【25】私に出来ること。
部屋に戻ると、すぐにベッドに飛び込んだ。はぁとため息をつくと、リリーが頭の上に乗っかってくる。
「なに? 怖くなった?」
「……うん、ちょっとね」
正直に言うと、リリーは呆れたように言った。私はそのまま、ごろんと寝転がる。
怖いよ。だって、私はまだ子供で、戦いなんてしたことない。前世でだって、したことないのだ。でも、それでも、誰かを助けられるなら助けたい。そう思うのは、我ながら甘い考えだと思う。
だけど、それが私の本心なのだ。目を閉じて、考える。これから起こるであろうことを。……きっと、たくさん人が死ぬ。
だったら、今の私に出来ることは何だろうか。戦争を止める? そんなことできっこない。それこそ、神様にしか出来ないことだ。なら、せめて皆が死なないようにするには、何をすればいいのだろう。
考えているうちに、だんだん眠くなってきた。そうだ、明日も早いし、もう寝よう。私はゆっくりと意識を落としていった。
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朝起きると、リリーがいつものように頭の上に乗ってきた。私はむくりと起き上がり、伸びをする。チリン、と鈴を鳴らすとメティスが来た。
「おはようございます、お嬢様。朝食にされますか」
「おはよう、メティス。着替えたらご飯にするね。この前ケニーさんに来てもらったのに途中で帰っちゃったから、今日向こうの都合さえ良ければ私が行こうかなって思って。まずはリセリーさんに会いに行こうかな」
「かしこまりました。ラシェル様にもお伝えします」
そう言ってメティスは下がった。着替えとご飯までにリリーのご飯にしなきゃね、とリリーの頭を撫でる。今日もふわふわ、毛並みよし。さて、今日も一日頑張るぞ。
少ししてメティスが戻ってきて、私は着替えとご飯を済ませる。しばらくするとラシェルが迎えに来てくれたので、二人でケニーさんに会いに行くためまずはリセリーさんのいる騎士団本部へと向かった。
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「リセリーさん、こんにちは。いま、大丈夫?」
「令嬢。ええ、大丈夫ですよ。どうされましたか?」
「えっとね、この前、ケニーさんに来てもらったんだけど、途中で終わりにしちゃったから。今日、ケニーさんが大丈夫なら、ソフィが行こうかなって」
私がそういうと、リセリーさんは少々お待ちください、といい、何やら水晶玉みたいなものを取りだした。何だろう、と思って見ていると、水晶の中から声が聞こえた。
『リセリー。どうしましたか』
「ケニー、今日は何か予定ありますか?」
『いいえ、特にありません。……公爵令嬢の精霊の授業の続きでしょうか』
「ええ、その件で、今令嬢が私の所に来ていまして。あなたさえ良ければそちらに行くと」
『なるほど……。分かりました、馬車を出しましょうか?』
どうしよう、なんか勝手に話が進んでいるけど。とりあえず、場所さえ教えてくれればこっちで行くし、私は口を挟んだ。
「あっ、ケニーさん、ソフィ、場所が分かったら行けるよ! この前は、来てくれたのに途中で終わっちゃってごめんなさい」
私が謝ると、ケニーさんは気にしないで下さいと言った後、すぐに場所を教えてくれる。どうやら、ここからそう遠くない場所にあるらしい。
場所は分かったので、私たちは早速向かうことにした。御者に行き先を伝えて、ラシェルと二人で乗る。
「なんか、ラシェルと二人なの、久しぶりだね」
「えぇ、そうですね。……護衛とはいえ、ソフィ様と二人で居られるのは嬉しいです」
嬉しそうな顔で言うので、私も思わず笑ってしまった。あ、そういえばと思い出す。昨日の会議で居た、金色のバッジ付けていたあの人は誰なのだろう。影がうんぬんってのは言ってたけど。
ラシェルなら知ってるかな、と思いねえ、と話しかける。
「あの……昨日の会議にいた、金色のバッジ付けた人って、誰? ラシェル知ってる?」
私が聞くと、ラシェルは一瞬固まったあと、口を開いた。
「……あれが私の父です」
……え。
「えぇぇぇっっっ!?」
私はびっくりして大声で叫んでしまった。慌てて口を塞ぐも遅い。だって、あんな厳つい人がお父さんとか思わないじゃん!
ラシェルは苦笑いしながら言った。
「まあ、諜報活動を主に行う情報機関……ということになっていますので。影の人間が表に立つのはあまりないんです。スパイみたいなものなので」
……なるほど。
確かにこの国の騎士団は四つに分かれていると聞いた。ひとつはリルヴェートさんが団長を務める魔法騎士団。魔法に長けていて、怪我をした団員の治療や後衛で遠距離魔法を使ったり、魔具などの武器開発など、マルチに活躍する部隊だ。
そして二つ目はリセリーさんとラシェルがいる近衛騎士隊。皇族の警備、護衛から貴族の護衛まで担当する。エルドさんの元の所属も近衛騎士団だ。
そして三つ目がジャックスが団長を務める主に国内外の戦争に駆り出される戦闘特化の騎士たちで構成された軍事騎士団。
そして最後が、影と言うわけか。スパイみたいなもの……と言うくらいだし、あまり知られていない組織なのだろうか。でも、ラシェルは前に、父は有名な騎士って言ってたし。
うんうんと考えていると、ラシェルが口を開く。
「影という組織があり、団長が父と言うことは知られていますよ」
「そうなんだ。……ってことは、スパイみたいなもの……ってのも、実際はちょっと違ってたり?」
「えぇ、あそこには、限られた騎士しか行けませんから……実情は詳しくわかりませんが、スパイなんて一言でまとめられるようなものではないですよ」
ふーむ、ますます謎めいてきた。そんな話をしているうちに目的地に着いたようだ。馬車を降りて辺りを見回すと、なかなか広い建物があった。ここがケニーさんのおうちかぁと思っていると、建物から一人の男性が出てきてこちらに向かってきた。
男性は私たちを見ると頭を下げながら挨拶をする。黒い短髪の男性は、ケニーさんの旦那さんであるそうだ。名前はジルと言い、私たちを中へと案内してくれた。……うーん、どこかで見たことあるような。
そんなふうに考えていると、中からケニーさんと一人の女の子がやってきた。その子を見て私は目を丸くする。
「あっ、ソフィ令嬢じゃない。お久しぶりね」
「さ、サレニア……! ってことは、ケニーさんって」
「ええ。ケニー・アーレントです。娘と面識があったのですね」
なんと、ケニーさんは、私の六歳のときのパーティで仲良くなれそうだと思っていた女の子……サレニアのお母さんだったらしい。というか、かなり中性的な見た目だから女の人だったってのもちょっとビックリしたけど、まさかサレニアとこんなところで再会するなんて。だからさっきのジルさん、見たことあるかもって思ったんだ。パーティには、お父さんとサレニアの二人で来ていたのだ。
「えっと、ケニーさん? ……伯爵夫人? うーん……」
「前のままで構いませんよ。……今日はせっかく来ていただいたのですし、庭で実技授業の方も行いましょう。我が家の庭は、魔法でバリケードのようなものを張っているので、精霊も魔法も使いやすいと思います」
そう言うと、私たちは建物の奥にある中庭へ通された。




