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【33】守りたい人。

「あにうえ……俺は、……ちゃんと、まも……れ……」


 ジャックスの手を握ったエルドさんは、小さく呟いた。


「エルド、っ、くそ、……エルド!」


 エルドさんは静かに目を閉じ、微笑んだまま、もう二度と開くことは無かった。ジャックスの目から大粒の涙が流れ落ちる。

 エルドさんが、死んだ。私はその事実を受け入れられず、ただ呆然とするしかなかった。


「っクソ……、貴族なんか嫌いだ。ふざけんな、お前は、騎士団になんて入らず、田舎で過ごしてりゃ良かったんだ。だったら、俺とお前は出会わずに済んだのに、こんなに……っ!」


 ジャックスがエルドさんの亡骸に向かって叫んだ。そして、涙を拭いて立ち上がる。


「アイツら……敵国のやつら全員殺してやる、二度と俺たちの前に顔出せないように、ぶっ殺しまくってやる」


 そう言って剣を手に取ったジャックスは、傷薬を身体にぶちまけた後、武器をかき集めて馬に乗った。私は慌てて止める。

 まだ敵がたくさんいる中、一人で突っ込むのは危険すぎる。けれど、ジャックスは止まらなかった。リセリーさんが止めようとするが振り払われてしまう。


「ざけんな! 俺は強いんだ! お前らよりずっとな! 殺す、殺してやる、皆殺しにしてやる!」


 ジャックスは馬を駆って敵陣へ飛び込んでいった。彼は怒りに任せて暴れ回る。次々と敵を斬り倒し、その勢いのまま敵軍の中に突っ込み、切り刻んでいった。時には彼の部下である軍事騎士団の人たちを盾にして、槍にして、ただひたすらに戦い続ける。


 しかし、そんな彼も多勢には勝てず、どんどん追い詰められていく。まだ前線で戦っていたラシェルや、追いついたセドリックが共に特攻するが、総団長という指揮を失った騎士団に乱れが出ていた。

 このままでは、全滅してしまう。どうしよう、そう思っていた時、前にいたラルークが振り返って私を見た。


「お姫様、数人だけ助けられるなら、誰を助けたい?」


 突然言われた言葉に戸惑う。だが、何となく言いたいことはわかったような気がする。何かを犠牲にしないと、勝てない。きっと、そういう事なのだろう。

 みんなを助けて、勝って帰りたかった。いまも、そう思っているが、実際の戦場を見て、そんな甘い考えは通用しないと痛感した。私は唇を噛み締める。


「……私の大切な人たち、セドリックやラシェルやラルーク、一緒にお話した団長のみんな。……ここにいる人たちをみんな助けられないなら、最低でも、この人たちは助けたい」


「その人たちのこと、しっかり見ておいてね」


 ラルークはそういった後、魔法を詠唱する。何をするの、と言うのと同時に辺りが一瞬にして真っ暗になる。何が起きたのか分からず呆然としていると、突然光が現れた。

 眩しさに目を細める。


 するとそこには、先ほどまでいたはずの兵士たちが消え、代わりに、大きな鳥籠のようなものが浮かんでいた。


 それは、とても幻想的な光景だった。真っ白な雪が舞い散り、その中にぽつりと黒い影がある。その周りだけが、夜のように暗くなっていた。私は思わず息を飲む。

 あれは、なんだろうか。あの中に、誰かがいる? よく見ると中には、たくさんの人が閉じ込められている。


「コキュートスエストレア・コントラ」


 ラルークの声と共に、巨大な氷の檻がゆっくりと降りてきて、中にいる人達ごと地面に着地し、凍りついていった。

 私は目の前で起こった出来事に唖然として、声も出せなかった。


「っ……、早く、お姫様の助けたい人、助けないと、死んじゃうよ……」


「ラルーク! フラフラだよ、顔色が……」


「だいじょうぶ、僕は平気。それよりも、早く行かないと、僕たちも危なくなるかも……」


 確かにそうだ。私は急いで凍てついた場所へ向かう。しかし、近づくにつれて、その異様な空気に気圧されそうになる。

 これは本当に現実なのだろうか。私は夢でも見ているのではないかと思うほどだった。それほどまでに、その空間は異質で、恐ろしいものだったのだ。

 近寄るだけで、肌がひりつく感覚に陥る。私はごくりと唾を飲み込んだ。


「……っ、……この中から探すのは……っ」


 流石に体力がもたない。早く探さないと。リリーに頼もうと思ったが、何故かここはリリーが出てこない。早々に諦めて異質な空間を走り回る。


「はぁ……っ、いた、ラシェル……、セドリックも……っ、あと、リルヴェートさんと、ジャックス……どこ……」


 私は必死になって探し回った。

 そしてようやく全員を見つけた時、私はその場に膝から崩れ落ちた。

 意識が朦朧として、呼吸が苦しい。どうしてこんなに苦しくなるんだろう。頭がガンガンして、吐き気がする。


 けど、ここで倒れるわけにはいかない。私はなんとか立ち上がり、元いた場所へ戻ろうとするけれど、足がもつれて転んでしまった。

 起き上がろうとしたけど、身体が全く言うことを聞かず、そのまま倒れ込んでしまう。視界の端に映った自分の手を見ると、震えていた。

 寒い、怖い、辛い。そんな感情が一気に押し寄せてくる。はやく、ここから、出ないと。


「──、─う、─令嬢!」


 遠くで誰かが私を呼ぶ声が聞こえて、ハッと我に返る。いけない、このままじゃだめだ。

 半ばみんなを引き摺るようにして、異質な空間から脱出する。詰まっていた息が解放されて、大きく深呼吸をした。


「ヒュっ……ぅ、はぁ、っ……はぁ……」


「令嬢、これは一体何なのですか!」


 リセリーさんが慌ててこちらへ駆けつけてきたらしい。肩で息をしながら、私を見た。


「分かんない……けど、ラルークが、……ラルーク!」


 私はすぐにラルークの元へ駆け寄って、彼の肩を掴んだ。

 ラルークの顔色はさっきよりもずっと悪くなって、今にも死にそうな顔をしていた。私は慌てて彼に回復魔法をかける。しかし、ラルークは首を横に振ってそれを拒んだ。じっと彼の顔を見ると、うっすらとアザのようなものが浮かび上がる。


「なに、これ……」


 どんな回復魔法をかけても、その痣は消えない。もしかすると、何か呪いのような類のものかもしれないと思い至る。


 どうしよう、どうすればいいの? 私が焦っていると、ラルークが口を開いた。


「時間が経てば治るから……多分。気にしなくていいよ」


「体調は? しんどくない?」


「魔法のおかげでなんとかね」


 そう言って彼は無理矢理笑みを浮かべた。私は不安になりながらも、ひとまず彼を休ませることにした。そして、引きずり出してきたラシェルたちを見る。あの空間の中にいた時よりは顔色が良くなっている。リセリーさんが治癒魔法を使ってくれたおかげだろう。

 私もリセリーさんを手伝うべくラルークの元を離れた。

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