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【87】秘密の共有。

「…………」


 私が言い終わると、クロムは目を丸くしてから何度か瞬きをした。私がクロムだったとしても同じ反応をしただろう。急にこの世界の人間では無いとカミングアウトされて、はい分かりましたと受け入れられるとは思わない。

 しかしクロムはすぐに何かを考えるように口元に手を当てた。それからしばらくしてから、私に視線を向ける。


「……成程」


 納得したようなその言葉に、今度は私が驚いた。冗談だとか嘘をついていると思われるかもしれないと思っていた……いや、絶対そうなると考えていた。だからクロムの反応が意外で、思わずクロムを見る。


「自分で言っといてあれだけど、信じるの?」


「嘘なのか?」


「いや……本当だけど……」


 嘘みたいな話だから、と呟くと、クロムは確かになと苦笑した。


「お嬢さんは予知が効かない。父上でさえもお嬢さんの予知が出来ないから、なにか特別な事情があるのかもとは思っていた」


 クロムの言葉に再度驚いてじっと彼を見る。今日は驚かされてばかりなような気がする。予知が効かないってどういうこと? と聞くと、そのままの意味だと答えられた。


「見ようとしても見れん。全くな。……いくら俺が完璧に予知を継がなかったとはいえ、こんなことは今まで無かった。お嬢さんくらいだ」


 あれほどカミングアウトすることに緊張していたのに、クロムの言葉で肩の力が抜けた。今まで一人でずっと抱えてきたことを伝えられて肩の荷がおりたと表現した方がいいだろうか。


「まあ、そういうことだから……私は十六歳だけど、前の世界で生きていた分も含めたらクロムよりずっと長く生きてるし、いつ元の世界に戻るか分からない。……戻らないかもしれないけどね、元の世界では九割九分死んでるだろうなって事故にあったから」


 私がそう言うとクロムはまた目を大きくさせた。それからしばらく口を閉じた後、テーブルの上に置いていた私の手を取る。


「……それは、辛かっただろう。俺は……自分が不甲斐なくて仕方がない。お嬢さんは色々と考えていたのに、俺は俺の感情で、お嬢さんのことを困らせたな」


 クロムは眉を下げてから手を離して、頭を下げる。気にしないでと笑ったが、彼は複雑な表情のままだった。


「あ、でも……生まれてすぐに気付いたから、生まれ変わったのかな? あれ、そうだったら……」


 生まれ変わったのだったら元の世界のことを考えなくても良かったのではないか? など色々思考が浮かんでは消えていく。自分でもよく分からなくなってしまい首を傾げると、やっとクロムの表情が穏やかになった。


「はは……良かった、俺が好きだと思ったお嬢さんは、お嬢さんなのだな」


「どういうこと?」


「生まれてすぐということは、今のお嬢さんを作り上げたのはお嬢さん自身だろう?」


 確かにそうか、と私はクロムの言ったことに納得する。記憶が戻ったのはずっと前だから、私は私以外の何者でもないのか。

 なんだかその言葉を聞いて安心したのか、ずっとその言葉が欲しかったのか、じわっと涙が出てきた。


「泣かないでくれ」


「ごめ……、なんか、安心? しちゃって……ごめんね……」


 クロムがハンカチを出してくれ、ありがたく受け取って目元をおさえる。もう子供じゃないんだから泣くなんて恥ずかしい。

 私が泣き止むまでクロムは何も言わずに待っていてくれた。落ち着いたところで、クロムにそういえば、と質問をする。


「私、わりと人の感情には敏感な方だと思ってたんだけど……。いつから……その、好きだったの?」


 そう訊ねると、クロムはぽかんとした表情を見せたあと、ふっと吹き出した。


「お嬢さんは鈍感だな……くっ……少し待ってくれ、っ……」


「なっ、何もそこまで笑わなくたっていいじゃない」


 セドリックしか眼中に無いみたいな感じだったじゃん、と呟けば、クロムは笑いすぎて苦しそうな様子のまま謝ってきた。

 ひとしきりくつくつと笑ってから、クロムは口を開く。


「まあ、セドリックが女だったらと思うことは何度かあったが……だからセドリックしか見ていなかったという訳では無いぞ、さすがにな。きっかけは確かにセドリックだが……そうだな、いつからだろうな」


 クロムは顎に手を当てて考え始める。しばらくして、覚えてないが気付けば他の男と居て欲しくないと思った、と呟いた。逆にお嬢さんはどうなんだ、と聞かれ私もうーん、と考える。


「気付いたのはつい最近だよ、なんだか急に……好きなのかな、って、思って……。その後考えてたけど、聖誕祝祭(ファンティスタ)の時には好き……だったのかも。そう言われたら、私もいつからなのかよく分からないなぁ」


「そうか、つい最近か……。お嬢さんのさっきの話を聞いても、やはりもう少し前だったら希望があったかもと思ってしまうな」


 なかなか諦められそうにない、と言われて胸がきゅっとなる。なんでそんなこと言うのよ。本当にクロムは狡い人だと思う。


「いずれにせよ、お嬢さんは鈍感だ。誰に好かれてるのかも分からないようだからな」


「うーん……自信あったんだけどなぁ……」


 クロムの一言にがっくりとうなだれると、またクロムが笑う気配がした。


「ちなみに俺は完全に諦めたつもりはないからな。いつまで経ってもお嬢さんがあいつとくっつかないようだったら、攫ってでもお嬢さんを俺の隣に置く」


 にやりと不敵にクロムが微笑みながら言う。さっきも言ったけど、と断ろうとすれば、居なくなる前に世継ぎを作らないとならないからあまり待てないな、と真面目な顔で返された。この男はすぐそういうことを言う! そして私は悔しいがそれにどきりとしてしまうのだ。心臓に悪い。

 それきりクロムは何も言わず、そろそろ戻ろうか、と私が呟くと立ち上がり手を引かれる。


「今日のことは当分の間二人の秘密ってことで」


「あぁ、もちろん」


 二人で部屋を出る。ホールまで送ろうと言われて、私たちはそのまま一緒に歩いた。

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