【9】新イベですか?
翌日、陽の光で目が覚める。そう言えば昨日は、騎士団の見学に行ってジャックスと喧嘩(?)して、その後眠たくなってきたから帰ったんだった。
ちりん、と寝室のベルを鳴らすと、ドアがノックされる。今日の当番はファムだった。
「おはようございます、お嬢様」
「ファム、おはよう」
「本日は魔法学の講師がお休みなので、一日特に予定はありません。お出かけでもされますか?」
「んー、今日はいいや。それよりも昨日は手紙と魔法の練習で終わっちゃったから、一昨日の勉強の続きしたいなぁ」
「かしこまりました」
そんな会話をしながら着替えている間に朝食の時間となり、ルルリエが部屋に来た。
「おはようございますお嬢様。本日の朝食ですが、いつも通りにされますか? 先日夕食を食べずに眠られましたので、少し多めに取られますか?」
昨日食べてないっけ、と記憶を辿ると、ルルリエの言う通り食べずにそのまま眠ってしまっていたみたいだ。ぐう、とお腹が鳴る。
「ルーおはよう、うん、ちょっとお腹すいたかも」
私の答えを聞いたルルリエは、かしこまりましたといい部屋を出た。ちょうど着替えも終わり、食事を待っているとコンコンと自室のドアがノックされる。ルルリエが朝食を運んできたと思ったが、しばらく待っても入ってこなかったのでファムがドアへ向かった。
少しして、ファムが私の方へ来る。どうしたの? と聞けば、お客様が来ていますと答えた。
「騎士団総団長のエルド・アルファード様がお見えになっています。いかがいたしますか?」
えっ、なんでと少し考えるが、待ってもらってるのでとりあえず考えるのはやめた。
「えっと、とりあえず通して」
「かしこまりました」
そしてまた数分後、エルドさんが部屋に入った。
「おはようございます、令嬢。早朝にすみません。先日のことでお詫びしようと思いまして……いまお時間大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だけど、何かあったっけ?」
首を傾げる私に、苦笑いするエルドさん。先日ってなんかあっただろうか。そしてあ、と思い出す。ジャックスのことか。むしろ謝らないといけないのは私の方だと思うけど……。
「ジャックスのことで。あの後しっかり注意しておきましたが、令嬢に迷惑をかけてしまいました」
そう言って頭を下げる。慌てて顔を上げてもらおうとするも、全然聞いてくれないので困ってしまう。そしてそうこうしているうちにまたドアがノックされた。
「お嬢様、朝食を……アルファード卿?」
「ああ、すみません、お食事の時間だったのですね。ではまた後ほど伺います」
私はそう言って出ていこうとするエルドさんの服をぎゅっと掴む。
「ね、エルドさんもごはんたべよ! それで、食べながらおはなししよ!」
そう言うと、エルドさんは一瞬考え込んだあと、ご迷惑でなければ是非、と言った。
「迷惑なんかじゃないよ、むしろ嬉しい」
……そう、本当にむしろ有難い状況なのだ。
ちらとルルリエが運んできた料理を見る。肉・パン・デザートなどがてんこ盛りで来ていた。恐らく私がお腹すいたと言ったせいだろうが、朝からあの量はさすがに無理がある。調子に乗って取りすぎたホテルの朝食バイキングより多い量は、さすがに六歳児の胃には入らない。今度からお腹すいたは禁句にしよう。
全部食べきれないし、かといって残すのは気が引けるので、ルルリエとファムにも分けようかなとかコンマ数秒で考えていた時、エルドさんがまた後ほど伺いますと言うものだから、閃いた。また来てもらうのも申し訳ないし、ご飯残すのも勿体ないし、それならば一緒にご飯を食べよう大作戦。有難いことに承諾を得た。
「お待たせしました」
「いえ、こちらこそお邪魔させていただきありがとうございます」
ルルリエとファムがテーブルに料理を運んでくれた。その量を見て唖然とした表情をする。いや、なんかさっき見たときよりちょっと量多くない? 気のせいだったらいいけど……。
「ソフィが朝にお腹すいたって言ったから、いっぱいきちゃった。ソフィだけじゃ全部は食べられないし、エルドさんもいてくれてよかった」
エルドさんは何が好き? と聞くと、特に好き嫌いはないですと答えられた。
男の人って、何食べるんだろう。少し考えたが、分からないので諦めて自分が食べたいのを取って、あとは適当に取ってもらうことにした。
「いただきます!」
まずは喉が乾いたから紅茶を飲む。最初は食事にはお茶派だったからなかなか紅茶は合わなかったが、今ではすっかり慣れてしまった。今日のスープはとても美味しかった。野菜たっぷりだし、コンソメみたいな味だ。朝ごはんって感じがしてとても落ち着く。ほっと落ち着いていると、エルドさんが口を開いた。
「お詫びに来たのに、食事までいただいてしまってすみません」
「ううん、ソフィもどうしようかなって悩んでたから、一緒に食べてくれて嬉しい」
「それで、お詫びと言ってはなんですが……護衛騎士はまだ決まっていませんよね? 令嬢さえ良ければ、近衛騎士団の中でも優秀な者がいて、そちらを令嬢の護衛にと思いまして。もちろん、他に気になる者がいれば、そちらでも構いません」
えっ、と言ったのは私ではなく、ルルリエだった。
「ですがアルファード卿、お嬢様はもうすぐ聖誕祝祭です。本当によろしいのですか?」
「ええ、お詫びなので」
ファンティスタ? それに護衛となんの関係が? と頭上にはてなマークを浮かばせていると、ルルリエが私に説明してくれた。
なんでも、この国には六歳と十五歳になった子供を祝うイベントがあるらしく、それを聖誕祝祭(しんたんしゅくさい)と言うらしい。六歳は成長を祝い、十五歳は子供の自分との別れの準備をするという意味らしい。現代で言う七五三と成人式……的なものだろうか。十五歳は成人前だから、成人式とはすこし違う気もするが。
その聖誕祝祭では基本的に護衛もしくは許婚が既にいる人は許婚と共に出席するらしく、そのパートナーが名の知れた者であればあるほどステータスが高いとみなされるそうだ。そのため、聖誕祝祭の近くは良い護衛の奪い合いになるらしい。
特に六歳だと、そこで選んだ護衛をずっと付けることが一般的なので、余計子を持つ親達は必死で、自分の子をアピールするためにパーティーに参加したり、普段はしないような派手な格好をしたり、とにかくあっちこちで戦いが繰り広げられるそうだ。
なるほど、だから父は六歳で私のパーティを開いたのか、と納得する。と同時に、何故ルルリエがエルドさんに本当によろしいのですか? と言ったのかが分からずうんうんと考えながらサンドイッチを齧る。今日のサンドイッチは俗に言うポテサラサンドというやつだ。たっぷり挟まった野菜とポテトサラダがとても美味しい。
「うーん、ソフィ、難しいことはあんまりわかんない。護衛なんて、剣と魔法が少し使えたら誰でもいいよ」
「だっ、だめですお嬢様! 聖誕祝祭のパートナーは、その後の社交界の立ち位置を左右すると言っても過言ではありません」
それに、とルルリエが続ける。
「親が決めたパートナーより、自分で選んだパートナーのほうがその価値は高くなります。庶民の子が双方の同意で公爵家の騎士をパートナーにして、貴族同等の扱いを受けるなんて例もあるんです」
「なら、なおさらいい人は庶民の子たちや爵位が低い子に残した方がいいんじゃないの? ソフィはパパが公爵なんだから、これ以上いらないよ」
最悪庶民をパートナーにして私が爵位を剥奪されたとしても(そんなことがあるのかは分からないが)、のんびり田舎でスローライフだって構わないし、社交界の立ち位置なんて別に気にしない。どうせ特化魔法を引き継げないから公爵家には長くいないだろうし、かといってずっと公爵レベルの生活を送り続けたいとも思わない。その辺の草取って食って寝る生活でも構わないと思っている。
そう考えながら私が言うと、エルドさんはくすっと微笑んだ。
「令嬢は思慮深くて謙虚な方だ。私が令嬢くらいの歳の時は、自分のパートナー探しに必死で他の人の事なんて考える余裕も無かったくらいでした」
……うーん、よくわからないんだけど、まあいっか。正直その辺は本当にどうでもいいわけだから。でもせっかくお詫びにと来てくれたエルドさんにそんなのどうでもいいから勝手に選んでくれよと言うのも申し訳ないので、どうしようかと考える。
「うーん、ねえ、護衛とパートナーは別に出来ないの? 護衛は護衛で選ぶし、その聖誕祝祭? のパートナーは別で選ぶって感じで」
「できないことは無いですが……。実際、男性や庶民の方は別で選ぶ方が多いです。しかし女性ではなかなか居ませんね」
「できないことはないんだね! じゃあソフィ、聖誕祝祭のパートナーはエルドさんがいい! それで、護衛は普通の子にするの。だめ?」
ぱあっと表情を明るくしながら言うと、二人は目を見開いて驚いていた。そんなに変なこと言ったかな、と思っていると、エルドさんがゆっくりと口を開く。
「……私はいくら総団長とはいえ、元の家はしがない子爵家です。公爵令嬢のパートナーには相応しくないかと……。それに、歳も離れていますし」
「どうして? 騎士爵より子爵のほうが尚更いいと思うけど……」
エルドさんはパートナーいや? と聞くと、「そんなことはありません。むしろ光栄です」と言った。どうしてもだめ? とあざとかわいい作戦をはじめてみる。というか、これがダメならもう何がいいのか分からないから、適当にエルドさんのおすすめを選んで連れてきてくれという感じだ。
「……いえ、令嬢が望むなら、それで構いません」
僭越ながら、パートナーを務めさせて頂きます。とエルドさんが頭を下げてくれた。
なんか終始よく分からなかったけど、とりあえずなんとかなったみたいでよかった。
食事を終えたら近衛騎士団を見に行きましょう、とエルドさんが言ったので、私は食べかけだったものを胃に詰め込んだ。
ちなみに、エルドさんはかなり食べるみたいで、あんなにいっぱいあった料理はデザートを残し全てなくなった。