【2】調べます。そして家族集合。
あの衝撃の異世界転生から体感数ヶ月経った。私はある程度動けるようになり、美人な侍従たちの目を盗み、高速ハイハイを駆使してこの世界の情報収集をした。もちろん、字は読めないから身の回りの物や聞いた話に限られるが。
集めた情報を整理してみる。私の名前はソフィ・なんとかかんとかみたいだ。いまだファーストネームしか判明していない。時々侍女長みたいな人が来て、その時にソフィお嬢様……と言っていたのが聞こえたくらいで、私の家についてはあまり分からなかった。これが早く分かれば、どの小説の世界なのか分かって動きやすくなるかもしれないのに。
嘆いても仕方ないので、せっかく都合よく前世の記憶を持ったまま転生出来たから世渡り上手に生きようと決意した。ただしハーレムルートに行きそうになった時は除く。ハーレムルート、想い人横取りとかなったらとてもめんどくさい。
あと分かったことは、少し歳の離れた兄が一人いるみたいだ。名前はセドリックなんとかかんとか……。こちらもこれ以上はこれと言った情報がない。
セドリックは皇太子と仲がいいらしい。残念ながら皇太子の名前は分からない。そして、皇太子を守るために騎士団に入るとずっと言っているみたいだ。……侍女たちが「騎士団に入らずとも、他の方法で殿下をお守りすることも出来るのに……」と言っていたから、おそらく皇太子と私の家にそこまでの身分格差はない。きっと、公爵か侯爵か、悪くても伯爵くらいだろうか。
侍女たちの名前もチラホラ判明した。よく来る光の三原色美人……もとい、赤い瞳のルルリエ、緑のファム、青のメティス、それに侍女長みたいなポジションのバーベラ。
正直、この体感数ヶ月の間侍女たちとしか会っていないから、手に入った情報があまりにも偏りすぎている。主に噂話とか、兄の話とか。私の前で私の噂や話はしないから、そんなものかと早々に人物関連のこれ以上の詮索を諦めた。
世界についてはそこそこ知ることが出来た。文字を読むことは出来ないが、メティスはたくさん私に読み聞かせをしてくれて、この世界の話もしてくれた。まぁ、難しい話をされても身体が赤ちゃんなので途中で眠ってしまい最後まで聞けず……なんてことの方が多かったが。
メティスの話によるとこの世界には魔法があるらしい。と言っても全員使える訳では無いみたいだ。メティスたち侍女はみんな魔力を持たず産まれてきたから、使えないとのこと。
微力でも魔力を持って産まれると、何らかの魔法が使えるらしい。生後一年経った頃、魔力適性検査というものが受けられるみたいで、そこで魔力の有無が分かる。
私は家系みんな魔力を持って産まれているから、高確率で魔法が使えるはずとメティスが言っていた。
また、どこの国でもお馴染みの派閥問題……ここでは皇帝派と貴族派、中立の三つでわかれており、私の家は皇帝派。セドリックが皇太子と仲がいいのも納得だ。そしてなんとなーく感じ取った嫌な予感に頭痛がする。皇帝派の家系。皇太子と仲のいい兄。そしてそこそこ身分がある(と思われる)私……。このままいけば私、皇太子と結婚することになるんじゃ。
死ぬ確率の高い悪役令嬢もごめんだが、かといってヒロインになる気もさらさらない。世渡り上手に生きていきたいが、とはいえヒロインになってほかの悪役令嬢ポジの女の子に虐められるのも困ったものだ。
悪役令嬢ポジがいなくて、皇太子が普通にいい人っぽいなら全然問題ない。むしろアリだと思う。が、きっと現実はそう上手くいかないだろう。
ぼんやり整理した情報を思い返しながらベッドでごろんと寝返りをうつ。ちらとソファの方を見ると、今はルルリエが当番みたいで、私を気にかけながら、ちくちくと刺繍をしていた。
それにしても、赤ちゃんだと何もすることがない。寝るか、ご飯か、読み聞かせか、おもちゃ遊びくらいだ。正直めちゃくちゃ暇である。
早く文字を読めるようになりたいが、まだ歳相応の舌の発達のせいで、上手く意思疎通が出来ない。話せるようになったら、真っ先に文字教えてって言おう。
そんなふうに思っていると、扉がコンコンとノックされた。ルルリエは刺繍を片付け、部屋を出る。扉が閉まるとなにも聞こえなくなり、そこから数分後、がちゃりと扉が開いた。
入ってきたのはルルリエ……ではなく、見知らぬ男女。そしてその後ろを歩くルルリエ。ということは。
「ソフィ! 会いたかったよ。仕事がずっと立て込んでて今まであまり顔を見られなかったから、とっても寂しかったよ」
「私もついこの間まで体調を崩していたからなかなか会えなかったけど……。少し見ないうちに、ちょっと大きくなったわね」
私の父と母、ついに御対面である。つーか母、めちゃくちゃ美人すぎる。ブロンドヘアーに深い碧色の瞳。腰付近まである艶やかな髪はふわりと触り心地が良さそうで、思わず見惚れてしまった。そういや、私は万が一落としたりして鏡が割れると危ないからという理由で、自分の姿をまだ見たことがない。母似の金髪蒼眼なのだろうか。だとしたらちょっと嬉しい。
めちゃくちゃ美人な母と並んでさらに輝きを増す父。そしてかなりのイケメンである。銀髪で緑の瞳がキリッとしているが、心なしか私を見る目はでろんでろんな気がする。
とりあえずわざわざ私の部屋まで来ていただいたので、返事でもしておこう。腕を上げてパパ、ママと言おうとするが、そんなに都合よく話せるようにはなっていなかった。
「あぅ……ぱー、ま!」
申し訳なさからとりあえずキャッキャと笑うことしか出来ず何故か私の無力さを実感する。いや、まだ生後推定半年ほどなので、これくらいが通常なのかもしれないが。
「ふふ、パパとママですって。産まれてから殆ど眠ってる時しか顔を見られなかったから、こうしてお話してくれるのはとっても幸せね」
なるほど、会ってなかった訳では無いということか。私が寝てる時や、私がこの身体に転移する前には会っていたみたいだ。いくら忙しいとはいえちっとも会わないなんてちょっとやばい家族なんじゃ、とほんの少しだけ勘繰ってしまっていたが、心配する必要はなさそうだ。むしろ父の方は筋金入りの親バカ娘ラブという感じである。失礼だがさっきから視線と言葉のシャワーがうるさい。
「ほら、セドリック、妹のソフィだよ」
ピクリ、動いていた手が止まりかける。デカい父に隠れていて見えていなかった。ちらりと声の方に目線を向ける。
「あ……」
ひょこっと父の足元から顔を出した。兄、とても将来有望な顔面偏差値である。そして父に激似だ。
「ぼくと、おなじいろ」
「そうね、セドリックと同じ髪色ね。ふふ、私と同じ瞳の色なのに……ヴィラールの遺伝子が強すぎるんだわ」
母の一言で私の金髪説は消え去った。そして出てきたヴィラール……。父のことだろうか? 多分そうだと思うが、そんなことより銀より金のほうが遺伝子強そうなのに、子二人とも銀髪って凄いなと勝手に心の中で感心する。
「はは、顔はカティアナ譲りじゃないか」
「まだこんなに小さいんですもの。あなたに似てくるかもしれませんよ」
……おい、息子を置いてイチャイチャするな。なんて思っているとセドリックが私をじっと見る。それはもうじーーっという効果音が付きそうなほど。そんなに見られると穴あいちゃいそうなんだけど。どうしようかとセドリックの目を見るとぱぁっと笑顔になる。なんか、悪い気はしない。
「にー!」
私も笑っておくと、セドリックはまた父の足元へ隠れてしまった。