私に手を差し出している。
私は彼の手を取り、ゆっくりと地面に足をつけた。




