【13】護衛の憂鬱。下
「だっ、誰だお前!」
男が声を上げる。そこに立っていたのは、黒い服に身を包んだ人物だった。遠くてよく見えないが、なんとなく見覚えがあるような気がする。そう思ったのと同時に、黒い服の彼の手が淡く輝く。
それは、まるで夜空に浮かぶ星のようだった。
男は、咄嵯に腕で顔を覆ったが遅かった。次の瞬間、大きな破裂音が響き渡る。ラシェルと対峙していた男は昏倒し、黒い服の彼はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
ラシェルは警戒しながら剣を構え、私が居る箱を隠すように前に立った。
近づいてきたことではっきりと分かる。あの黒髪、燃えるような赤い瞳……。
ハッと気づく。そうだ、この人、パーティで迷った時に送ってくれた、あの人だ。ラシェルに伝えようと口を開いた瞬間、彼が先に口を開く。
「ねえきみ、星空の瞳のお姫様は一緒じゃないの?」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
「……あなたは誰ですか」
「僕はラルーク。しがない魔法使いだよ」
やっぱり、ラルークだ! 私は箱から出ようと試みるが、その前にラシェルが剣を握り直して彼に向き合う。
「僕はきみの敵じゃない。お姫様には、パーティで会ったことがあるんだ。信じてくれるかい?」
「……信じられません。助けていただいたのは感謝しますが、ここで易々とお嬢様を出す訳にはいきません」
「ま、まってラシェル!」
勢いでラルークを殺してしまいそうだったラシェルを慌てて止める。ここから動かないでくださいって言いましたよね、と言うラシェルを必死に押し留め、ラルークを見る。
「ラルーク、久しぶりだね、どうしてここが分かったの?」
「この前言ったでしょ? 近いうちに会えるって。……でも、こういう形で会うとは思ってなかったな。念の為にさっきのやつらを追いかけてきて正解だったよ」
ラルークはそう言って微笑んだ。これがあの時、彼が見た星に映し出されていたのだろうか。
「あの……お嬢様、こちらの方は……」
ラシェルはまだ疑っているらしく、油断なく彼を見ている。そんなに信用ならないかなぁ。でも確かに、あの時魔法を使っていたラルークはちょっと怖かったけど……。
「この人はね、ラルークっていうの。ソフィがパーティで迷った時に、送ってくれたんだよ」
私が答えると、そうでしたかと小さく呟き、剣を下ろした。それにしても、本当にびっくりした。まさかこんなところで再会するとは思っていなかった。
「改めて……僕はラルーク・ハルベルトです。一応、魔法研究所で勉強している身でして。怪しいものではないので」
「……信用はしてませんので。お嬢様に手出しするものなら容赦なく殺します」
「まあまあ、ラシェル、ラルークはソフィたちを助けてくれたんだしさ、あんまり怒らないで。ね?」
私の言葉に、ラシェルは不承不承ながら納得してくれた。それを見て、ラルークがホッとした表情になる。
「それにしても、こんな形で……っていうのは、どういうことなの?」
私が聞くと、ラルークは少し眉を下げて話し始めた。
「あぁ、それはね、あの時星で見たのはきみが街にいる様子で……今日実際ベンチにいたでしょ? 僕は研究所が近くにあってね、たまたま通りかかったらちょうどきみが見えたから、声をかけようと思ってたんだけど。そしたら急に爆発音みたいなのが聞こえるから」
それで駆けつけてきてくれて助けてくれたということらしい。ならラシェルと話した時に最初から説明してくれればよかったのにな、と思ったけれど、それはそれで急に星が云々とか言われたら怪しいか、と自分に納得させる。
しばらく話をしているとドタドタとまた足音が聞こえる。また追っ手か、とラシェルが剣を構えたが、現れたのは追っ手ではなくラルークの研究所の人達みたいだ。ラルークと同じような黒い服を着ていた。
「ラルーク、ここにいたのか。いくら魔法を使いこなせるとはいえ、一人で行ったら危ないだろう。まだ若いんだから無茶はするな」
「すみません、所長。……じゃあ僕はここで。また会おうね、お姫様」
「あっ、うん、またね、ラルーク」
そう言ってラルークは手を振って去っていく。その姿が見えなくなると、ラシェルは私を見たあと大きくため息をついた。
「ソフィ様が無事で良かったです。でも、世の中には変化の魔法を使える者もいるので、あまり気を許さないでください。それと……申し訳ございません。巻き込んでしまって」
「心配かけてごめんなさい。ソフィは大丈夫。それより、ラシェルは大丈夫? さっきの人達と知り合いなの?」
「……後でお話しますので、とりあえずここを出ましょう」
たしかに、さっき襲ってきた奴らはラルークの魔法で気を失ってはいるが、いつ目覚めるか分からない。私たちは急いでこの建物から立ち去った。
・
私たちは元いた場所まで戻って馬車に乗り込み、ラシェルが御者に行き先を告げた。そして、私の隣に座って、ポツリと話し始める。
「先程、父を知って私を護衛に選んだのか、と聞きましたよね」
そういえば言ってた気がする。私はコクリと頷いた。
「実は、父は有名な騎士でして。女の私が騎士団に入ったのも父の名を使って入ったとか、色々言われていまして」
私の当たって欲しくなかった予想が当たってしまった。そっか、と小さく呟く。
「父の名に泥を塗らないよう、必死に鍛錬をしました。そのおかげで私は強い自信があります。しかし父を慕う者は私を邪魔者扱いし、父を嫌う者は私を殺そうと追ってくるのです」
「どうして? ラシェルは頑張って強くなったのに、そんなふうに言われるの?」
「……父が有名な騎士なので、私を贔屓していると、思っているのでしょう。自分が父に入り込む機会が減るから、私が強くなることによく思わなかったのでしょう。父をよく思わない人たちも、父同様に強い私が騎士団にいると都合が悪いのだと思います」
「そんなのおかしいよ!」
思わず大きな声で言ってしまい、ラシェルが目を丸くした。でも、黙っていられなかった。だってそうだ。努力したのに認められないなんて、悲しすぎる。
ラシェルはギュッと拳を握って、俯いた。きっと今まで誰にも相談出来なかったんだろう。ラシェルは小さく呟いた。
「……護衛も、父と何らかの繋がりが欲しい人達ばかりでした。私を選んでいるのではなく、父の名を持つ私を選んでいました。そして、私を追う者に人質として連れ去られたりして身の危険を感じたのか、すぐに護衛をクビになる日々でした」
だから先程動くなと強く言ってしまいましたと言われ、ああなるほどと納得する。動かれたら、守れるものも守れないからか。ラシェルは膝に置いていた自分の手を見つめて、力なく笑う。
「ソフィは、何があってもラシェルの味方だから! だから、一緒にいてね。せっかくお茶会用のお揃いのドレス買ったんだもん、絶対だよ!」
私が言うと、ラシェルは驚いたように顔を上げた。
「ソフィ様……」
ラシェルが泣きそうな表情になったところで、馬車が止まった。どうやら目的地に着いたらしい。ラシェルが降りる準備を始めてしまったので何も言えないまま終わってしまったけれど……。でも、ラシェルのことを知れて良かった。
「ソフィ様、私は、何があってもソフィ様をお守りします」
そう言ったラシェルは、今までとは違ってとても明るい表情になっていた。
「うん、よろしくね!」
私はラシェルの手を取って馬車を降りた。