【20】ドレスとクリーム。
案内された部屋に入ると、沢山のドレスや宝石が置かれていた。一瞬固まると、後ろからクロムが声をかける。
「全てお嬢さんのために用意したものだ。好みのものが見つかれば着ていってほしい」
「……え!?」
思わず振り返ると、クロムは優しく微笑んでいた。
「気に入ったものが無ければ仕立て直させるから、遠慮なく言ってくれ」
それ、逆に気を遣うんだけど……なんて心の中でボヤキながらもとりあえずいくつか手に取って眺めてみると、どれもこれも綺麗なものばかり。宝石類に関しては街の宝石店には置いてないようなものばかりだ。金細工のアクセサリーもあれば繊細なレースのベールもある。
とりあえず一通り見てみると、ひとつのドレスに目がとまった。深い青と黒のグラデーションになったエンパイアライン風の長い裾のレースが足元まで垂れていてとても美しい。グリッターチュールがついていてキラキラして、まるで星空みたいだった。ところどころに金と銀の刺繍がされていて、シンプルだが上品に仕上がっている。
「おほしさまみたい……」
「あぁ、お嬢さんの瞳の色に合わせてみたんだ。気に入ったか?」
「うん! きらきら、かわいい!」
「他はどうだ?」
クロムにそう聞かれ、もうちょっと見てみるね、と言った。さっき見たものは、クロムが侍女に持っていかせたようだ。
もう一度他のものも確認する。淡い色のものや、濃い色のもの、花柄にフリルがたくさんついたものなど多種多様にある。どの服もセンスがよくて、いいものばかりで悩んでしまう。とりあえずドレスは置いといて、宝石の方を見よう。大きなダイヤがついたネックレスやピアスも素敵だけど、シンプルなイヤリングもいい。エメラルドグリーンとシルバーのツートンカラーのビーズが連なったブレスレットとかも可愛い。あれこれ見ていると、クロムがひとつの飾りを手に取った。
「これはどうだ?」
「あか、きれい!」
クロムの手のひらに乗っている小さなブローチを見て感嘆の声をあげる。小さいけれど存在感がある赤い石がついていた。
「ルビーだ。今日のお嬢さんの服に良く似合う」
確かに、この衣装にはぴったりかもしれない。そっと受け取り、胸につけてみる。鏡がないから自分からはどんな感じになっているのかわからないけど、きっとすごく可愛くなっているに違いない。
「ありがとう、クロム!」
そう言うと彼は満足げな顔をした。
「お礼を言うならセドリックにも言ってやってくれ」
「うん、にーにも、ありがと!」
にぱっと笑うと、二人とも笑ってくれた。
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その後さっきの部屋にあった軽めのドレスに着替えて二人と合流する。白っぽいエクリュのワンピースで、腰の辺りに大きなリボンがついている。清楚な感じで可愛い。あれよこれよと二人にもてなされ、あっという間に時間は過ぎていった。
「すまないな、パーティとは言ったが、結局食事会みたいになってしまった」
「ううん、ソフィ、たのしかった! ドレスもブローチも、ありがと」
そう伝えると二人は嬉しそうな顔を見せてくれた。それからしばらく歓談した後解散ということになり、馬車に乗ろうとすると声をかけられる。
「ちょっと待て」
振り返るとそこにはクロム──ではなく、ベルク陛下が立っていた。そういえばクロムが、父上が会いたがっていたとか言ってたなとか思い出す。ああもう、なんで忘れちゃってたんだろう。慌てて馬車から離れてぺこりと挨拶する。
「えと、えーっと、お久しぶりです……?」
「……口だけでなく身体もクリームになったか」
私のワンピースを見て陛下はそう呟く。もう、クリームのことは忘れてよ!
ケーキは食べたか? と聞かれて、こくこくと頷いた。どのケーキも美味しくて、食べる度に美味しいと言っていた気がする。
「……ならいい。またな」
それだけ告げると立ち去ってしまった。クロムの言っていた通り、本当にただ会いたかっただけらしい。たったの数分で終わった。
馬車に乗り、セドリックと共に家へ帰る。帰り際にクロムに手を振ると振り返してくれたのでなんだかくすぐったい気分だった。
この先は当分予定やイベントはない。気を引き締めてしばらく、魔法と勉強を頑張ろうと心の中で決意を固めるのだった。
***
夜、皇宮にて。
来客を見送った皇太子……クロムは、父上、と小さく呟いた。するとその言葉に応えるように黒い影が現れる。
そこに現れたのはクロムの父であるベルク皇帝だ。彼はなんだ、とクロムに問う。
「……未来予知、されましたか?」
クロムの言葉に一瞬驚いたような表情を見せたあと、ベルクはふっ、と笑みを浮かべる。
「どうだかな。少なくとも、セドリックは優秀な騎士になる」
そうですね、とクロムは同意した。今はまだ幼い少年ではあるが、彼ならば立派な帝国の騎士となるだろうとクロムも確信していた。それはクロムも父同様に未来予知を扱えるからでもあり、六年程セドリックと過ごしてきて彼の人となりを知っているからである。
将来有望な未来の魔法騎士団長候補、それがクロムの見解だった。
ただクロムはひとつ懸念を抱いていた。今日会ったセドリックの妹、ソフィのことである。彼女がどう成長するのか、そしてどのように育っていくのか。何度魔法を使っても、彼女に近付き、触れてみても、全く予知が出来ないのだ。
(……一体お嬢さんは、どういう存在なのだ?)
クロムはそのことばかり考えていた。今までも何度か同じようなことをしてきたが、これほどまでに自分の未来予知が働かないのは初めてのことだったからだ。
彼女は普通の子供ではない。もっと特別な何かがあるはずなのにそれを見通せないことに歯痒さを感じると同時に興味をそそられていた。
言動は歳相応だが、彼女は常に何かを考えながら行動している。そのせいで未来予知が出来ないのだろうか。常に考え、その度に未来が変わっているのだろうか。クロムには分からない。あくまで仮定に過ぎない。ただ、時々一人称が私になるのが、妙に彼の頭に引っかかっていた。
「……ソフィ嬢について、なにか見えましたか」
クロムは父ベルクに問う。しかし返ってきたのはあまり芳しくないものだった。
「何も見えん。こんなことは初めてだ」
ベルクにも分からないことがあるのかと思うと、クロムは少し不思議な気持ちがした。しばらく無言が続いたあと、ベルクはぼそりと呟く。
「……あいつはスピカに似ている。あいつを気にかけてしまうのは、きっとそのせいだ」
ベルクはじっと空を見つめていた。クロムははぁ、と心の中で小さくため息を漏らす。
「……あまりそういうことを口に出すと、母上が気に病みますよ。どこで聞いているか、分かりませんから」
「分かっている。……ただ、ロレティもスピカも、俺にとってはどちらも愛している人に変わりはない」
ベルクの言葉に、クロムは何も答えなかった。




