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【19】小規模パーティ(仮)?

 翌日目が覚めると昨日の熱は嘘のように引いていた。念のため一日安静にしていろと言われ、大人しくベッドの上で本を読む。最近勉強が疎かになっていたから、ちょうど良かった。明日にまた前回の続きからやるし、復習ついでに覚え直すことにしよう。


 ……うん、大丈夫。全部思い出せる。勉強も、私も、現代も。

 今更だけど、あの世界の常識とか知識が無くても何とかやっていけそうな気さえしてきた。まあ何事もやってみないとわからないけど、忘れて直感通り消えてしまったら困るので、やめておこう。それにしても、何か忘れているような……うーん、なんだっけなぁ。

 コンコンとドアが鳴る音が響く。ルルリエが扉を開けると、そこには予想していなかった人物が立っていた。


「クロム!?」


「あぁ、お嬢さん。セドリックから寝込んだと聞いてな。だいぶ良くなってそうだな」


 花を持ってきた、と彼は持っていた小さなブーケを差し出す。淡い色をした花束を受け取って、ありがとうとお礼を言いルルリエへ渡し、花瓶に挿してもらうことにした。


「この前言っていたパーティを、来週にしようと思っているんだが……お嬢さんは、誰か招待したい人はいるか?」


「うーん、ソフィ、知ってる人、あんまりいないの。サレニアとヨルクと、あとラルークくらいだけど、まだすっごく仲がいいって程じゃないし……」


 はてさてどうしたものか。うんうんと悩んでいると、クロムが妙な顔で私を見ていた。


「お嬢さん、ラルークはどこで知り合ったんだ?」


「うん? ラルークとは、クロムと初めて会った時のパーティで、外に出てた時にたまたま会ったんだよ。それがどうしたの?」


「聞いたことのある名前だったから、驚いただけだ。変なことを聞いたな」


 ちなみにそいつは金か銀髪の男だったか? と聞かれて、首を横に振る。するとクロムは人違いのようだ、と呟いた。


(なんだろう?)


 少し引っかかりながらも、深くは追及せずに話は終わった。彼と話していると時々こういうことがある。でも別に不快というわけでもないしまあいいかと思い直した。

 その後クロムは用事があると言って帰って行った。彼が出て行ってから、ふぅっと息をつく。

 今日はとても調子が良いみたいだ。これなら明日にはもうすっかり元気になっているかもしれない! その日は久方ぶりにぐっすり眠ることが出来た。夢を見ることもなく、朝まで一度も起きることは無かった。そして翌朝は宣言通りすっかり良くなって、しばらく動けなかった分庭で思いっきり動き回った。



 そうしてやってきた一週間後のパーティー当日。私は準備に追われていた。今回のドレスは、赤に近いピンクを基調としたAラインタイプ。髪は緩く巻いてハーフアップにし、薔薇の花をモチーフにしたネックレスを付ける。靴はスエード調の小さなバックストラップが付いたパンプスだ。聖誕祝祭(ファンティスタ)の時程じゃないけど、これもなかなか大人っぽく見える。実は、聖誕祝祭(ファンティスタ)の後に父に貰ったのだ。

 今日はセドリックが迎えに来てくれるみたいなので部屋の中をうろうろしながら待つ。少しするとコンコンと扉が叩かれ、メティスが扉を開けた。


「いらっしゃいま……せ!?」


 屋敷の入り口に着くと、セドリックはまだ来ておらず、代わりにクロムがいた。


「はは、お嬢さん、驚いたか?」


「う、うん、にーにが来るって聞いてたから、ちょっとビックリしちゃった」


 目の前のクロムは、聖誕祝祭の時に着ていたみたいな正装の白いコートではなく、黒のシンプルなスーツ姿。黒いジャケットには銀の刺繍が施されており、シンプルながら上品さが漂っている。


「セドリックは先に馬車で待っている。今日は俺が、お嬢さんのエスコートをさせてもらうと思ってな」


 よろしく頼むと差し出された手を取る。手袋越しにじんわりと伝わる体温は温かくて、彼の優しさを表しているようでとても心地よかった。

 馬車に着くとセドリックが待っていた。いつもとは違う、青みを帯びたグレーのジャケットに同色のパンツスタイル。胸元には小ぶりな金色のブローチをつけている。皇太子であるクロムと並んでも見劣りしないその姿は様になっていて格好良い。思わずぽかんと見惚れてしまいそうになった。

 セドリックは私の姿を見て一瞬目を見開き、固まった後ふわっと微笑んでくれた。


「おはよう、ソフィ。最近は大人っぽいドレスが多いね。似合ってるよ」


「ありがと! にーにもクロムも、カッコいい!」


 ありがとう、と言ったあと手を差し伸べられる。セドリックの手を取って馬車に乗り込んだ。



「そういえば父上がお嬢さんに会いたがっていた。パーティをすると伝えたらパティシエにケーキを作らせていたな」


「えっ」


 馬車に揺られながら二人の会話を聞きつつ景色を見ていると、クロムがそう呟いて思わず反応してしまった。クロムの父、ベルク陛下……パーティで会った時は、ちびり散らすかと思うくらい怖かった。思い出すだけで身震いしそうになるのを堪えて苦笑いを浮かべる。

 あぁ、なんだかまた胃が痛くなりそうな気がする……。そんなことを考えつつも、三人での時間は楽しく過ぎていった。


 皇宮に着くと、クロムが大きな部屋に案内してくれた。そこは前回来た時とは違い、きらびやかなシャンデリアや豪華な絨毯が敷かれていて圧倒されるほどだった。


「すごいね……。僕たち三人だけなのに」


「えっ、そうなの?」


「お嬢さんが誰も招待しないなら、誰かを呼ぶ必要も無いだろう。お嬢さんにとって知らない人だらけになるからな。かといって三人だけだからと、手を抜くわけにもいかん」


 クロムはそう言って私たちを席へと促す。そこにはすでに料理が用意されており、どれも美味しそうだ。テーブルの上には色とりどりの綺麗なケーキや食事が、まるで宝石のように輝いている。


 給仕によってグラスへ飲み物が注がれていく。シャンパンのような色合いのそれに驚いてバレないように匂いを嗅ぐと、シャンメリーのようなマスカット系の香りだった。クロムに聞くと、こちらの世界では普通にソフトシャンパンとして売られているらしい。


 乾杯をして一口飲む。しゅわっと炭酸が広がり、甘酸っぱくて爽快感のある味が広がる。現代では大人になってからノンアルコール系はあまり飲まなかったからなんとなく懐かしい。でもシャンメリーって、あの栓を抜くのが楽しいんだよね。こうしてグラスに注がれると、普通のマスカットジュースだ。早く大人になってアルコール飲みたい。


 その後も和気あいあいとした雰囲気のまま食事が進み、フルーツの盛り合わせが出てきたころ、コンコンと扉がノックされる。


「殿下。陛下がお呼びです」


「シルテナ……緊急か? 他の人に聞かれて困る話でないなら、父上がこちらに来てくれと伝えてくれ」


「ク、クロム、私のことはいいから、行ってきて!」


 皇帝に来させるなんて! 慌てて言うとクロムは渋々了承して部屋を出て行った。セドリックと二人、顔を見合わせてふっと笑う。クロムと陛下は意外と仲が良さそうだ。


「いちご好きだね。僕のも食べる?」


 クロムが帰ってくるまでゆっくりフルーツを食べる。先にいちごをパクパクと食べていると、セドリックが自分の皿の上にあった苺を一粒フォークに刺して私に差し出してきた。

 うん、と頷き口を開ける。甘くてみずみずしいいちごは程よい酸味もあってとても美味しい。私が微笑んだのを見て、セドリックはまたひとつ私の口に運んでくれた。


「いちご美味しい」


 練乳があればいいんだけどな、と小さくつぶやくと練乳? と返される。練乳って言わないのか。牛乳と砂糖と水でできるのに、この世界にはないのかな。コンデンスミルク? シュガーミルク? と呟くとセドリックが不思議そうに見てきた。


 それからしばらくしてクロムが戻ってくると、彼はじっと私たちを見る。


「……普段は二人が仲良くしていると微笑ましいが、今日はなんだか妬けるな」


 はは、と笑っているけどその声には嫉妬が見え隠れしていた。

 セドリックとのやり取りを思い出してみるも、特に何も思い当たることはない。セドリックは誰に対しても優しい人だし、それは私に対しても同じだから特別なことは無いはずなのだが……。

 そう思うくらいセドリックと仲良しなんだな、と思いながらクロムを見ると、すぐに元の表情に戻っていた。


「クロムだったら、ソフィと結婚しても、父上も何も言わないと思うよ」


 今たくさんの申し出を片っ端から燃やしてるけど……とセドリックがつぶやく。私はギャグ漫画のように勢いよく口の中のものを出しそうになったが、どうにか堪えた。

 いやいや、そうじゃない。てか父、結婚の申し出燃やしてるの??


「俺がお嬢さんと結婚したら、セドリックは義理の兄になるのか。……悪くはないな」


 クロムの言葉を聞いて、耐えようと思ったが今度はダメだった。セドリックが背中をさすってくれる。クロム、そんなにセドリックのこと好きなの??

 まあ好きはラブじゃなくて、友愛とかそういうライクなほうだと思うけど、そんなふうに言われたら勘違いしちゃうよ! まあ、当の本人はクロムと兄弟って楽しそうだねなんて呑気に言っているが。


 そんなこんなでフルーツを食べ終える。帰るのかな、と思っていると、クロムに手を引かれて別の部屋へ案内された。

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