【31】治癒、被害。
戦場は、想像以上に混沌としていた。
あちこちで魔法や銃などによる爆発音が鳴り響き、剣戟の音も聞こえる。
私たちのところにも、敵襲があった。けれど、リセリーさんと魔法騎士団の人たちが張った結界のおかげで、怪我人は出ずに済んでいる。軍事騎士団の人たちが最前線に出ているから、こちらに流れてくるのも軍事騎士団の人たちが多い。私はリリーに魔力を流しながら、たくさんの人に治癒魔法をかける。
「思ってたより、多い……。でも、ソフィ、ここで治癒魔法するのでいいの? 前線で怪我して、ここまでたどり着くまでに他の人に攻撃されたら……」
「いや、ここで問題ありません。前線にはリルヴェートたち治癒魔法を使える一部の魔法騎士団がいますので。重症の方はこちらに流れてきますが、私も令嬢も魔法研究所の方たちも、治癒魔法を全般使えるのである程度治せます」
なので途中で倒れても、誰かが連れてこれると思います、とリセリーさんが言った。確かに、今のところ誰も死んでいない。重傷者は何人かいたけど、全員その場ですぐに治療できたし、軽傷者ならほとんど私が治癒した。
そうこうしているうちに、怪我人はたくさんこちらへ来る。そして、敵もどんどん攻め込んでくる。
しばらくすると、リリーの回復力が少なくなってきた。さすがに、ずっと広範囲に治癒魔法をかけ続けると疲れる。
リリーに大丈夫? と言うように視線を向けると、彼女はこくりと小さくうなずいて、再び魔法を使い始めた。
「さすがに多いわ。対策してこれなら、何もしてなかったらこの国滅んでたんじゃない?」
「もう、リリー、縁起のないこと言わないでよ。滅ばないようにソフィたちが頑張ってるんだから」
確かに、リリーの言う通り流れてくる人の数が多い。さすが魔法大国のテルニージだ。
「くっ……まずいです、ここの結界が二つ破られました。私は一旦結界の補強に回ります。令嬢と研究所の方で怪我人の治療をお願いします」
リセリーさんが険しい表情で言う。すると、ラルークが口を開いた。
「僕も結界を張ります。簡易的なものでしたら、十秒もあれば終わります」
「十秒で? ……でしたら、お願いします。そのあとは、治療をメインで」
ラルークは分かりました、と言って、早速詠唱を始めた。ラルークは、本当にすごい魔法使いなんだなぁ。そんなことを思いつつ、私は怪我人の治療を続ける。それからしばらくして、ラルークが戻ってきた。彼は汗一つかいておらず、涼しい顔をしている。
その後、私たちは順調に治癒魔法を使っていった。途中、何度か危ない場面もあったけれど、なんとか乗り越えることができた。
しかし、突然、今までとは比べ物にならないくらい大きな爆発音が聞こえた。何事かと思ってそちらを見ると、国境の門が壊されていた。そこからは敵の兵が雪崩のように押し寄せてきている。どうしよう、と焦っていると、馬に乗ったリルヴェートさんがこちらへ来た。
「すみません、治癒魔法を使える騎士団が足りなくて。いまさっきの爆発で、敵がかなりの数来ていてこちらで軽傷者の治療が難しいです」
「なら、私が行きましょう。あとは……」
「まっ、まって! リセリーさんが行っちゃったら、ここの指揮はどうするの? ソフィが行く。リリーに、防御魔法かけてもらったから、致死攻撃一回はたえられるよ」
私は慌ててリセリーさんを止める。
「令嬢!? ……いえ、令嬢は……治癒魔法は信頼しています。しかし、前線に出てしまうと、その分危険も高まります」
リルヴェートさんは私の方をじっと見つめて言った。けれど、私だって引き下がることはできない。リセリーさんがいないと、騎士団不在の治療となる。研究所の人たちを信用していないわけじゃないけど、兄が騎士団で前線に出ている私でさえあまり詳しい作戦を聞いていないのだから、私と研究所の人達だけで残るのは不安だ。
私が頑として譲らないのが分かったのか、リルヴェートさんがため息をつく。そして、真剣な顔つきになった。
「……分かりました、令嬢の言うことも一理あります。しかし、高位精霊と契約した令嬢を失うと助けられる命も助けられません。俺も出来るだけフォローはするけど……最低でもあと一人は、一緒に来てください」
「じゃあ、僕が行きます。治癒魔法も攻撃魔法もある程度使えますので」
ラルークが手を挙げた。リルヴェートさんはそれを見て、少し考えてから、頷いた。そして私たち三人は、急いで前線へと向かった。
・
前線に着くと、そこは地獄絵図だった。あちこちで火の手が上がり、血の海が広がっている。リルヴェートさんは急いで怪我人の治療をしながら攻撃魔法を撃って敵を殲滅していく。
「なっ、お嬢様!?」
私に気付いたラシェルが、敵を切った後私の元へ駆け寄った。ラシェルの顔には疲労の色が見える。きっと、ずっと戦っていたのだろう。私はラシェルに治癒魔法をかけて、少しでも体力を回復させる。
「何故前線に来たのですか! ここだと、お嬢様が危険です……!」
「分かってるよ、ラシェル。でも、ソフィはリリーに防御魔法をかけてもらってるから、当面は大丈夫。危なくなったら、すぐに戻るから」
私はそう言って、怪我人のもとへ走る。敵は思ったより多かった。さすが魔法大国。治癒魔法使いも攻撃魔法使いも威力が違う。騎士団も研究所の方たちも頑張っているけれど、やはり人数が足りない。
それに、軽傷者はともかく、重傷者の方は魔力切れでもう治せない状態になっている。私は、必死にリリーに魔力を流す。まだ、幸い魔力は沢山残っている。
「ご主人様、これ、アンタが持っときなさい」
リリーが首輪をしっぽで指す。どうして? と首を傾げると、リリーは続けた。
「この石、さっきの茶髪男の魔力が入ってるでしょ。アタシが持っとくより、ご主人様が持ってた方がいいわ。生身の人間はすぐ死んじゃうんだから、少しでも魔力が身体にある方がいいわ」
「そうなんだ。わかった。外すね」
私はリリーの首輪を外して、自分の腕につけた。
どれくらい時間が経っただろうか。辺りはすっかり暗くなり始めている。それでも、敵は次々とやってくる。私はふらつく足で立ち上がった。魔力がだいぶ消耗されている。
「お姫様、僕に一旦任せて、少し休んだ方がいいよ。魔力、尽きかけてきてるでしょ」
ラルークが心配そうに声をかけてくる。確かに彼の言う通り、私の魔力はかなり限界に近い。けれど、ここで私が倒れたら、騎士団の人たちが死んでしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。
そんなことを考えていた時、突然地面が揺れた。地震? と思っていると、目の前に大きな魔物が現れた。騎士団の演習などで見た魔獣よりも、遥かに大きい。これは、まずいかも……。
「あれは……! 災害級!?」
リルヴェートさんが叫ぶ。災害級? ……確か、普通の人が太刀打ちできないレベルの魔物のことか。特級より遥かに強く、現れると災害が起きた時並の被害になることからそうランク付けされた。
どうしよう。このままでは、みんな殺されてしまう。私は、リリーを見た。彼女も、私の魔力が尽きかけているせいで顔色が悪い。私がなんとかしなくちゃ……でも、どうやって?
「お嬢様、ここは危険です。一度下がってください」
ラシェルが私の肩を掴む。
「でも……みんな戦ってるのに」
「お嬢様の回復無くしてどう生き残るのですか! 」
ラシェルは強い口調で私に言った。……確かに、そうかもしれない。私は、ただ治療することしか出来ない。下手に攻撃魔法をすれば、狙われて終わりだ。私が俯いていると、前の方から声が聞こえてきた。顔を上げると、剣を持ったジャックスが雄叫びを上げながら災害級の魔物に向かっていた。
「おらあああああ! どきやがれクソ共がァァ!!」
「ジャックス団長!」
ラシェルが叫んだ。ジャックスは、大きな爪を振り下ろそうとする魔物の腕を切り落とした。そして、そのまま勢いよく飛び上がり、その首を落とした。
「はぁ、っ……オレにかかれば、こんなもん……」
「団長!」
ラシェルが魔物に飛びかかり、心臓のような場所を突き刺した。すると、魔物は黒い霧となって消えた。
「チッ……仕留められてなかったか。クソ」
ジャックスは舌打ちをして、また次の敵に向かっていった。他の騎士達も、懸命に戦っている。けれど、やはり戦力差がありすぎる。
みんな体力的にきつそうだ。特に前線にいる人たちは、もうほとんど動けない状態になっている。私は、軽傷者は一旦置いておき、すぐに処置が必要な人から手をつけていく。
遠くで銃や剣の音が聞こえる。私は、必死に魔法をかけ続けた。
すると突然、後ろから誰かに抱き上げられた。驚いて振り返ると、そこには青ざめた顔をしているラルークがいた。彼は、急いで前線から遠ざかる。
その直後横から巨大な炎の玉が飛んできて、それが、もとに私がいた所へ落ちて燃え広がった。
「へ……? な、なに?」
「お姫様の高位精霊が、向こうにバレたみたいだ……多分、こっちの魔力とポーションが切れたタイミングを見計らったんだと思う」
急いで最初にいた所へ戻ろう、と言うラルークの言葉を聞いて、私は血の気が引いた。彼に抱えられたまま、走って前線を去る。その間、ラルークは前方を、私は後方をなけなしの魔力を振り絞って防御魔法で守る。その時、馬に乗った人が私たちの所へ来た。
「エルドさん! にーに!」
「令嬢、足より馬の方が早いです。乗ってください!」
「研究所の方も、僕と一緒ですが乗ってください」
私はラルークに下ろしてもらい、エルドさんの馬の背に乗る。ラルークはセドリックと一緒に馬に乗り、そのまま走り出した。
「無事でよかった。さっき炎魔法の使い手がソフィを見てたから、慌てて追ってきたんだ。あと、僕も魔力が尽きてきた」
セドリックが馬を引きながら言う。もう手持ちのポーションが無いから、最初に居た所へ戻ってリセリーさんたちに貰わないと、まずい。魔法が強い敵国相手に魔法での長期戦ははかなり不利である。私たちは無言のまま、ひたすら走った。
その時だった。パンっ、と後ろから銃声のような音が耳を掠める。私は思わず、馬にしがみついた。
「おい!」
遠くから、ジャックスが叫ぶ声が聞こえる。何が起きたのか理解したのは、エルドさんの口から吐き出された血が、私の顔に付いた時だった。
「がはっ……」
「エルドさんっ……!!」
エルドさんが握っていた手網が、ぐっと引かれ馬が急停止する。エルドさんを見ると、彼の口と胸元から血が滲んでいた。




