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【27】本日の主役?

 あれからほぼ毎日、リリーと一緒に練習を重ねた。二週間ほどでようやくコツを掴んできて、最初の方は数時間練習するとヘトヘトになっていたが、最近は一日ぶっ通しでやっても平気になってきた。もちろんまだまだだけど、最初よりはかなり上達してきたと思う。


「うーん、今日もご主人様の魔力は美味しいわね」


 相変わらず私の髪の毛をむしゃむしゃ(かじ)っているが、こんなに毎日練習に付き合わせていても、文句一つ言わない。むしろ、嬉々としてやってくれてる気がする。……やっぱりこの子、いい子だ。そんなこと考えているとコンコンと部屋の扉がノックされる。


「お嬢様、アルファード卿です」


「ありがとう、ルー、通して」


 私が返事をすると、すぐにドアが開かれて、エルドさんが入ってきた。その後ろにはセドリックもいる。


「こんにちは、令嬢。少しお話したいことがございまして」


「うん、どうしたの?」


 専ら今度の戦争の事だろう。ルルリエを退室させて、エルドさんの言葉を待つ。


「丁度一週間後になりました。……ただ、聖誕祝祭ファンティスタが五日後ですので、もうそろそろ警戒を強めないといけません」


 戦争の準備期間を考えると、確かにギリギリかもしれない。私がこくりと首を縦に振ると、エルドさんは続けた。聖誕祝祭ファンティスタ後に予定されていたあの戦争企画書だったが、クロムが聖誕祝祭ファンティスタを迎える前に陛下諸共狙ってくる可能性も有り得なくはない。

 そのため、まだ予定されている日にちより早いが警戒態勢をとるらしい。


「まあ、そうだよね……そもそもあの戦争企画書だって本物かどうか分からないし、こっちに漏れた以上早める可能性もあるよね」


「ええ。令嬢は理解が早くて助かります。……それで、聖誕祝祭ファンティスタで殿下とセドリックが共に入場することはご存知でしょうか」


「うん、にーにから聞いたよ。それがどうしたの?」


 エルドさんの問い掛けに答えると、彼は眉をひそめた。そして、言いづらそうに口を開く。

 曰く、今回の戦争でセドリックが前線に出ることになったらしい。


「もし聖誕祝祭ファンティスタで何かあって、前線に出るセドリックを失ってしまうのは惜しい……何事も起こらないのが一番ですが、念には念を。襲撃された際にすぐに治癒魔法を使えるように、令嬢にも参加して欲しいのです」


 当日の令嬢の護衛は私とラシェルとで行います、とエルドさんが続ける。クロムを直接護衛するのが早いのはそうだが、どうしても当日の主役であるクロムもセドリックも、一人になる瞬間が出来てしまう。ぴったり護衛できる訳でもないから、これが妥当な案だというわけだ。


「うん、わかった」


「……本当に、巻き込んでしまって、申し訳ございません。まだ、幼いのに」


「エルドさん、あやまらないで。わた……ソフィも、出来ることなら、頑張りたいし、リリーもいるから、大丈夫」


 そう言って微笑むと、エルドさんは目を見開いて、それからぎゅっと目を瞑った。そして、深く頭を下げる。


「令嬢のことは、必ずお守りしますので」


「エルドさんも、にーにも、死なないでね」


 そう言うと、顔を上げたエルドさんは笑顔を浮かべ、約束しますと言った。



 五日後の聖誕祝祭ファンティスタ当日。私は朝早くから準備に追われていた。

 いつも着ているドレスよりも少し軽めの、動きやすい服に身を包んで、髪を結ってもらう。今日は髪飾りを付けずに、シンプルな髪型にしてもらった。化粧もほとんどせず、薄く頬紅だけ付ける。

 今日のメインは私じゃないし、これくらいがちょうどいいだろう。部屋を出ると、既に支度を終えたセドリックが待っていた。


「ソフィ、おはよう」


 黒い軍服のような衣装を着ていて、胸元には騎士団の刺繍が入っている。普段は下ろしている前髪も後ろへ撫でつけられていて、普段とはまた違った雰囲気だった。


「にーに、おはよう。今日は黒なんだね」


「うん、クロムが白だから……被らない方がいいかなって」


「そうなんだ。黒もかっこいいね」


 白と黒が並ぶと光と闇みたいでかっこいいだろうなと想像する。……べつにセドリックが闇属性ってわけじゃないけど。この男は何を着ても似合うからずるいと思う。

 そんなことを考えながら歩いているうちに馬車に到着し、乗り込む。

 今日のラシェルは普通の護衛だから、おめかしはしていない。ドレス姿見たかったが、今日は遊びに行くわけじゃないから仕方ない。


 しばらく揺られていると、会場に着いた。セドリックの姿を見た会場の人が、控え室のような場所へ案内してくれる。そこに入ると、クロムが待っていた。


「セドリック。来たか」


 白の皇族正装を着たクロムは、いつもより更に輝いているように見えた。さすが皇太子、オーラが違う。


「殿下、聖誕祝祭ファンティスタおめでとうございます」


「ああ、お前もな」


 クロムとセドリックが挨拶する。堅苦しいのは嫌いだ、とクロムはため息をついていて、セドリックは苦笑していた。


「エルドが先に来ていた。じきに戻るだろう」


 クロムがそう言った時、扉がノックされる。入れ、とクロムが言うと、エルドさんが入ってきた。彼もラシェル同様普段の騎士団の服を着ている。エルドさんは、クロムの前で膝をついた。


「ソレイユと星の輝き、希望と未来に祝福あれ」


「はは、さっきも聞いたぞ」


「……本来は、毎回挨拶するものですから」


 はあ、とクロムがため息をつく。エルドさんが真面目なのか、クロムが適当なのか……。どちらもありそうだが、そんなことより正しい皇族への挨拶を初めて聞いた。いくらクロムが堅苦しいのは嫌いって言ってたとしても、誰か教えてくれたって良かったのに。

 心の中で文句を言いつつ、エルドさんたちが椅子に座ったので私も座る。


「本日は何事もないことを祈るばかりですが、何かあった時の為、令嬢には治癒魔法を使えるようにして頂きます」


 エルドさんの言葉にクロムが眉根を寄せる。


「俺のことは自分で何とかできる。そんなことよりお嬢さんに何かあったらどうするんだ。高位精霊の治癒魔法なくして戦えんだろう」


 クロムがそう言うと、エルドさんは以前も説明した通りです、と困り顔になった。

 確かに、高位精霊の治癒魔法の使い手は少ないから、いざという時にいないのはまずい。とはいえ、クロムに何かあったら本末転倒だ。

 それに、私の役目はあくまで護衛であって、戦うことではない。リリーやラシェル、エルドさんがいるから大丈夫だと思う。


「ソフィは、ラシェルもエルドさんもいるから、大丈夫。でも、クロムは、いくらにーにが一緒とはいえ、聖誕祝祭ファンティスタ中はまともに戦える武器持たないし、危ないから……」


 私がそう言うと、クロムは少し黙った後、お嬢さんは命をかけるにはまだ幼すぎると呟いた。それは、私に言っているというよりは独り言のようだった。

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