【14】秘密の場所と聖誕祝祭。
馬車をおりるとまた街だった。ラシェルにどこへ行くの? と聞いてみると、少し行きたいところがあって、と言うだけだった。私も特に行きたい場所がある訳では無いから、それ以上聞くことはしなかったのだけれど。しばらく歩くことになって、さすがの私も疲れてきたなと思い始めた頃、やっと着いたようで、ラシェルは立ち止まった。
そこには教会があった。小さなその教会は質素だけれどもどこか厳かな雰囲気がある。よく分からないけど神聖という感じだろうか。私たち以外に人はいないようだった。
不思議に思いつつも中に入ると、ステンドグラスからの光が色とりどりに降り注いでいる。まるで天国のような光景に思わず息を飲んだ。
「ここは、私の秘密基地のような場所です。昔は神父やシスターがいたのですが、数年前に隣街の大きな教会にみんな移動しました」
「その割には、綺麗なままだね」
「時々来て、掃除をしています。ここに来ると、何故か落ち着くんです」
そう言って微笑む彼女は本当に幸せそうだ。
この教会の一番奥にある扉を開けると庭園に出ることができるみたいで、ラシェルは私の手を引きながらそこまで歩いていく。
そこは、一面花畑だった。様々な種類の白い薔薇の花々が咲き誇っていて、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。廃教会になっているのに、ここだけ別世界のように幻想的だった。
「わぁ……!」
こんな素敵なところがあったなんて知らなかった。私は興奮して辺りを見渡す。
「すごい綺麗!」
庭園のように綺麗に整備された花の道も綺麗だが、人の手があまり加わってないのか、ただひたすらに咲く花もとても美しいものだった。
私が感嘆の声をあげると、ラシェルはとても嬉しそうにして微笑んでいた。いつも大人びた笑顔しか見せなかった彼女が年相応の顔をしていた気がする。なんだか新鮮だ。
「喜んで頂けて嬉しいです」
ラシェルの言葉を聞きつつ歩いているうちに、いつの間にか庭園の中央まで来ていたみたいだ。中央には大きな木があり、その下にベンチが置かれている。私たちは自然とそのベンチへ近付いていった。
「ここは、誰にも教えていないんです。私とお嬢様だけの秘密の場所です。いつか壊されてしまうかもしれませんが、その時まで二人の秘密のままでいて欲しいです」
そう言いながらラシェルはベンチに座って空を見た。それにつられて視線を上げると、青空が広がっていた。風に乗って鳥たちのさえずりが聞こえてくる。その心地良い音を聞いているだけで心が落ちつくような感覚になる。
「うん! また、連れてきてね」
この場所、すごく気に入った。確かに人が居なければ壊されてしまうかもしれない。でも、それまではこの景色をラシェルと二人占めしたいと思った。
しばらく二人で穏やかな時間を過ごし、そのあと馬車へ戻った。そして、そのまま家へ帰る。
今日一日でラシェルのいろんなことを知ったと思う。きっと今まで、辛い思いをしてきたのだろう。兄より歳上とはいえ、まだ十代なのだ。こちらの世界では成人でも、現代でいえばまだ高校生くらいの、大人に守られる歳の子だ。
せめて私だけでも、彼女の味方でいられるよう、努力しよう。そんなことを考えているうちに、家に着き、玄関にいた母にただいまを告げた。
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聖誕祝祭に向けて、私はダンスや礼儀作法の復習をしていた。最初のエスコートがエルドさんだから、時々エルドさんに会いに行って、一緒に歩く練習をした。私とエルドさんは身長差がかなりあるから、歩くだけでも一苦労だ。
エルドさんの仕事の邪魔にならない程度で別れを告げる。少し後ろで待っていたラシェルは、何故か少し変な表情をしていた。
「ラシェル、どうしたの?」
「いえ、なんでもないです。今日もお疲れ様です、お嬢様」
うーん、とラシェルの顔をまじまじと見る。ほんとになんでもない? と聞いても、なんでもないですと返されるだけだった。
「ほんとーーに? なんでもない? ソフィに、言えないこと?」
必殺上目遣い! というように見上げる。そして両手をぎゅっと握ってみる。するとラシェルは小さな声で呟いた。
「その……羨ましいな、と……」
「エルドさんと一緒に聖誕祝祭に行くのが?」
「いえっ、エルド総団長が、お嬢様のエスコートを出来るのが、羨ましいなと……。私を護衛にする前に決めていたことですし、私がエスコートするよりエルド総団長のほうがいいですし、でもそう思ってしまう自分が嫌というかなんというか……」
なるほど、そういうことだったのか。単純に嫉妬しているだけなのね。そんな深刻な顔されるとは思ってなかった。
「ラシェルも行くよ? エルドさんとだと、身長差がありすぎてダンス出来ないもん」
私の返事に、きょとんとした顔になる。ちょうどラシェルに話をしようと思っていたから良かったかもしれない。
「えっ、……え?」
「ちょうどエルドさんと話してたの。別に聖誕祝祭、エスコートした人とダンスしなきゃいけないルールはないでしょ? どうせみんなと踊るんだし」
そのかわりエルドさんに退場もエスコートしてもらうの、と言う。基本、聖誕祝祭では入場のエスコートと退場のエスコートは別らしい。
ラシェルは目を丸くして驚いていた。まあ言ってなかったから驚くのも仕方ないと思うけど。
「ちょうどいい機会だと思うの。ソフィ、クロムともお友達だから、ラシェルと一緒に行った方がいいかなって思ってたし」
誕生日息抜きパーティ(全然息抜きにならなかったが)のとき、私とクロム、兄が仲良くしていたのは沢山の人が見ていた。この国では基本皇帝が絶対だから、そんな皇族と仲のいい私が選んだ――と言えば、よっぽどで無ければ、何も言わないだろう。もちろん、何か言う人がいたら黙らせるだけだが。
「お嬢様……」
そう呟いたラシェルを見ると、今度は泣きそうな顔をしていた。何故。
「なっ、なんで??」
「すみません、っ、嬉しくて」
はぁ、と安堵のため息をつく。よかった。喜んでくれてるみたいだ。ここまで決めておいて、ラシェル本人が嫌だと思っていたら、意味無いし。
「ならよかった! 聖誕祝祭まであと少しだから、今日からラシェルも一緒にダンスしなきゃ」
ラシェルの手を取って歩き出す。いつものように、はい、とお辞儀をするラシェルを見て、思わず笑みがこぼれた。