【13.5】ラシェルの記憶。下
結果は一位通過だった。最後の相手は魔法も使える人だったから少し手こずったが、リセリーさんとの手合わせのおかげで勝つことが出来た。
そうして終わった初日、ここから私の周りで不穏な空気が流れ始める。
二日目、朝行くと初日の三分の二ほどしかいなかった。総団長……エルドさんの話によると、昨日に入団希望取り消しをしたらしい。
今日残ったメンバーが正式に訓練兵として迎え入れられた。そしてこれから基礎体力作りと体術の基本練習をやるみたいだ。私にとっては少し退屈な時間だったけど、基礎をやらずして成長は出来ない。他の入団希望者と同じように……いや、倍以上練習を重ねた。
ペアで手合わせをすることになり、ペアを探す。しかし、なかなかペアが決まらない。声をかけても別の人とやるから、と言われぽつりとその場に立ち尽くす。この時はまだ、あまり強い相手だと逆に練習相手にならないと思っているのかな、と考えていた。
しかし、日が経つにつれてそれは間違っていたと気付く。ある日休憩中に水を飲みに行った時、曲がり角の奥でトーナメント二位通過だった彼は確かにこう言った。
「ラシェルは親が影に所属してるから、親のゴリ押しでトーナメント一位通過したんだぜ。俺、あいつの親に手を抜けって脅されたんだ」
「あぁ、やっぱり? 女が騎士団入るなんて、有り得ねーもんな。ましてや一位通過とか」
他にもそんな会話が聞こえてくる。女の私に負けたのがそんなに悔しい? そう言って出ていこうと頭では考えているのに、その場から動けなくなる。私、そういう風に思われてたんだ。
その日から私はお父さんの贔屓で騎士団に入ったと言われないように、誰よりも強くなろうと必死に鍛錬した。休みを返上してでも、やりたいことを犠牲にしてでも、なんとしても強くなる必要があった。こうして自主練を重ねていくうちに、自分の中で自信とスキルが身についた。私は、今期の訓練兵の中で一番実力がある。女であろうと、関係ない。
そんな私の努力とは裏腹に、嫌な噂はどんどん広がっていく。手合わせ相手に賄賂を送っているとか、木刀に工作をしているとか、団長と寝たとか、私が言い返さないのをいいことに、根も葉もない嘘ばかりが飛び交う。
どうしてこんなことを言われないといけないのだろう。頑張っているだけなのに。毎日のように嫌がらせをされる。悪口、陰口を言われる。無視されることもあれば、わざと聞こえるように言うこともあった。
正直、もう辞めてしまいたいと思った。剣を振るのは楽しかったけど、こんなに追い詰められて、根も葉もない嘘をつかれて、私は一体何をしたいのだろう。
辞めよう、そう伝えよう。決心した次の日は、ちょうど訓練兵一年が経っていた。訓練兵が集められ、エルドさんとリセリーさんが前に立つ。この二人の話が終わったら、辞めよう。辞める時に言う言葉を頭の中で反芻する。
「君たちは今日で訓練兵一年が経過した。入団希望者の約半分となったが、ここまで頑張ってきたことを称揚する」
エルドさんがそう切り出す。そして、続けて口を開いた。
「訓練はあと二年ある。そこで各団の所属試験を行って、配属となる。……が、ラシェル・ミルニーモは居るか」
突然名前を呼ばれてビクりと肩を震わす。はい、と返事をすると、エルドさんの視線が私に突き刺さる。
「近衛騎士団団長リセリー・イデオットの指名により、近衛騎士団に配属とする。後で、団長室まで来るように」
予想外の言葉に頭が追いつかない。返事は、と言われて慌ててはいと返事をした。リセリーさんを見ても、表情からは何も読み取れなかった。
それからすぐに解散となり、団長室に向かう。その途中、トーナメント二位通過だった彼が私の腕を掴んだ。
「おいラシェル、お前、やっぱり団長と寝てたんだな。それか父親に頼み込んだか? じゃなきゃ一年で騎士団に入れるわけが無い。女のお前がな!」
はっ、と鼻で笑われる。私はギリっと奥歯をかみ締めた。
「殴りたいなら殴ってみろよ。すぐに規則違反で騎士団から追放だな」
「……そんなことは時間の無駄だからしないわ。どいてくれる? 総団長に呼ばれているの」
「また寝に行くのか? 総団長様にやってるみたいに、俺にもやってくれよ。だったらお前のこと認めてやるよ」
下卑た笑いを浮かべながら顔を近づけられる。周りには人が居ないとはいえ、誰が聞いているかもわからない場所でそんな適当なことを言うなんて正気じゃない。
気持ち悪い、そう思って彼の顔を押し返そうとする。すると後ろからドン、と音が聞こえた。
「ラシェル、エルドさんが呼んでいますよ。早く来なさい」
後ろにいたのはリセリーさんだった。私は結局二位の彼に何も言わないまま、その場を立ち去った。
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「ラシェル。すまないね、わざわざ来てもらって」
団長室へ行くと、椅子に座っていたエルドさんが立ち上がって私の前に来た。訓練の時に見ていた彼とは違い、物腰丁寧で柔らかい雰囲気に少し戸惑いながらも、エルドさんの言葉を待つ。
「君は既に並の騎士より実力がある。君が近衛騎士を志願していたようだったから、まだ訓練一年目だがリセリーと相談して近衛騎士に入団してもらうことにしてね」
「……そう、でしたか」
私は複雑な心境のまま、絞り出したような声を出した。正直、実力を認められて早期入団になったのは嬉しいし有難い。でも、特例が適応されてしまったら、私に渦巻く嘘と噂がさらに溢れるのではないかと、不安だった。
そんな私の心情を読み取ったかのように、エルドさんが続ける。
「君は女性だから、色々と不便もあるだろう。だが、君みたいな実力の持ち主を失ってしまうのは騎士団として痛手だ。いっそ、近衛騎士に入団して、早いうちに実績をあげてみないか?」
私はまだ若いし、女であることも加味され、早めに結果を出してほしいということだろう。そうすれば根付いた嘘の噂も払拭されるのではないかと。……もう、正直、この方法しかないと、私は決心した。辞めても、噂は残ったまま、逃げた私という事実も残してしまう。なら、噂を払拭して、あいつらを見返してやる。
わかりました、と返事をして、その次の日から近衛騎士に入団した。
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近衛騎士に入団してからも苦行のような日々が続く。嫌がらせも陰口も止まらない。むしろ酷くなる一方だ。だけど、ここで折れてしまったら意味がないと思い直す。私が頑張ればいつかみんなだってわかってくれるはずだもの。
幸いなことに、すぐに私は護衛を担当することになった。騎士団を離れると、噂も嘘も、聞かなくていいからとても気が楽だった。護衛対象も、私を信頼してくれて、優しかった。
でもそんな幸せな日々は長く続かなかった。ある日突然、対象が誘拐された。そして、誘拐犯から要求されたのは私の解雇。あぁ、こんなことまでやるんだ。そう思った。
「……私のせいで大切な息子さんを危険な目にあわせてしまいました。申し訳ございません。救出したら、すぐに護衛から外れますので」
「ああ、女に護衛を任せたのが間違いだった。ミルニーモ卿の娘だというから優しくしたのに、恩を仇で返すとは」
嘘も噂もない世界だと信じた場所は、私を見てくれていたのではなく、ただお父さんの名前を見ていたのだった。
近衛騎士に入団して五年間、護衛についてはクビにされる生活を送っていた。もう、二年目くらいから、人を信じるのはやめた。リセリーさんとエルドさんだけは、私に優しい言葉をかけ続けてくれていたが、それすらも信じられなかった。
こんなことならいっそ、軍事騎士団に入って、英雄の死を迎えた方が良かった。その方が、楽だったのに。
そんなある日、リセリーさんから呼び出された。会議室に入ると、十人ほどが集まっていた。そして十二人が集まって少しした後、リセリーさんと一人の少女が部屋に入ってくる。
「こちらにいるのは過去五年の兵団試験上位五名で、まだ護衛相手が決まっていないものです」
リセリーさんが彼女にそう言う。彼女は一人一人の顔をじっと見たあと、実際に戦ってる姿を見たい、と言った。誰一人、名前も聞かずに。
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「ラシェル、令嬢が指名したので、これから彼女の護衛をお願いします」
「……分かりました」
そして私はリセリーさんと共に彼女の元へ向かう。
「はじめまして。ラシェル・ミルニーモと申します。お嬢様に選んで頂き光栄です。精一杯お仕えさせていただきますのでよろしくお願い致します」
一気に言い切ると、彼女はこちらこそよろしくね! と微笑んだ。
期待はしない。もう、裏切られるのはこりごりだ。
……でも、ほんの少しだけ、期待したかった。
彼女が建物から去る時に、楽しみだな、と呟いた声を聞いて。誰の名前も聞かずに護衛を選んだ彼女に。私の、剣術をじっと見てくれていた彼女に。期待しても、いいだろうか。