【22】入団試験。
リセリーさんを見送ったあと、セドリックを部屋まで送る。兄はずっと心配かけてごめんね、と謝っていた。
「にーにを見た時、ソフィ、すごく怖かったんだよ」
そう言って、私はセドリックに抱きつく。彼は少し戸惑ったようだったが、やがて優しく私の頭を撫でてくれた。
「……ありがとう、ソフィ。聖誕祝祭も入団試験もあるから、少し無理をしていたみたい」
「頑張って欲しいけど、無理はしないでね。入団試験は来週だけど、ファンティスタは来月でしょ? 少しお休みしたら?」
セドリックは困ったように笑って、首を横に振った。そんな彼に、私はむうと頬を膨らませる。
セドリックの気持ちは分かるけれど、やっぱり無茶はよくないと思う。しばらくすると彼は口を開いた。
「聖誕祝祭のパートナー、クロムなんだ」
「えっ、そうなの?!」
私は驚いて目をぱちくりとさせる。そりゃあ、二人とも婚約者が決まってないから(十五なのに決まってないのも珍しいが)護衛とかがパートナーになるけど、二人とも聖誕祝祭の年なのにお互いをパートナーにするなんて。私がエルドさんを選んだのと同じくらい珍しいんじゃ。
セドリックが騎士団に合格したら、クロム視点からすれば騎士団から選んだってことになるから、変ではないけど……。
「そっか……」
でも無理はしないでねと念を押す。それからセドリックの部屋につき、ベッドに誘導して眠るのを見守って部屋を出た。
「……あ」
すっかり、魔法学の実習を忘れてしまっていた。私は慌てて練習場へ向かった。
・
「ただいまより、魔法騎士団入団試験を始めます。今年度の希望者十四名、所定の位置についてください」
リルヴェートさんが声を張り上げる。私はどきどきしながら整列するセドリックを見つめていた。
あれから一週間が経ち、ついに今日、入団試験の日だ。二日ほど前にエルドさんに入団試験を見てみたいというと、許可を貰ったのでセドリックの見学をすることにしたのだ。
ちなみに、魔法騎士団は筆記試験もあるみたいで、今ここにいる十四人は筆記試験合格者らしい。
魔法騎士団の入団試験実技の部は、まず基礎体力測定から始まる。魔力量や属性を調べるのはその後。この試験では、いかに自分の身体能力を発揮できるかを見るためのものなのだとか。一人ずつ、筋力テスト、柔軟運動、持久走などを行い、最後に魔力量を測られる。魔力量測定以外は他の団と変わらない。
それらが一通り終わると、次は対魔獣戦の演習だ。リルヴェートさんが召喚した魔獣を各一体倒す。私が護衛を選びに行った時にラシェルたちがしていたようなものだ。
そして最後は対人戦。これは、魔法を使ってもいいし、剣などの武器を使用しても良い。ただし、相手を殺すことは禁止である。まあ、魔法騎士団志望者はみんな魔法の方が強いから、ほとんどが魔法戦だ。
私はドキドキしながらセドリックの姿を追う。彼の順番はすぐにやってきた。セドリックは魔法を使わないのか、剣を構えている。試験官の合図とともに試合が始まった。
セドリックは相手の魔法攻撃をさばきながら、隙をついて攻撃を加えていく。その動きはとても滑らかだった。そして剣を構えながら魔法を詠唱する。セドリックが唱えた瞬間、風の刃が相手に襲い掛かった。相手が怯んだところで一気に距離を詰め、首元に切っ先を突きつける。
一瞬の出来事に会場中が静まり返った。
前に見た彼より、ずっと動きも魔法も洗練されているように見えた。セドリックはそのまま試験官に促され、次の人と戦い始める。
その後も順調に試験は進み、とうとう最後の一人となった。セドリックは疲れを感じさせない様子で、静かに立っている。
対戦相手となる人が前に出た。セドリックと同じぐらいの背丈をした男の子で、茶色の髪をしている。彼は腰に二本の短刀を差していた。
二人は向かい合い、礼をする。そして、審判の声によって戦いは始まった。セドリックは開始と同時に走り出し、あっという間に間合いを詰めた。そのまま勢いよく剣を振り下ろす。
しかし、相手は慌てることもなくそれを受け止める。ガキンと金属音が鳴り響き、火花が散った。セドリックは一旦距離を取り、再び攻撃を仕掛けるが、それも防がれてしまう。どうも攻めきれないようだ。
セドリックは魔法を使わずに、剣術だけで相手を追い詰めようとしているようだったが、なかなかうまくいかない。彼は焦っているようで、段々と表情に余裕がなくなってきた。
私はハラハラしながら見守る。やがて、セドリックの肩が大きく上下し始めた。息が上がり始めている。
それを見た対戦相手の少年が、魔法を詠唱する。それに気付いたセドリックは防御魔法を詠唱して対抗するが、威力が強くて吹き飛ばされてしまった。
セドリックは地面に転がったがすぐに起き上がり、また向かっていく。次は、魔法と剣を両方使い始めた。魔法で風を起こし、相手を吹き飛ばす。だが、相手も負けじと土の壁を作り出してセドリックの攻撃を防いだ。
セドリックは舌打ちをして、今度は水魔法で雨を降らせ、視界を奪う。
まるで映画を見ているような状況に思わず息を飲む。じっと二人の戦いを見つめていると、後ろからトンと肩を叩かれた。
「お嬢さん。久しいな」
「クロム! 久しぶり。にーにを見に来たの?」
「あぁ。入団試験が終わったら、すぐに正式に聖誕祝祭のパートナーにするつもりでな」
そう言って笑うと、私の隣に立って試合を眺めだす。私もつられてもう一度試合に目を向けた。
セドリックは魔法と剣を使い分けて戦っているが、やはり決め手に欠けるようで苦戦していた。それに気が付いたのか、対戦相手の少年はニヤリと笑って口を開く。
すると、セドリックの周りに黒い影が現れた。それは次第に形を成していき……巨大な狼の姿になった。
セドリックはその姿を見てギョッとする。魔獣を召喚できるのは、魔法騎士団の中でも数少ない。魔獣を召喚できる者が団長になると言っても過言ではないのだ。
そんな人材が今期の訓練兵にいるなんて。セドリックは必死に魔獣に向かっていったが、魔獣のスピードについていけず、あっという間に捕まってしまった。
そして、魔獣が牙を剥くと、セドリックの首筋に噛みつこうとした。私は思わず目をぎゅっと瞑る。そして、しばらくして目を開くと、セドリックを囲んでいた魔獣は煙を立てて消えていた。
何が起きたのかとキョロキョロしていると、セドリックの周りに氷の塊が出来ていた。
「凄いな……。風と水と氷が自由に使えるか」
隣にいたクロムが感心したように呟く。セドリックは再び立ち上がり、剣を構える。そして、剣を頭上に掲げると、剣先に光が集まってきた。
そして、剣を横に薙ぐと、光の刃が飛んでいき、対戦相手の動きを封じる。そのまま剣を首の横へ突き刺し、決着となった。
「やめ! 入団希望者、全員所定の位置に戻りなさい」
リルヴェートさんの声が響く。セドリックは肩で息をしながら、最初の位置へ戻って行った。
・
試験が終わると、合格者が発表された。合格したのは、セドリックと、その対戦相手とあと二人だけだった。他の人はみんな不合格だったらしい。
しばらくして私とクロムはセドリックの元へ向かった。
「にーに! おつかれさま。すごかった!」
私が声をかけると、セドリックはこちらを向いて微笑んだ。そして、私の横に立つクロムを見て、驚いた顔をする。セドリックの反応に、クロムは嬉しそうな顔を浮かべた。
「クロム、来てたんだね」
「聖誕祝祭のパートナーになってもらおうと思ってな。正式に」
クロムの言葉を聞いて、セドリックは苦笑いした。
「何を今更。僕以外をパートナーにする気があったってこと?」
「はは、分かっててそんなことを言っているのか?」
セドリックは困ったような表情をしていたが、やがて諦めたかのようにため息をつく。それから、真剣な眼差しでセドリックは言った。
――僕は、君の騎士になるために入団したんだよ。
セドリックはそう言うと、クロムの前で片膝をついて手を差し出した。クロムはそれを見ると満足げに笑みを浮かべて、彼の手を握り返す。
「ははっ、随分と待たせてくれたものだ」
「仕方ないでしょ、飛び級できる方が珍しいんだから」
二人の会話に置いていかれた私はただぽかんと二人を見つめる。ほんと、仲良いな。
セドリックの入団試験も無事見届けられたし、私は帰ろうかなとふいとその場を立ち去ろうとすると、ビュオオと頭上に風を感じる。そして、ドンッ、と何かが落ちてきた。
「ったぁい! もう、リリー、また頭の上に落ちてくるなんて!」
私は落ちてきた白いもふもふ……もとい、精霊の白猫を抱き抱える。あの日部屋に連れて帰って私の魔力をあげたあと、綺麗なエメラルドグリーンの瞳を見て思い出し、リルヴェートさんに貰った緑の魔法石をネックレスにして付けてやった。そしてふとホワイトリリーを想像したからリリーと名付けた。
セドリックやラシェルはやっぱりリリーを目視できないみたいで、実際緑の魔法石が浮いているように見えるらしい。
リリーは私の腕をすり抜け、ガジガジと頭を齧る。そんなに私の頭に執着するなんて、と思いながら頭からおろそうとすると、クロムがくつくつと笑っていた。
「白猫の精霊に随分と好かれているな」
「クロム、見える?」
「あぁ。白くて毛並みの長い、エメラルドグリーンの瞳の猫がお嬢さんの髪の毛を食べている」
それを聞くと、リリーは私の腕を抜け出し、クロムに近寄っていった。そして、クロムの足に体を擦り付ける。クロムはしゃがみこんで、リリーの喉を撫でると、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。
その様子を見て、私はむうと頬をふくらませる。クロム相手だったらあんなに懐くなんて!
しばらくクロムに撫でられていたリリーは、ふっと飛んだ後、私の頭に戻る。お嬢さんのほうが良いみたいだ、なんてクロムは言ったが、私は少しむくれたまま、魔法の練習が一時間後にあるからリリーと共に先に帰った。




