【16】ふたつの再会。
ラシェルのダンスの上手さには一緒に踊りながら感動してしまうほどだ。ヒールで少し痛む私の足を庇いながらも、ステップは正確で、それでいて、おそらく、周りから見て美しいのだと思う。
さっきまでの嫌な注目の視線と、いま浴びている視線が全然違う。特に、男性陣。曲が終わりに近づくにつれ少しずつ緊張感が増していくが、なんとか無事に終わらせた。ふっと緊張が抜けて、その場に座り込みそうになるが、ラシェルがそっと支えてくれた。
しばらくすると、また新たな音楽が始まる。休憩しよう、と思い会場の端の方へ向かう途中、数人にダンスを申し込まれたがやんわりと断った。
「ソ、ソフィ令嬢!」
私を呼ぶ声が聞こえて、くるりと振り向く。そこには、見た事のある顔があった。
「えーっと……あっ! ヨルクだ! えへへ、久しぶりだね」
私のパーティで話をして、仲良くなれそうだなと思っていたヨルクが視線の先に立っている。そういえば、ヨルクは私と同い歳だった。
「おひさしぶりです。えっと、ダンス、しませんか……?」
うーん、と悩む。少し休憩したいが、見知った相手となら緊張しないし、断るのも変な感じだ。
「うん。でも、ソフィ、ヒールで疲れちゃった。だから、ステップ間違えちゃったりするかも……」
「大丈夫! おれ、父様に運動神経いいって、言われたんだ」
だからダンスも結構出来るよ、とヨルクは言った。それを聞いて、下手に断るのもと思いヨルクの手を取った。
そして彼は曲に合わせてゆっくりリードしてくれる。確かに、すごく上手でやりやすい。その上、同い歳で背の高さも同じくらいだから、ラシェルよりも動きやすかった。
曲が終わりぺこりとお辞儀をする。
「ありがと、ヨルク。ダンス、上手なんだね」
「べっ、べ、べつに、そこまで、じゃないし……」
私が微笑みながら褒めると何故か急に否定してきた。さっきは上手いって言われたって自慢してたじゃない。
そんなふうに思っているとヨルクがふいと目線をそらす。……もしかして、好かれてる??
まさか、ね。いくらなんでもそれは自惚れすぎというものだろう。まだ会って二回目だし。それに六歳の思考はよく分からないから、単純に褒められて照れただけか。
その後も何人かの男性に誘われたが、私は足が限界だったから全て断り、ラシェルの元へ帰った。
その後はラシェルと一緒に他の貴族の方々への挨拶まわりをした。あまり話しかけてくる人はいなかったけれど、それでも大変だったことに変わりはない。ラシェルに突き刺さる目線を、真横で見る度胸がもやもやする。
「あ……」
ふと、ラシェルが動きを止める。どうしたのかな、と思って彼女を見ると、どこかをじっと見ていた。そして、くるりと身体を反転させる。ラシェルの手を握ると、少し震えていた。
「ラシェル、こわいひと、いた?」
「あっ……えっと、過去に、護衛をした方が……」
そう言われてあぁ、と納得する。そして先程ラシェルが見ていた方をちらとみる。背が低いからあまり見えなかったが、一人の男性がじっと私たちのほうを見ていた。年齢は四十代半ばくらいだろうか、顎髭があり、体格の良い男性だった。
男性はゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。その表情は笑っていたけど、目が笑ってないように見えた。
近づいてきた彼にラシェルが深く頭を下げる。震えるラシェルの手を握りながら、私も頭を下げた。
「公爵令嬢、頭を上げてください。……私はストリナ地区の領主の、カディル・アズィムと言います」
パルセナのなかにはいくつか地区がある。その中の一つ、ストリナ。父の持つマリヘルトの、皇宮と逆隣にある地区だ。
ここでは領主に爵位が与えられる。その領地の広さや功績により、高い爵位が与えられ、または皇家に何らかの利益を献上したら与えられることもあるらしい。
ある程度現代でヨーロッパ史などは勉強してきてはいたが、ここの爵位や貴族制度は少し史実と異なる。まあ、異世界ファンタジーだからそんなものか、と納得させているが。
わざわざ爵位ではなく、ストリナ領主の、と低い声で彼が名乗ってくれたので、私も名乗り返した。
「ごきげんよう、アズィム子爵。ソフィ・イリフィリスです」
彼の言葉遣いは丁寧だが、笑顔には敵意を感じる。まるで品定めされているみたいだと思った。
「公爵令嬢ともあろう方が……わざわざ女騎士を護衛につける必要はあったのですか? ……いえ、失礼致しました。そちらの護衛は特に、あまりいい噂を聞かないもので」
わざとらしくラシェルを見ながら彼は言った。悪意のある視線を向けられたラシェルはぎゅっと私の手を握ってくる。
「えぇ、アルファード卿から直々に、私が護衛を選んでいいと仰っていただいたので、近衛騎士団過去五年で成績上位者の中から選びました。父にも許可を得ています」
そう言うと、彼はぴくりと眉を動かす。これ以上何か言ってくるなら、公爵家に喧嘩売ってきたって父に言ってやろうかななんて思っていると、また懲りずに口を開いた。
「そうでしたか、ただ、護衛が貴族の娘のように着飾ってしまうと……何かあった時、困るのは令嬢では?」
……は?このおっさん何言い出してんだ? 思わず出そうになった言葉をなんとか飲み込む。せっかく我慢しているのに、そんなこと言ったら台無しになってしまう。
さっきから他人の粗探しに必死なようだ。早くどっか行ってくれないかな、と思っていると後ろからエルドさんが歩いてきた。エスコートの時には外していた剣を腰にさしている。
「本日の令嬢の護衛はラシェルだけでなく、私もですので」
そう告げると、何故か驚いた顔をされる。一体何を驚いているんだろうか、こんな子供二人だけで来ているわけないだろうに。しかもエルドさんにエスコートされて今日ここに来てるんだし。見てたでしょと言いたくなったのをぐっとこらえる。
「令嬢。殿下が令嬢の聖誕祝祭のお祝いにと、こちらへお越しになっていますよ。行きましょう」
エルドさんにそう言われ私はラシェルの手を引いてその場を離れようとする。ちらと子爵を見ると、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「では、私はここで。失礼します、アズィム子爵」
にこりと微笑んでみせて、私はラシェルを連れて歩き出す。そして少しもしないうちに、お嬢さん、と声をかけられる。どうやらクロムがこちらに来てくれていたみたいだ。
「お嬢さん、久しいな。元気だったか?」
「クロム! 久しぶり、元気だったよ!」
私はぶんぶんと手を振る。私のパーティに来ていなかった人達は、私をじっと見た。……まぁ、皇太子殿下ともあろう人に、タメ口で喋るのは、普通びっくりするよね。
「来週にお嬢さんの聖誕祝祭を記念してセドリックと俺とでパーティを開こうと思ってな。少人数でやるつもりなのだが、来てくれるか?」
その言葉にぱぁ、と心が明るくなる。あのパーティ以来、クロムとは会ってなかったし、素直に嬉しい。
私はうん、と大きく頷いた。ちらりと周りを見ると、何を思ったのか、皆サッと目を逸らした。




