【13.5】ラシェルの記憶。上
「はぁ? アルのガキを騎士団にだと?」
「あぁ。女だが、幼い頃から俺が指導してある。そこらの青臭いガキより強いぞ」
私はお父さんに連れられて騎士団の入団申し込み所へ来た。お父さんに言われるとおりに名前を書き込んでいると、私の後ろでお父さんとその知り合いの人が話し始めた。
「おい、ラシェル。挨拶しろ」
「はい。……ラシェル・ミルニーモです」
「……で、どこに行くんだ。親子で影には行けねぇだろ」
さっきの人は私に軽く会釈したあと、またお父さんと話し始める。
「こいつは魔法がダメだから、近衛騎士団か軍事騎士団だな」
「ふぅん……。ま、アルが言うなら……」
よく分からない会話だったけれど、とりあえず私は書き終わったから受付のお兄さんに提出することにした。……でもお兄さんの様子がおかしい。首を傾げているうちに父に引っ張られて訓練所へ向かった。
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「おい、リセリー。俺の娘と手合わせしてくれ」
「なんだいアルド……。私はついこの間近衛騎士を任されて、忙しいんだけど」
お父さんが声掛けた薄紫色の長い髪の男の人は面倒くさそうに返事をした。
「俺は魔法が使えないんだ。知ってるだろ? 魔術師相手の手合わせはまだ出来てないんだ。頼むぞ」
お父さんはリセリーと呼んだその男の人に私を放り投げた。うわ、と小さく声を漏らしながら受け身の体勢をとる。ぽす、と想像より軽い衝撃に目をぱちくりさせていると、私の下に魔法陣のようなものが浮いていた。
「まったく、実子をぶん投げるとは……。あなた、名前は?」
「ラ、ラシェル・ミルニーモ……です」
魔法解くけど降りられますか? と聞かれ、慌てて魔法陣から降りた。ありがとうございます、とお礼を言うと、どういたしましてと微笑まれた。さっきはあんなに面倒くさそうな顔をしていたのに、不思議な人だ。
「今年の入団希望者ということでいいのですか? 訓練は、あなたが想像しているよりしんどいですよ」
「……私には、お父さんしかいないから……。だからお父さんが騎士団に入れというなら、入るしかないの」
私が俯きながら答えると、そうですか、とリセリーさんは言った。
「来週、入団希望者が集められて、訓練兵として訓練が始まります。それまで、私が毎日手合わせしましょう。その間一度でも入団に迷いが出たら、すぐに辞めてください」
周りにいた人たちがざわつき始める。……分かっている、女である私が騎士団なんて、普通は有り得ないもの。けど、だからといってはじめからああいう風に言われるのは腑に落ちない。私はじっとリセリーさんを見る。分かったわ、と一言言うと、リセリーさんは魔法陣から木刀のようなものを出した。
「でしたら、始めましょう。最初は、魔法なしでやりますので」
リセリーさんがぐっと構える。ふと周りを見ると、まるで劇を見るように、サーカスか何かを見るように、人が集まっていた。
「……」
ふぅ、と息を吐く。そして木刀を構えた。
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カッ、と木がぶつかる音がして、一本の木刀が宙を舞った。ここまで約三十分。お互いに息があがって、汗が滲んでいる。
「はは……。さすがアルドの子供だ、私の負けです」
リセリーさんが手を挙げる。私は木刀を顔の横に突き刺した。
「はぁ……っ、手加減、しないでよ……」
ぜぇぜぇと荒い呼吸のまま文句を言う。いくら魔法を使ってないとはいえ、あんなに隙だらけの構えで団長になれるはずが無い。しばらくすると、周りのギャラリーが騒ぎ始めた。え、とか嘘、と言った声が聞こえる。
「ははは……。久しぶりに負けたな……。あなたは本当に、強い子だ」
リセリーさんはにこりと笑顔を見せる。そして、大きく息を吸い込んだ。
「全員今日は解散です。彼女との魔法戦に巻き込まれて死にたくなければ、今すぐこの場から去ってください」
その声を聞いたギャラリーはそそくさとこの場から立ち去る。そして数分、辺りには誰もいなくなった。
「どうして手加減したのですか」
私は素直に疑問を口にする。私を本当に辞めさせたいなら、ここで私をボロボロにすればいいのに。
私の言葉を聞いて、リセリーさんはくつくつと笑っている。そして、ゆっくりと私に近付いた。
「ここであなたが負けてしまったら、騎士団に入れなくなってしまうでしょう。……でも、最初は手加減してましたが、最後の方は本気でしたよ」
私はじっとその言葉を聞く。リセリーさんは続けた。
「最初はアルドに言われてなんとなく入ったのかと思いましたが……実際に手合わせしてみて分かりました。あなたは、自分で思っているより、楽しんでいるみたいです」
……楽しくなんか、ない。私は、ただお父さんのためにやるべきことをやるだけ。お父さんのためならどんなことだって我慢できる。私には何も出来ないから、せめてお父さんの役に立ちたい。たった一人の、家族だから。そう思って首を振ろうとしたけれど、リセリーさんは構わず続ける。
「貴族のようにドレスで着飾ってお茶会をするのも、騎士になって剣を振るのも、あなたの自由ですよ。……ですが、アルドの為に騎士団に入ると思っているのなら、止めます」
よく、考えてみてください、とリセリーさんは言った。そして、なにやら魔法を詠唱する。
「では、二回戦、始めますよ。構えてください」
そう言ってリセリーさんは魔獣のようなものを召喚する。私は静かに構えた。
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全くと言っていいほど歯が立たなかった。ついこの間近衛騎士を任されて、と最初の方に言ってたのは、近衛騎士から団長になったという訳ではなく、魔法騎士の団長から近衛騎士の団長になったということだろうか。魔法戦になった途端、一本すら剣を入れることが出来なかった。
「はぁっ……はぁ、もう一回……っ」
「今日は終わりにしましょう。初めての魔法戦ですから、かなり体力を消耗している」
リセリーさんは涼しい顔で立っている。一方私は、立つのもやっとなくらいだ。魔法使い相手って、こんなに大変なんだ。悔しい。
地面に腰をつけると、リセリーさんが手をかざして私の傷を全て癒してくれる。私はまだ立ち上がる気力がなくそのまま座っていた。
「明日も待っていますね。もしまだ入団するつもりがあるならば、また来てください」
アルドを呼んできます、とリセリーさんはその場を立ち去った。
「はぁ……」
私は重い体を起こす。なんだか、不思議な気分だった。お父さんのために、騎士団に入ると、自分に言い聞かせていた。でも、実際にリセリーさんと手合わせして、私は剣を『楽しい』と思っていることに気付いた。
今までの私は、自分の意志なんて関係なしにひたすらお父さんの為に動くだけだった。私がどうしたいとか、そんなものは考えなくて良かった。
でも、初めて自分というものを持って行動した気がした。騎士団に入るかどうか、それはこれからゆっくり考えることにしよう。今は、もう少しだけここに居たいと思った。
・
あれから毎日、リセリーさんと魔法戦の練習として手合わせをした。そして六日目、ついに明日入団希望者が集められる日だ。
対魔術師の戦闘方法もなんとなく身体で覚えた。魔法なしでだとすぐに勝てるようにもなった。魔法戦だと、勝てはしなかったが剣を当てられるようにまでなった。
お父さんとの手合わせも続けた。剣術は、やっぱりお父さんには敵わない。でも、リセリーさんとの手合わせのおかげで、少し成長したな、と言って貰えた。
「ついに明日ですね、今日は、怪我をしないように抑えめでいきましょう」
「いつも通りで構わないわ。リセリーさんと手合わせ出来るのももう今日で最後でしょう? これから貴方は私の上官になるんだから」
「ははっ、近衛騎士団に入るのですね。これから忙しくなりそうだ」
なら怪我しない程度に本気でやります、とリセリーさんは笑った。骨折以下なら治せますので、と言ったのを聞いて、私も少し表情が緩む。
木刀を構える。息を吸い込んで、じっとリセリーさんを見た。
***
「今期の入団希望者、全六十四名によるトーナメント戦を開始する!」
ついに今日、入団希望者が全員集められた。訓練が始まると思っていたら、総団長と呼ばれた男の人がトーナメント戦の開始を宣言した。リセリーさんとお父さんは、総団長の隣で私たちを見ている。
まずは左隣の人と戦うらしい。六十四人だったらちょうどシード戦なしの勝ち上がりだ。優勝するには五回戦……だろうか。負けたら待機所へ移るように、と説明がされ、そのあと数分ではじめ! と総団長の指示が出た。
「女だ、俺ってラッキーかも」
左隣にいた子がそう呟く。ちっ、と舌打ちしそうになったのを堪えて、木刀を構える。
「そうね……、すぐ終わるから、ラッキーね」
カン、と木刀を弾いた。彼の木刀を頂戴して近くにいた監視役か何かの団員に渡しに行く。
「お、おい、待てよ! 何かの間違いだろ!」
渡そうとするとさっきの彼が叫んだ。はぁ、とため息混じりに彼の木刀を投げる。
「仕方ないから、もう一回だけね」
そう言って私は構え直した。彼も渋々といった感じにもう一度木刀を構え直す。
次の瞬間には勝負がついた。彼は唖然としていたようだったが、私は何事もなかったかのようにその場を立ち去る。次は私のひとつ隣で戦って勝った子と対戦することになった。正直言って弱かった。剣の技術も、体術も、何一つ出来ていない。
そうして二回、三回、四回と私は勝ち進んで行った。