第 4話 フリードリヒと白い花
第3章の第2話に予定していた『フリードリヒと宮廷園丁』、一部のエピソードを第4話として分離、独立させました。
その分離した本文に追加修正を加えて変更し、第4話として割り込みで投稿します。
本文の改稿中ですが、言い回しなどに追加や修正を行い、本文の改稿をしました。
内容に大きな変更はございません。
第一皇子、フリードリヒの私室。
部屋にはフリードリヒと髭を蓄えた初老の男性がいる。
男性はときおり正面を向き、フリードリヒの姿を確認していく。教鞭を取る男性の低い声が部屋に響き続けていた。
「…………であるからにして我が国は………」
椅子に座ったフリードリヒは黙って男性を見ている。しばらくして、ため息を吐く。
男性は気づかず、話を続けていた。
「フリードリヒ殿下」
「なに?」
「私の話を聞いておりましたか?」
「聞いてたよ!」
男性が目線を下げ、頁を捲る。再び、フリードリヒに目を向けた。
「では初代陛下はどなたでしたか?」
「フリードリヒ一世陛下」
フリードリヒは即答する。
「御名は?」
「ヴィリバルト・フリードリヒ」
こちらも即座に答えるフリードリヒだ。理由を告げる。
「初代陛下の御名をもらっているから忘れないよ!」
男性はフリードリヒの名を忘れていたらしい。
「…………左様にございましたね」
男性は本を閉じた。
「本日はこれまでにいたしましょう」
「ありがとうございました」
男性は持ってきていた幾つかの本を持ち、フリードリヒの私室を後にした。
フリードリヒは静かになった部屋でため息を吐く。しばらく椅子に座り、体を投げ出している。おもむろに腕を上げて、大きく背伸びをした。そのまま天井を見上げ、休む。
フリードリヒは思い立ち、寝転がっていた椅子から立ち上がる。その足で衣装部屋に向かい、幾つか並ぶ列から上着を選び、引っ張り出すと羽織った。
フリードリヒは衣装部屋を後にし、私室から出る。
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フリードリヒは庭園に行こうと廊下を歩いていた。
前から歩いてきた宮務官とばったり遭う。
「フリードリヒ殿下。お探ししました」
「なに?」
「お部屋にお戻りください。殿下にお渡ししたいものがございます」
「あとでね。今日はこれから予定があるからダメ~!」
フリードリヒはそう告げ、廊下を走り出す。
「フ、フリードリヒ殿下! お待ちください!」
宮務官は走り去っていくフリードリヒに驚き、追いかける。しばらくあとを追うが結局、見失った。
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フリードリヒは長い廊下を庭園に向け、走っている。
後ろから宮務官の声が聞こえなくなり、フリードリヒは振り向く。宮務官の姿は見えない。
フリードリヒはようやく宮務官を撒くことに成功する。そのまま、庭園の散策をしながら目的地に移動していく。
足を伸ばした先は北離宮にある庭園だ。
そこからは神殿も近い。
フリードリヒは庭園の散策路を歩きながら、咲き揃う花を眺めていく。
北離宮庭園の一つ。女神の泉庭――――。
そこでは一人の園丁が道具箱を持ち、花壇の手入れを黙々と続けている。
フリードリヒは仕事の邪魔をしないように離れて歩いていた。
その場に立ち止まる。腰を落として花を見つめ、時間を忘れてじっと眺めていた。
しばらくすると立ち上がる。周囲を見回して、誰かを探す。
離れた花壇に座って作業する男性の姿を見つけた。男性が立ち上がり移動しようとしているのが分かり、フリードリヒは急いで駆け寄る。
「あ……あの……。お仕事中にすみません。園丁さん」
園丁は人の気配に気づき、手を止めた。声の聞こえた方を向くと男の子に目線を合わせる。
「私に何かご用ですか?」
「はい。あの……庭園のお花を少し貰っても良いですか?」
「えぇ、そちらはもちろん構いませんよ」
園丁はあることに気づく。
「どのようなお花をお望みですか?」
「ど、どのような……」
フリードリヒは考え込む。
「し、白いお花をください」
フリードリヒは園丁がお花を出してくるのを待っていた。
「…………白いお花ですか」
「はい」
今度は園丁が考え込んでいる。庭園を指し示す。
「そうですね。白い花にもいろいろとありますよ。」
「いろいろ?」
「薔薇に百合、鈴蘭、木春菊、」
フリードリヒは庭園に目を向ける。
鮮やかな色を持つ花がフリードリヒの目を惹き付けていく。淡色の花も負けずに存在感を放つ。たくさんの花が咲き揃っていた。
「この時期は大輪の華やかなものから、清楚なものまでたくさんの花が咲き揃っておりますよ」
フリードリヒは庭園を眺め、しばらく思案中だ。
「う~ん。小さいのがいっぱいで良いかな」
「左様にございますか?」
「そう。僕は自分の部屋にお花を飾りたいだけです」
フリードリヒは精一杯の言葉を紡ぐ。
園丁は男の子に渡す花を決めた。
「畏まりました。ご要望は白いお花、小輪から中輪のものをたくさんでしたね」
「はい」
「少し淡い色の花が入ってもよろしいでしょうか?」
「おまかせします」
フリードリヒは頷く。
「畏まりました」
園丁は道具箱から剪定鋏を持ってくる。花壇で幾つかの白い花と淡い色の花を選び、切り出していく。茎を紐で括り、持ちやすいように整えた。
花束をフリードリヒに差し出す。
フリードリヒは差し出された花をじっと眺めていた。おもむろに花束を受け取る。
フリードリヒは園丁を見上げる。
「お花をありがとうございます」
「いいえ。これが我々の仕事ですから構いませんよ」
フリードリヒは受け取った花を抱えていた。思い出したように園丁に声をかける。
「素晴らしい庭園を見せていただきありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます」
フリードリヒはしばらく考え込む。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
フリードリヒは思い出したように話を切り出す。
「そういえば、白いお花でこのような感じのお花はありますか」
「……どのようなお花ですか」
フリードリヒは片手に花束を持ち、逆の手を自分の前に差し出す。手のひらから淡いキラキラした光が浮かぶ。
「神殿にある、春の女神様。その彫像に刻まれているお花の一つ…………」
フリードリヒは長さの違う幾つにも重なる花びらが漏斗状になる特徴を持つ、小輪の真っ白な百合を投影させる。
「そのお花は――」
園丁はその花に驚き、フリードリヒが投影した花を慌ててかき消す。
「あ……、消えた」
フリードリヒは突然のことにびっくりし、言葉を失う。
園丁はフリードリヒの頭を撫でる。
「怖がらせて申し訳ありません」
「あ、いえ。その……ちょっと……少し驚いただけです」
フリードリヒは頭を撫でられたことを驚いていた。
園丁は腰を落として、フリードリヒの目線に併せる。
「誠に残念ではありますが、先ほどの白いお花はこちらの庭園にはありません」
「な、ないの?」
園丁はしばらく沈黙し、フリードリヒを見た。
「はい。この国ではごく一部を除き、現在はこの国のどこを探しても存在しないことになっております」
園丁はフリードリヒに花がない理由を明かしていく。
「……そうですか……」
「そういうことなので申し訳ありません」
「…………」
フリードリヒは言葉を止めた。
園丁は話を続ける。
「その花は帝国を揺るがせた禁忌のことがらに触れ、当時の皇帝陛下エーヴァルト一世のお出しになった勅令“エーヴァルトの勅令“を反故にすることにもなりかねないゆえにご勘弁を――」
フリードリヒは手招きし、園丁に囁く。
「あのね。実は神殿の神域では女神の御名により全ての花が保護され、咲いているよ。巫女長と神官長の二人は神殿以外では、この北離宮は神殿に近いところにある庭園と、あとは……とある場所にはあるはずって教えてくれた」
「……はい?」
園丁は神殿を司る巫女長のお教えに驚きを隠せない。
「…………あのお方たちは禁忌の花の存在を気軽にお教えしないでほしいよなぁ……」
「あの方って……?」
フリードリヒは園丁の言葉に疑問を持つ。
「あ、いいえ。その……こちらのことです」
「そうなの?」
「はい」
園丁は困惑しつつも、聞かなければならないことに気づく。もう少し話を続けた。
「……その、もう一つの場所を巫女長殿から教えて貰いましたか?」
フリードリヒが今度は沈黙する。
「そちらは……とある場所としか、聞いてません。何度も聞きましたが、お二人はそれだけは教えてくれませんでした」
フリードリヒは肩を落としている。
園丁はもう一度、フリードリヒの頭を撫でた。
「お花が好きのようですから、その花の名前だけも知っておくと、何かのお役に立つかしてませんね。……お探しのお花は白雪百合というものです」
フリードリヒは園丁に目を向ける。
「白雪百合」
「はい。禁忌の花の名ですから、気軽に告げて良い名ではありませんがね……」
「教えていただきありがとうございます」
フリードリヒは花の由来に思い当たり、答えてみた。
「白い雪のような花だから、その名がついたのですよね……」
「そうです」
園丁は思い悩み、言葉を選ぶ。
「今から七百年ほど昔にあった出来事…………。ラゲストゥーエ帝国の南部に領地を持っていたとある辺境伯が、隣国のグラウシェレ王国に突然侵攻したことから始まった愚行をご存知ですか?」
フリードリヒはしばらく考え込む。
「帝国の南部であった愚行と言えば、グラウシェレ侵攻――?」
フリードリヒは思い出す。
「確か……神殿の敷地内に建立されている慰霊碑に、我が帝国最大の愚行と刻まれている――――、あの出来事のことですか?」
フリードリヒは言い終えると沈黙した。
「そうです。そのグラウシェレ侵攻を起こした一族が使用していた紋章がその花、白雪百合です」
園丁が話を続ける。
「エーヴァルト一世陛下が重大事案故に白雪百合を模した紋章を使用すること、およびその花を栽培を禁止する勅旨を発布したことから、存在そのものが禁忌として知られることになりました」
「白雪百合の花が咲いていることを明かせぬほどの禁忌……」
フリードリヒは驚く。再び、沈黙していた。
「えぇ。聞き出せなかったもう一つの存在場所。そちらは知らない方が良いですよ」
「……それほどのものなのですか」
「名を出すのも憚れるほどですから……」
フリードリヒは園丁の言葉でその意味を悟った。
「――わかりました。すみませんが、その花のことは聞かなかったことに……していただけますか」
「はい、構いませんよ」
「切り出して貰ったお花、ありがとうございました」
フリードリヒが花束を抱えて踵を返し、立ち止まる。
「もう少し庭園を散策しても大丈夫ですか?」
「そちらについては問題ありません。そのために我々が手入れを行っているわけですから」
園丁はフリードリヒに一礼し、仕事に戻っていく。
フリードリヒは花束を持ったまま、しばらく庭園を散策していた。
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遠くから声が聞こえる。
フリードリヒを呼ぶ声だ。
「殿下ーー!」
「フリードリヒ殿下」
フリードリヒは二人の護衛騎士に向かって声を出す。
「ヒルデブラント、シュライエルマイヤー。こっちだよ~!」
ヒルデブラントとシュライエルマイヤーはフリードリヒの声に気づき、歩み寄る。
「殿下。お探ししました」
「今日の授業、」
フリードリヒが持っていた花束に二人は気づく。
「殿下? そちらの花は……」
「寝室に飾る花だよ。選んでもらった~」
「どなたにです」
「ここで手入れを行っていた園丁さん」
部屋に飾るお花でしたら、宮務官にお頼みください」
フリードリヒは二人に告げる。
「たまには自分で選びたい」
「殿下?」
花束に括られた紐には北離宮の園丁詰所の印があった。
「あぁ、この目印はあの方ですね」
「ん? 知り合い?」
「腕の良い宮廷園丁の一人ですよ」
ヒルデブラントは選ばれた花に納得した。
フリードリヒはヒルデブラントを見上げる。
「そうなんだ。淡い色の花も入れてもらった」
「良い花をいただきましたね」
フリードリヒは手元にある花束を眺める。
「うん、良かった」
ヒルデブラントはフリードリヒに声をかけた。
「殿下。それではお部屋に戻りましょうか?」
「分かった~!」
フリードリヒは護衛騎士の二人に連れられ、戻っていった。
この割り込みにより以下の話数が、変更になります。
第4話 → 第5話
『フリードリヒの皇子教育と絵姿』
第5話 → 第6話
『フリードリヒと持ち込まれ続ける絵姿』
第6話 → 第7話
『フリードリヒと未開封の絵姿』
第8話【追加】
『グランツフェルト辺境伯家と皇子妃選考の絵姿釣書』
(第7話で登場の辺境伯家)
第9話【追加】
『グランツフェルト辺境伯家と送り違えた絵姿釣書』
(絵姿の行方)
第7話 → 第10話
『フリードリヒが公爵に贈った誕生祝いと花言葉が持つ意味』
以下話数が……。
追加する話数、数字入れない方が良いような…………(・・;)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
話数が増える怪は、神出鬼没。
当初の予定よりだいぶ増えつつ、脱線もしております(ー_ー;)。
話数が前後したり、新たに追加したり、サブタイトルを変更したりすることもあるので予定は目安となりますm(_ _)。