【32】総団長。
「だめだ! ここじゃ、また敵に撃たれる!」
「まって! だめ、死んじゃったら、治せないよ。先に止血だけでもしないと、死んじゃう!」
セドリックと共に馬に乗っていたラルークが私に向かって叫んだ。いま私の後ろには、敵がいる。けど撃たれたエルドさんの治療を止めるわけにはいかない。
セドリックが馬から降りて私の馬に乗ろうとした時、後ろから物凄いスピードでジャックスの馬が走ってきた。
「おいエルド! 生きてるか!」
「ジャックス! さっき、撃たれて、だからすぐに手当しないとだけど……」
「オレが馬を引くからチビは治癒魔法使え! リセリーんとこ戻るまで応急処置だ!」
ジャックスが私の乗っている馬を繋ごうとした時、また銃声が響く。
「ぅ……っ!!」
銃弾が、私のお腹に当たった。血が吹き出る感覚とともに、痛みが全身を襲う。痛すぎて、目の前がチカチカする。呼吸する度、血が流れ出て意識が朦朧としてくる。お腹を庇った衝撃でパリン、と腕につけていた魔法石が割れ、地面に落ちた。
「ソフィ!」
セドリックが叫ぶ声が聞こえる。まずい、息をしないと。大丈夫、私は、リリーがかけてくれた防御魔法があるから、死なない。
「っはぁっ……! はぁ、っ……私は、大丈夫……っ」
「ご主人様、危ないわ、さっきので魔法の効果は切れたし、魔力が入った石も割れた。すぐに逃げないとみんな死んじゃう!」
リリーが珍しく焦ったように言った。確かにそうだ。このままだとみんな死んでしまうかもしれない。私はエルドさんの代わりに馬の手綱を引いて、前へ進むよう促す。しかし、思うように力が入らない。
「バカ、動かすな! オレの馬と一緒に引くからなんもすんなクソチビ!」
そう言ってジャックスは、自分の馬と私の馬を繋ぐ。そして、後ろから来る敵の馬に向けて、持っていた短刀を投げ飛ばした。
「僕がそっちに乗る、まだ少し魔力が残っているから。着くまでに使い切りそうだけど」
ラルークが馬から飛び降り、私の方へきた。私はセドリックに引っ張られ、彼の馬に乗る。ジャックスとセドリックのおかげでなんとかその場を離れられたけど、敵兵には追われ続けている。
「ラルーク、エルドさん、大丈夫そう?」
「分からない……結構な重症だね。お姫様も僕も、魔力が満タンだったら……」
「ごちゃごちゃうっせェぞ! 魔力振り絞って治せ!」
ジャックスが怒鳴りながら、私たちの前を走る。彼はいつもよりずっと険しい顔をしていた。私たちは、リセリーさんたちのいる場所へ戻るべくひたすら走る。
「っがはっ……はぁ……っ、ジャッ、クス……?」
「エルド! 生きてたか!」
「エルドさん、まだ傷口が塞がってないので、喋らないでください」
ジャックスがエルドさんの方を向き、ラルークは口を開いたエルドさんを静止した。エルドさんの胸に空いた穴からは血が止まらず流れていた。
絶えずラルークがエルドさんの胸元に手を当て、呪文を唱える。しかし、彼も魔力が尽きかけているせいで、なかなかすぐに回復しない。
「……俺は、もう、だめだ、ほかの団員を、先に……」
「だめ! エルドさん、黙ってて、絶対治すから!」
私がそういうと、エルドさんは苦しそうな顔をしながら、私を見た。
「令嬢、血が……っ」
お腹を押さえながらセドリックの馬に乗る私を見たエルドさんは、驚いたような表情をする。私だって、こんなことになるなんて思ってなかった。まさか、自分が撃たれるだなんて。
でも、それよりも、エルドさんの方が心配だ。私は、痛みや血こそ出ているが、致死攻撃一回分の防御魔法で死にはしていない。呼吸も、心臓も、しっかり動いている。
「エルドさん、お願い、頑張って、耐えて、死なないで!」
リリーにエルドさんの元へ行ってもらい、ほんの少ししかない魔力を全て流す。もう軽傷すら治せるか怪しいレベルだが、少しでも、リセリーさんたちの元へ戻るまで、繋ぎ止めないと。
「ソフィ! 無理しすぎだよ!」
セドリックが片手で私の肩を掴む。分かってる、そんなこと。
だけど、ここで彼を死なせたら、私は一生後悔する。エルドさんは、私のファンティスタでエスコートしてくれて、たくさん話をしてくれた。私が外に出るようになった六歳から今までの二年間、身内と護衛のラシェルを除いたら、一番、一緒に居た人だ。
「っはぁ、はぁ……」
「おい! エルド! 死ぬなよ!」
ジャックスが叫ぶ声が聞こえる。あぁ、よかった。まだエルドさんの息はあるみたいだ。
「……俺を、置いていけ……」
「何言ってんだテメェ! ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
ジャックスが怒鳴ると、エルドさんは弱々しく笑った。
「……お前に殺されて総団長を引退させられるより前に、死ぬとはな」
「……ざけんな、オレがお前を殺して総団長になるんだよ、勝手に死ぬなよ!」
ジャックスはそう言いながら、馬を走らせる。その時、私の乗っていた馬が止まった。どうしたのかと思って振り返れば、そこには恐ろしい形相をした敵兵が立っていた。
敵兵は剣を振り上げる。まずいと思った時には遅かった。私は咄嵯に身を屈め、目を瞑る。
けれど、いつまで経ってもその衝撃は来ず、代わりに聞こえてきたのは、誰かの悲鳴だった。
恐る恐る目を開けると、目の前にいたはずの敵兵の姿はなく、変わり果てた姿になっていた。
「ジャマすんな! どけ!」
「…………」
ジャックスとセドリックが剣で敵をなぎ倒していた。二人はそのまま馬を走らせ続ける。少しでも早く、エルドさんを治療しないと。
・
「おいリセリー! エルドがやばい、早く回復させてくれ!」
リセリーさんの所に着いたのは、それから数分後のことだった。
ラルークの治療で少し傷口は塞がったが、それでもまだ完全には塞がっていない。リセリーさんは驚いたような顔で駆け寄り、治癒魔法を唱える。しかし、それも虚しく、彼の身体から流れ出る血は止まらなかった。
このままでは、本当に死んでしまう。急いでポーションを飲まないと、とリセリーさんの元へ行くと、服に付いたお腹の出血を見たリセリーさんは顔を青くしながら、私の手を握った。
「あなた、人のことを心配してる場合じゃ……」
「私は大丈夫、ちょっと血が足りないけど……それより、はやくエルドさん治さないと。ポーションまだ残ってる?」
「ありますが、あなたのその傷口を塞がないと、ポーションは身体に毒ですよ」
「わかってるけど、早くしないと、エルドさんが!」
私が声を上げると、リセリーさんは唇を噛み締め、腰に下げていた鞄の中から小瓶を取り出した。それを受け取り、一気に口に流し込む。苦味が舌を刺激したが、構わず飲み込んだ。
「リリー、お願い……」
祈るようにしてリリーに魔力を流し、エルドさんに治癒魔法をかける。少しして、彼はゆっくりと私を見た。
「……令嬢、巻き込んでしまって、辛いところを見せてしまって、本当に、申し訳ございません……」
「エルドさん、私のことは気にしないで、回復することだけに集中して」
「……私は、もう、持ちません……」
エルドさんが苦しげに言う。がっ、と声を漏らして、口から血を吐いた。そんな彼に、私は必死に声をかけ続けた。少しでも、意識の糸をこちらに残して欲しい。ラルークも魔力を回復させ、エルドさんの治療に加わった。
「……ジャックス……、お前は、人の上に立てるか?」
エルドさんが呟くように言った。ジャックスはエルドさんの顔を見て、何言ってんだ、と呟く。
私には、エルドさんが何を言いたいのか分かった気がした。エルドさんは、きっと、自分が死んだ後のことを考えているのだ。この先、ジャックスが総団長になった時、団員たちをまとめられるか不安なのだ。
だから、今のうちに、伝えようとしている。エルドさんは、いつも冷静で、落ち着いていて、どんな状況でも最善策を考える人だった。
ジャックスは、実力は十分にある。しかし、口も悪ければ気も短い。すぐに感情的になりやすいし、短慮な面もある。正直リセリーさんとかのほうが向いてるんじゃないかなとは思うが、それでも、エルドさんはジャックスに託した。
二人の姿を見て、ボタボタと涙が零れ落ちる。しなないで、と小さく声を漏らすと、エルドさんは微かに微笑んでいた。
ジャックスはエルドさんの手を握る。歪んだ表情で、じっとエルドさんを見ていた。
「お前はいつも説教ばっかりだ、うるせぇ。お前が言う人を動かすうんたらとかは何一つ分かんねぇよ。でも、俺はやってやる。それはお前を俺が殺してからだ、だから勝手に死ぬな!」
ジャックスが涙声で叫ぶ。唇を噛み締め、涙を零さないようにしていた。ぎゅっと強くエルドさんの手を握りしめ、死ぬな、生きろ、耐えろと繰り返す。
「お前なら、できるさ。お前のやり方でな。……自由に生きろ。お前は、まだ未来がある」
リセリーさんとセドリックは、エルドさんとジャックスを見つめたまま、何も言わなかった。けれど、その目には大粒の涙が浮かんでいる。私は嗚咽を堪えながら、治癒魔法をかけ続けた。どうか、死なないで。生きて、帰ってきて欲しい。
ジャックスはずっとエルドさんの名前を呼んで語りかけていた。そんな彼を見てエルドさんは弱々しく微笑んだ。
「エルド! 死ぬな!」
ジャックスの声に、エルドさんは応えなかった。ただ、最後に、ゆっくりとジャックスの手を握った。




