【21】しろいもふもふ。
私の聖誕祝祭から二年が経った。この二年間は、ほんっっっとうに何も無かった。無事オブ無事である。平和が一番。
まあ、あったとすればラシェルについてのあれこれだろう。ただ、ラシェルが一人で何とかできる程度のものばかりだったので、割愛しよう。
この二年で私はメキメキと魔法を習得する。もう、毎日ひたすら練習したのだ。時々リルヴェートさんやリセリーさんが私の練習を覗きに来ていて、二人に魔法を教えて貰う。
流石魔法騎士団ツートップ。教えるのも、魔法もとにかくすごい。かなりスパルタでひいひい言わされたが、今まで平均以下の威力しか発揮できなかった全属性魔法が平均より少し上くらいまで成長したのだ。しかも、リセリーさんは魔法騎士団でも珍しく回復系魔法が全般扱えるので、そっちも習った。さすがに全般とまではいかないが、多少の傷を治すくらいの簡易的なものは習得できた。
私がせっせと魔法を教わっている間、セドリックは訓練兵として騎士団で鍛錬と魔法の練習を積み重ねていたようだ。体術の成長ももちろんだが、魔法の成長が凄まじかった。特化魔法も、父より遥かに使いこなしている。魔力量も増えてどんどん強くなっているようで、将来有望だと騎士団の人たちが口を揃えて言っていた。
そんなこんなでもうすぐ訓練兵たちの入団試験があるらしい。そこで希望する団に試験を受けに行く。合格すれば卒業後そこに配属されるし、不合格だと、また別の団に受けに行く。全て落ちたり、特に希望がなければ数が必要な軍事騎士団に配属されるらしい。
ちなみに、試験に合格して配属された場合は国への忠誠度が高いと判断され、騎士爵が与えられるそうだ。
……この世界では平民も貴族も全部ひとまとめに訓練するし騎士団、と名がついているが、優秀なものや忠誠心の高いものにのみ騎士爵が与えられるので、実際は普通の兵団である。なんか適当だなとは思うが、そもそも貴族で志願して兵団にはいる人はあまり居らず、また、この国は軍役の制度もないため騎士と兵士の概念がごっちゃになっている。まあ要するにこの国では戦ってる人はみんな騎士である。
というのは置いといて。
セドリックは案の定魔法騎士団志望で、来週にある入団試験に向けて頑張ってるみたいだし、その少しあとに聖誕祝祭があるから過密スケジュールだ。ここ数日は一度も兄と出会ってない。
当分リセリーさんやリルヴェートさんも忙しいみたいで、二人のスパルタ魔法レッスンはお休みだ。しばらく普通に魔法の練習をする。今日は風属性の中級魔法を使えるようにとの課題を出された。初級はなんとかなったのだが、中級はまだ一度も成功していない。炎や氷とか、そういうのはファンタジー的な作品でイラストや文を沢山見てきたからイメージしやすいが、風はなんとなくイメージしずらく、上手くコントロールが出来ないのだ。
私は気合いを入れてレッスン場へ向かった。
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あと少しで練習場へ着くという時、ふと中庭の方に物陰を見つけて足を止める。
何となしにそちらの方へと視線を向けると、ふわりと何かが宙を舞った。じっと目を凝らすと、それは生き物だということに気付いた。
(猫……?)
白っぽい毛並みで、頭には二つの耳。尻尾は長い。そして、こちらを見て威嚇しているのか歯を剥き出しにして低く鳴いている。しかしもふもふしていて可愛い。
「キュッ」
鳴き声?! えっ、どこから声出てんの!?︎ そう思った瞬間、その白いモフモフした生きものは突然走り出した。そしてまた宙を舞う。私は慌てて追いかけた。
「待って!」
追いついた私は咄嵯に手を伸ばして捕まえようとしたが、スルリとその手を避けてしまう。まるで私が来ることをわかっていたかのように俊敏な動きだった。
もう一度手を伸ばそうとしたその時、背後に気配を感じて振り返ると、そこにはセドリックが立っていた。私は思わず息を飲む。セドリックの顔色は真っ青だった。どう見ても具合が悪いですといった感じで、顔色が悪く、額からは汗が流れ落ちている。私はすぐに駆け寄った。
「にーに、どうしたの!?」
私が肩を支えると、セドリックは力無くその場に座り込んだ。セドリックは苦しげに眉根を寄せ、荒い呼吸を繰り返しながら、私の方を見上げる。
「ソフィ……ごめんね、なんでもないよ……」
「なっ、なんでもなくないよ! ラシェル! ルー! 誰でもいいから、はやくきて!」
私は大声で二人を呼んだ。すると、すぐさまラシェルが駆けつけてくれる。彼女にセドリックを預け、私が治癒魔法をかけようとすると、さっきの白い猫が私の頭上に落ちてきた。
「いったぁ!? なに?……さっきのねこちゃん??」
「? お嬢様……?」
私が頭を押さえてしゃがみ込むと、ラシェルは不思議そうな顔をして私を見る。
「あっ、ねこちゃん、まって!」
白い猫は私の呼びかけを無視してセドリックの肩へぴょんと乗った。
「にーに、体調わるいから、遊んじゃだめ!」
私は立ち上がって猫を捕まえようとした。が、素早い身のこなしでひらりとかわされてしまう。
「ソフィ、猫がいるの……?」
セドリックが掠れた声で問いかけてくる。ラシェルも、私を見て首を傾げていた。……もしかして、このねこ、私の幻覚??
そう思っていると、白い猫はふわりとセドリックの足元で周り、ぱあっと柔らかい光を纏う。
次の瞬間、セドリックの体が淡く発光し始め、彼の体から光の粒子のようなものが現れ始めた。
私は驚いて目を見開く。これは、もしかして……。セドリックは驚いたように自分の体を眺めていたが、やがて力が抜けたように倒れこんだ。そして、少ししてむくりと立ち上がる。
「……なんか、急に身体が楽に……」
彼はきょとんとした表情で呟いた。やっぱりそうだ。この子、回復魔法を使ったんだ。白い猫は御役御免とばかりにセドリックの元から離れる。そして、私の腕に飛びついてきてすっぽりとおさまった。
しばらく三人でぽかんとしていると、ルルリエがたまたま屋敷に用があって来ていたらしいリセリーさんを連れて走ってきた。
「お嬢様……っ、遅くなって申し訳ございません……」
「ルー、ありがとね。にーに、倒れちゃったんだけど、なんか急に良くなったみたい」
「成程……。令嬢、それは恐らく、いまあなたが抱いている猫が影響してるのだと思います」
リセリーさんが冷静な口調で言った。私はまじまじとその猫を見たが、特に変わった様子はない。普通の可愛らしいモフモフだ。……いやまあ宙を舞ってはいたけど。
きょとんと首を傾げる。
「高位精霊ですね。セドリックの体調不良を、治癒魔法で治したのでしょう」
「ソフィ、高位精霊がみえるの?」
セドリックがびっくりしたような顔をして聞いてくる。というか、ラシェルやセドリックには見えていないのか。
「よくわからないけど、いま白いねこちゃんがいるよ」
白い猫は私の腕の中で小さく欠伸をして、丸くなる。ふわふわの毛並みを整えるように撫でてやると、また猫が白く淡い光に包まれた。
「わっ」
光が消えると、私の腕に紋章のようなものが浮かび上がる。なんだこれ、とじっと見つめていると、リセリーさんが興奮気味に私を見た。
「これはこれは……。高位精霊が、自ら契約を交わすとは」
え、なにそれ。私は思わず猫をぎゅっと抱きしめる。すると、猫は眠そうな目をこちらに向けてきた。
私はその瞳を覗き込んでみる。すると、ぼんやりとだが、何かの模様のような物が見えた。その模様は、私の腕に浮かび上がったものと同じものだった。
「令嬢、精霊についてはなにも知りませんか?」
「うん」
私が素直に答えると、リセリーさんは説明を始めた。
いわく、精霊というのはこの世界に存在する不思議な生物の総称なのだとか。人間のように言葉を話し、意思疎通ができるものもいれば、動物の姿のままのものもいる。
彼らはそれぞれ、自然の力を司る存在として崇められているのだという。高位精霊ともなれば、天候を操ることもできるのだとか。
「精霊は魔力を糧にして存在します。ですから、常に魔力のある人間がそばにいる必要があるのです。恐らく、令嬢の魔力に惹かれてこちらに来たのかと」
なるほど。だからあの白い猫は私の傍に現れたのか。
「まあでも、にーにを元気にしてくれたから、なんでもいっか」
「令嬢の魔法学の授業に、私の知り合いの精霊に詳しい者を呼んできましょう。……それより、セドリック」
リセリーさんはセドリックの方へ向きなおり、真剣な顔つきになった。セドリックも真面目な表情になって背筋を伸ばす。
「は、はい」
「あなた、今日はたまたま令嬢と高位精霊がいたからいいものの……入団試験当日にここまで体調を崩していたらどうするのです。気が張ってしまうのは分かりますが、少し休みなさい」
リセリーさんの厳しい指摘に、セドリックはしゅんとする。確かに、リセリーさんの言う通り、今日の彼は危なかった。もし彼が体調が悪いままで、試験を受けていたとしたなら、きっと受かることはできなかっただろう。それに、あの場に私がいなかったら……。
すみません、と小さく呟いたセドリックの手を、ぎゅっと握る。しばらくして、リセリーさんは仕事に戻ります、と帰って行った。




