探偵はおでん屋にいる
以前に投稿した小説の世界とリンクした話になります。
シュールと言うか「こう来たかー」みたいに感じて頂ければ幸いです。
何処かで耳にしたJ-POPの歌詞が頭に流れる。
俺はそんな貧弱ではない、風如きで俺は戸惑わない。じゃあ俺が今何に戸惑っているかって? 見れば分かるでしょうに?
警察の取り調べだ。
「テメエが犯人だってのは分かってんだよ!! 良いから吐きやがれ!!」
ドン!! と刑事が机を叩きつける音が換気せず湿った部屋に隅々に鈍く響く、響いた音は一切の抵抗を見せず時間をかけて戻ってくるのみ。
「俺はやってない。証拠もなく脅すなんて警察も職務怠慢だな、いや、捜査能力がその程度なのかな?」
俺はここ日本で私立探偵を生業とするボディーブローノ・ブチャラティ、イタリア人だ。スタイリッシュに浮気相手を調査して、時にはスマートに真犯人の尻尾を掴む。俺は世界最高の探偵として名を馳せていた。
俺がどうして警察の厄介になっているかと言えば、それは俺の恋人が殺されたからだ。俺と愛する彼女、スコティッシュ・ウノは10歳近く歳の離れた俺のアモーレだった。
俺たちは互いに愛し合いながら日本でイタリア人カップルとして同棲していた。そんな中で彼女はアパートで無惨な姿で見つかった。
そして警察はその捜査に乗り出すも、結果は乏しい。
彼らは焦っているのだろう、だからこそ被害者にとって最も身近な存在にまで捜査の網を張り巡らすのだ。そして俺に向かって無意味に罵声を浴びせてくる。
俺は犯人じゃない、それは断言しよう。だからこそ俺は毅然と振る舞って野暮な刑事に付き合っているのだから。だが不満がないわけでもない。
それは俺も彼らと同様に彼女を殺した犯人を追っているからだ。俺も時間が惜しい、早く解放されて捜査の続きがしたいと苛立ちを隠せずにいる。
だがそんな俺に刑事はまるで取って付けたような嫌味を口にしてきた。日本の警察もイタリアと同様に根っこの部分から腐っているようだ。
「アバズレ彼女は彼氏さんに隠れてコソコソと浮気してたんだろう? それに腹を立てて殺した、そうだろうがあ!!」
「俺が彼女を愛している。今でも、そしてこれからも。俺は彼女以外の女を愛することはない。事実はそれだけだ」
祖国のイタリアを離れて俺たちはずっと互いを支え合って生きてきた。
その自負はある。それ以外に縋らず己の足で真っ直ぐに人生を歩んできた、俺の彼女への想いは俺だけの事実で良い。
俺が一喝すると刑事は間抜けにもビビったようにのけ反って何も言えなくなっていた。
そして俺は不毛な時間を無駄に味わってようやく釈放された。警察署を出る時に舌打ちしながら一瞥して彼女との思い出が詰まった自宅へと歩いていくのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
彼女との思い出に触れる。
俺が自宅に帰って早々にした行動だ。そうやって俺は彼女に向けられる汚名の払拭と事実を捜査することに躍起になった。俺の最愛のアモーレは性的暴行を受けてから死んだらしい。
警察の鑑定の結果、彼女の死体からその痕跡が見つかったそうだ。俺は彼女の悔しさを一枚の報告書によって告げられた。
「クソ刑事が、アモーレをアバズレと言ってくれたな? 絶対に後悔させてやる」
俺はそう吐き捨てて彼女の持ち物を物色し始めた。と言っても俺もアモーレも持ち物は少ない、俺たちは物欲が乏しいから。だから同棲する部屋も六畳一間のワンルーム、服だって替えを含めて二着のみ。
俺もアモーレもシンプルなTシャツを好んで着用してきた。
もはやこの世にいない彼女の残り香を俺は貪るように惜しみながら他の荷物に目を向けた。差し当たって確認するものがあるとすれば……。
「スマホか……」
無論スマホは慰留品として警察に押収された、だが鑑定も済んで警察はもはや無用だと返却してきていた。俺は警察に疑われる身だぞ? そんな俺の手元にどうして慰留品などが転がり込んでくるのか。
それは俺の隣にいる人物が原因だった。
「私も一応は警察なんだけどね? 面と向かってディスらないでくれる?」
グイグイイットケー・ミスタ、俺の相棒にして警察官にも関わらず探偵の俺に堂々と依頼をしてくるアウトロー。あだ名は『お姐』、その本質はおかまちゃんだ。
「謝罪なら後でしてやるから黙ってろ」
俺はアモーレのスマホのロックを解除するとお姐の言葉を制止して捜査を開始した。アモーレも俺も時代に取り残された人間で、SMSなどのソーシャルネットワークに弱い。それ故に連絡手段と言えばフリーメールか純粋な電話のみ。
だから俺の確認はものの数分で片がついた。
俺がアモーレのスマホを確認して電源を切るとお姉は、やっとかとでも良いたげに話しかけてくる。
「どうだった? スコティッシュちゃんのスマホは?」
「良い女だ、思い知ったよ。いや、思い知らされた」
彼女のメールや電話の送受信履歴はほぼ八割が俺とのもので、残りはアモーレ自身のバイト先関係だけしか確認出来ない。俺もアモーレは清廉潔白、そんな女が浮気などする筈がないとクソ刑事に向かって心の中で「クソが」と呟く。
だが相棒はそんな暇は無いぞと、俺に向かって声をかけてくる。
それは俺も分かっている。俺以外に連絡を取る人間がいるならば、それこそ徹底的に操作しなくてはいけないのだ。俺は「よこせ」とだけ言ってお姐に手のひらを差し出すと相棒は「はいはい」と呆れるように、ダブレットを置いてくる。
お姐は俺が取り調べを受けている間にアモーレの身辺調査を進めてくれていた。その調査結果はタブレットに保存してあるのだ。俺は「こんなアナログ人間に嫌味か?」と言うと「時代に好かれないと刑事なんてやってらんないのよ」と相棒が愚痴ってくる。
まあいい。
とにかく相棒に素直に感謝しつつ俺はその調査結果に目を通していった。アモーレのバイト先はおでん屋、つい先日この店の店主が儲かるからと言って魚屋からシフトチェンジして興した店らしい。
何でもバイトリーダーがスッポンで優秀な商品開発者だとアモーレは常々言っていたな。だがそのバイトリーダーも今は長期の有給休暇中らしく、となればスッポンはアリバイありだ。
となると他から犯人を探すべきか。
「バイトはオマール海老、ムール貝それにタコ……か。店主は本マグロ……、なるほどね」
「どう、分かった?」
「俺のアモーレを妬んだゴミムシに見当が付いたよ」
「スコティッシュちゃんって日本じゃ大人気のウニだからね? 言われのない嫉妬を受けたわけか……」
「ウニは日本でも養殖が盛んだ、犯人はおそらく……」
「スコティッシュちゃんを養殖場と言う名の風俗に売り飛ばそうとした」
「それを嫌がったアモーレが暴れて抵抗したから……無理やりこのアパートで養殖を始めようとした」
俺は気が狂いそうになった。
その真実にようやく辿り着いて俺が悔しさのあまり、ギリギリと歯を食いしばると相棒はそれを一緒になって悔しがってくれる。相棒はイクラだ、ウニとは相性が良い。コイツは日頃からアモーレを実の妹の如く接してくれていた。
だからコイツも悔しいのだろう、そして俺はそんな相棒に一言だけ忠告を口にした。
「言っておくがアモーレは俺の女だぞ?」
「分かってるわよ、アンタが生クリームだってことくらいは。ウニだろうとイクラだろうと相性が抜群だってことくらいは知ってるわ。本当に罪作りな男なんだから」
おそらく犯人はタコ、コイツがアモーレを殺した真犯人だ。イタリア人はオマール海老とムール貝が大好物。日本人だってこの二人だったら如何におでんの人気者になろうとも楯突くことない。
だがそれがウニだったらどうだろうか?
ウニは寿司屋を主戦場とする、もしくは丼屋。最近はパスタなんかとも相性が良いと言って日本の飲食業界でも引っ張りダコになりつつある存在だ。
タコだけに。
だがそれはタコにとっても我慢出来なかったのだろう。タコはおでんでも二軍的存在でたこ焼きくらいしか主役を張れない。だからおでん屋で人気が赤丸急上昇していた俺のアモーレを……。
俺は真犯人に目星を付けると静かに立ち上がって着込んだスーツに拳銃のベレッタを仕舞うと、タコにケジメを付けるべくアパートのドアに手を伸ばした。すると後ろから相棒がそんな俺に心配そうな目を向けてくる。
そして一言だけ助言をくれて、俺の背中を見送ってくれた。
「良い? タコはイタリアだけじゃなくてスペインでも人気だから国外に逃げられたら追跡が困難になるわよ?」
「すまない、刑事のお前にこんな汚れた仕事を手伝って貰って」
「良いわ、気にしないで。私の想いに気付いてくれればそれで良いわ」
「俺は……アモーレしか愛せない」
そう言って俺はアパートを後にするのだった。
この後、俺はおでん屋に向かうも時既に遅し、タコは逃亡を図った後だった。そして俺は激しいカーチェイスの末に奴を横浜港まで追い詰めると、計算通りにタコを蛸壺に誘導する事ができた。
俺は悔しがるタコと豊洲市場で再会を果たして、ケジメを付けることに成功するのだった。
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