【1】上京しました。そして転生。
入社三年目、上京して一人暮らしを始めた。ずっと住んでいた実家を離れるのは少し寂しかったが、支店勤務から本社勤務になるとかいうビッグウェーブには乗らなきゃ損だ。話が出てすぐに返事をして、あれよこれよと引越しを済ませた。
鼻歌混じりで数日前借りた新居の鍵を開ける。昨日宅配便で届いた愛用の布団をワンルームのど真ん中に敷き、ゴロンと寝転がった。
会社命令(異動)の転居ということになり、休みも引越し費用も充分与えてくれた。本社で勤務するのは三日後の四月一日だ。上京初日に必要なものや仕事の引き継ぎは全部済ませてきたから、出社までは存分にだらだらゴロゴロしよう。
スマホをすいすい操作して、漫画アプリを開く。最近よく読む漫画は異世界転生系だ。なんでこんなにタイトル長いんだよとか、都合よく記憶持ったまま憑依しすぎだろとか心の中で突っ込むのは多々あるが、絵が綺麗でストーリーも王道だがそこが面白い。やっぱり西洋系や魔法系は現実を忘れられる感じがして魅力的だ。
今日は数ある中でも一軍のお気に入り作品が更新されていた。主人公がとっても可愛い・強い・賢い。どの作品も理想がたっぷり詰まっていて最高だ。
気付けば今日更新分は全て読み終わっていたみたいで、あっという間に漫画タイムが終わる。スマホの時間を見ると意外と経っていて、同時にぐう、とお腹が鳴った。
今から作るのも微妙な時間だし皿洗いも面倒だし、なにか買おうと財布とスマホを持って外に出る。確か駅と反対方向に、安いスーパーがあった。運動ついでに歩いていこうと玄関の鍵を閉めた。
・
ポケットに入れたスマホが震える。ロックを解除すると地元の友人からの電話だった。
「もしもし、どうしたの?」
『やまなしー、生きてる? 東京、どう?』
やまなし……というのは私のあだ名。『つきみさと』と言う名前を全部漢字で書くと、やまなしって読むらしいよと中学生のとき誰かが言ってから、ずっとそのあだ名で呼ばれている。
「まぁ、そんなに変わらないかなぁ。ほら、そっちも一応栄えてたじゃん。でもやっぱり、大きい建物多くてすごいなぁって思うよ」
『まーそうよねー。ライブ行く時とか東京行くけど、ちょーっと電車多いくらいでそんなに変わんないよねぇ。でもいいなー、東京暮らし! なーんか響きいいから、ちょっと憧れる』
友人は話し続ける。私は行こうと思っていたスーパーに辿り着けずイヤホンをさして地図アプリを開いた。どうやら見当違いな場所に来ていたみたいだ。
「道迷ったわ……」
『あっはは! やっぱ慣れない土地だと迷うよねー。店ついたら教えて、電話切るから』
「うん、わかった」
友人と電話しながら来た道をもどり、目的地を目指す。辺りは暗くなってきていて、電話をしないとなんだか心細かった。でも、その選択が間違えていたと数秒後、頭を駆け巡る。
ライトの光が目の前を照らし、はっと横を見ると、車があと少しの所まで来ていた。信号はどうやら赤だったみたいだ。良い子のみんなは歩きスマホはしないようにね、なんて誰に向けてる訳でもないのに心の中で思っていると、あっという間にトラックがぶつかってくる。あ、やばい、なんて思う暇もなく、ズルズルとそのまま引き摺られた。あーなんか昔、こんな曲あったなぁなんて呑気に考えていると、痛みで意識が朦朧としてくる。遠くで救急車を呼ぶ声が聞こえるが、私はそのまま瞼を閉じた。
***
目が覚めると見慣れない天井があった。あぁ、私、事故ったんだ。そう思い体を起こそうとするがなかなか起き上がれない。にしても、最近の病院ってこんなに綺麗なんだな、なんて思い手を伸ばす。そして異変に気付いた。
(……あれ、手が、むちむちしてて小さい)
誰かいますか、と声を出そうとするとあぅ、と高い声だけが零れる。え、なにこれ、と混乱していると何人かが私の元へ来た。
「あらお嬢様、お目覚めですね。ミルクかしら、オムツかしら」
めちゃくちゃ美人が私を抱き哺乳瓶を口に寄せる。え、うそ、まって、と思いながらも哺乳瓶を口に入れてミルクを飲み込む。うっわまずい、超まずい。牛乳嫌いの私は思わず顔を顰めた。
「あら……変な顔をされてるわ。ミルクじゃないなら、オムツでしょうか」
もう一人の美人が私のオムツをでろんと外そうとする。やーん恥ずかしーなんてつい心の中でノリツッコミしてしまったが、本当の本当に状況が飲み込めなかった。
よくよく美人達を見てみると、髪色は様々だが、瞳は赤やら緑やら青やら。光の三原色かよとかまた癖で突っ込んでしまったが、ここが日本では無いことは確実だ。いや、でもそうだとしたらなぜここの言語が理解できるのだろう。そしてなぜ私は赤ちゃんになっているのだろう。謎すぎる。
うんうんと悩んでいたがハッとする。そうだ、私は事故に遭って、そこで意識が途切れたんだ。ということは、まさかまさか、小説とか漫画みたいに、異世界転生してる!?
にわかに信じ難いが、そう思わないと辻褄が合わない。驚きはするが、妙に納得している自分がいた。異世界転生系の漫画や小説を読んでいて、ちょっと羨ましいななんて思っていたのもあるかもしれない。
でもまさか、こんなことになるなんて。あのくっそ長いタイトルにファンタジー、異世界転生に悪役令嬢、追放最強ハーレムワールドのあの異世界転生系小説の世界に!
ここがどの小説の世界なのかは分からないけど、絶対面倒だから悪役令嬢ルートも逆ハールートも回避せねば!
そう決意し、少しでも早くこの世界のことを知らないと、と思い辺りを見渡す。あまりよく見えなかったが、近くに本のようなものが見えた。じっと目を凝らしてそれを見る。
「これが見たいのでしょうか? お嬢様は本当にこの絵本が好きですね」
また一人の美人が私のそばへ絵本を持ってきてくれた。ナイス、青い目の美人C。
そんなこんなツッコミを入れながら美人Cが読み聞かせしようと開いた絵本を穴が飽きそうなほどじっと見る。そして衝撃(?)の事実にギャンギャン泣いてしまった。ここの世界の文字、全く読めん!
言葉は分かるのになんで? めちゃくちゃ勉強してチート学力お嬢様になって静かに田舎で暮らそうかなーとか密かに人生プラン立てようとしたばっかりなのに。
私が泣いてしまったことで緑目の美人Bがやっぱりオムツだわ、といい私のオムツをべろんと外す。あぁ、違うのお姉様方……。オムツじゃなくて、本当に人生詰みかけてるの……。
初めて連載します。
週3更新を目標に頑張っていきます。
最初の方は、おそらく説明回になると思います……。