第 8話 グランツフェルト辺境伯家と絵姿釣書
改稿した第7話の後書きで予告していた新規追加分の第8話ができました。
サブタイトルを『グランツフェルト辺境伯家と皇子妃選考の絵姿釣書』として割り込み投稿します。
この第8話から第2章となります。
章タイトルは第7話で未定でしたが、『グランツフェルト辺境伯家の事情』にします。
章タイトルは変更するかもしれません。
第6話『フリードリヒと未開封の絵姿』でフリードリヒの皇子妃候補者として紛れ込んでいた婚約者が決まっているグランツフェルト辺境伯令嬢の絵姿釣書。
◆◆ 短いあらすじ ◆◆
グランツフェルト辺境伯家で婚約者のいる辺境伯令嬢を、第一皇子の皇子妃婚約者に擁立しようとしていたのはなぜか――――?
第一皇子のフリードリヒは数人の宮務官が入れ替わり立ち替わり持ち込もうとする大量の絵姿釣書に辟易し、一切を陛下に丸投げした――。
その持ち込まれた箱に偶然紛れ込んでいた、一通の絵姿釣書。
第一皇子のフリードリヒよりも一回り以上年の離れたグランツフェルト辺境伯令嬢のものだった。
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グランツフェルト辺境伯領はラゲストゥーエ帝国の南部に位置していた。
第七代皇帝ヴィルヘルム二世陛下より辺境伯の地位と領地を与えられ、貴族名鑑にその名を連ねている。
帝都の南西部に位置する貴族街。
その一角にグランツフェルト辺境伯の邸が置かれていた。
敷地を囲うように塀があり、大きな門がある。
二人の門衛が配置され、小さな建物が設けられていた。
通用路の両側には整備された庭園が広がっていく。
通用路の脇には幾つかの建物があり、奥まった場所に辺境伯の住む本邸が鎮座していた。
辺境伯邸。
玄関広間を通り、長い廊下を抜けた先に辺境伯の執務室がある。
執務机で仕事をしていた辺境伯は置いてあった振鈴用小鐘を鳴らし、家令を呼ぶ。
家令が扉を開け、入室してきた。辺境伯が待つ執務机まで歩み寄り、前に立つ。
「旦那様、お呼びでしょうか?」
「あぁ、ヴァレンティーネだ」
「ヴァレンティーネ……お嬢様ですか?」
家令は辺境伯に確認する。
辺境伯は顔を上げ、家令に声をかけた。
「そうだ。ヴァレンティーネはいるか?」
「旦那様。お嬢様は散策中ですが……」
家令が辺境伯に告げる。
「……散策?」
「はい。お嬢様は婚約者のノルデンブルク伯爵閣下がお越しになられましたので、このお時間は庭園を散策中にございますよ」
辺境伯は表玄関にノルデンフェルト辺境伯家の馬車が来ていたことを思い出す。
「あぁ……。そういえば、そうだったな」
辺境伯は話題を変える。
「そういえば、エルネスティーネはどこにいる?」
「旦那様。エルネスティーネお嬢様も付き添いの夫人を連れ、婚約者のブラウンフェルト辺境伯令息のもとにお出かけになられております」
家令はため息を吐く。
「そうか。二人とも今すぐには呼び出せないか……」
「はい」
辺境伯と家令は沈黙した。
しばらく静かに時間が過ぎていく。
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辺境伯はため息を吐き、おもむろに言葉を紡ぐ。
「そういえば、第一皇子のフリードリヒ殿下が皇子宣下を受けるそうだ」
「そういう話題が社交界を通じて聞こえてきます。上位貴族の皆さまはすでに動き出しているとのことです」
辺境伯は話を続けていく。
「他の貴族に併せて、当家でも皇子妃候補者を出そうと思って準備を行ったのだったな」
「はい、旦那様。当家で婚約者の決まっていないお嬢様のなかでフリードリヒ殿下と年齢の合うお方は三番目のヨゼフィーネ・ディートリント様、四番目のミヒャエーラ・シャルロッテ様です」
辺境伯は頷くと、家令に目を向けた。
「その二人の絵姿釣書を送ったのだったよな」
「所定の手続きに則り、当家からお二人の絵姿釣書をお送りいたしました」
辺境伯と家令は黙する。
しばらく沈黙した辺境伯はぼやく。
「どうもフリードリヒ殿下ご本人がその気になっていないようだ」
「旦那様?」
家令は辺境伯の様子に疑問を持つ。
辺境伯は思い出すように話題を切り出す。
「娘たちの絵姿釣書を一旦引き下げそうかと思うのだ」
「提出している絵姿釣書を戻して貰うのですか?」
「そうしようか……と思う」
家令は一度退出し、絵姿釣書の入った箱を持って戻ってくる。
「回収した絵姿釣書はこちらに保管いたしましょう」
「そうだな」
辺境伯は立ち上がると家令のそばまで歩み寄った。
箱を確認する。空のはずが、一組の絵姿と釣書が残されていた。
辺境伯は釣書を取り出す。おもむろに開封し、誰の者かを確認する。
釣書にはミヒャエーラ・シャルロッテと記されていた。
「宮内省に誰の絵姿釣書を持ち込んだことになる……?」
家令は辺境伯が狼狽えているのに気づく。
「旦那様。どうかなさいましたか?」
「ここにあるのは宮内省に送ったはずのミヒャエーラ・シャルロッテの物だ」
「旦那様?」
家令は狼狽している辺境伯の手から絵姿釣書に目を落とす。
家令の目にも辺境伯と同じ物が写った。
辺境伯は家令に目を向ける。
「確か、新たに描き起こしたものがあったな?」
「はい。ヴァレンティーネ様の絵姿ですね」
家令は急ぎ、婚約者に送るために取り置きしていたヴァレンティーネお嬢様の絵姿を確認しに行った。細長い箱を持ってくる。
辺境伯は箱を開けた。
「もしかしたら……、そちらを間違えて宮内省に送ってしまったのかもしれない」
辺境伯が開けた箱は空だった。
「旦那様、それは問題ではありませんか?」
「そうだな」
辺境伯は慌てるように指示を出す。
「すまぬが、急ぎ宮殿に参内する準備を頼む」
「畏まりました」
辺境伯は私室に戻ると私服から着替える。
家令は馬丁に指示を出し、馬車の準備を整えさせた。御者が馬車を玄関につける。
辺境伯は馬車に乗り込むと一路、宮殿に向け出発していった。
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庭園を散策していたヴァレンティーネとノルデンブルク伯爵は屋敷から出発してくる馬車に気づく。慌ただしく門に向かうのを見ていた。
ヴァレンティーネはじっと馬車を見る。
「あれは……お父様かしら?」
「確かに辺境伯の馬車のようだね……。なにか問題でも起きたのかな?」
「今日はお休みのはずですわ」
「急ぎの用事でもできたのかも知れないよ」
「お父様、挨拶くらいしていっても……」
ヴァレンティーネとノルデンフェルト辺境伯の令息は顔を見合わせていた。
通用路では走っていた馬車が留まった。御者が扉を開け、辺境伯が降りてくる。
二人のそばに辺境伯が走って来る。
「ヴァ、ヴァレンティーネ」
息を切らせた辺境伯が立ち止まり、声をかけた。
ヴァレンティーネは父の慌てように焦る。
「お父様。どうしたのです?」
「ヴァレンティーネ。ノルデンブルク伯爵を引き留めて置くように頼むぞ」
「お父様?」
「頼むぞ」
辺境伯は娘からノルデンブルク伯爵に目を向け、告げる。
「ノルデンブルク伯爵。本日、お急ぎの予定がなければ是非にでもゆっくりとしていってくだされ」
ヴァレンティーネは辺境伯を見据え、諭してていく。
「お父様。ウルリヒ様にも予定があるのよ。無理強いをしてはダメです」
「ヴァレンティーネ。せっかくの好意を無碍にはしたくない」
ノルデンブルク伯爵は辺境伯令嬢の顔を見る。その後、辺境伯に目を向けた。
「辺境伯閣下。本日は閣下のお言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「それはもちろんだ」
辺境伯はノルデンブルク伯爵を引き留めるのに必死だ。
「当家の庭園を娘と一緒にお楽しみください」
「庭園をゆっくりとまわります」
「四阿で休憩ができるようお茶を準備しますからゆっくりと散策を」
辺境伯は伯爵を引き留めるつつ、休憩も勧めていく。
ノルデンブルク伯爵は引き留められた理由が気になる。
「閣下はこれからどちらにお出掛けですか?」
「あぁ。少し……宮殿に忘れ物を取りにね……。夕方くらいには戻ってきたいと思う」
「お父様……。何を忘れたのです?」
ヴァレンティーネは忘れ物の正体が気になったので訊く。
「ヴァレンティーネ。家で必要なものを忘れたのだ」
辺境伯は必要最低限の言葉で伝えた。
「お父様。気をつけて行ってきてくださいね!」
「分かった。それでは行ってくる」
ヴァレンティーネとノルデンブルク伯爵は辺境伯を見送った。
辺境伯は急いで馬車に戻る。御者が開けた扉から馬車に乗り込む。
御者は今度こそ宮殿に向け、馬車を走らせた。
次の第9話は新規追加予定でサブタイトルを
『グランツフェルト辺境伯家と取り違えた絵姿釣書』の予定です。
サブタイトルを第7話予告の
『グランツフェルト辺境伯家と取り下げた絵姿釣書』から
『グランツフェルト辺境伯家と取り違えた絵姿釣書』に変更します。
話数とサブタイトルはもしかしたら変更になるかもしれません。
 




