第 11話 ローゼンシュタイン公爵の謁見願いと陛下の贈り物
第10話の後書きで予告した通り、第11話として『ローゼンシュタイン公爵と陛下』を割り込み投稿します。
併せて、サブタイトルを
『ローゼンシュタイン公爵の謁見願いと陛下の贈り物』に変更しました。
陛下は侍従長と別れたあと護衛騎士を連れ、住居区域に移動していく。
急な政務を行うために設けられた陛下の執務室がある。陛下は立ち寄り、書類入れを確認した。急いで処理する必要のあるものを持ち、そこの隣に併設されている応接間に向かう。
応接間の扉を開け、応接用に置かれた長椅子に座る。持ってきた書類に目を通し、署名を入れた。少しの間、乾くのを待つ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
侍従長は陛下より謁見願いの許可が降りたローゼンシュタイン公爵を連れ、戻ってくる。
私室の扉を叩く。
「陛下。遅くなりましたが、ローゼンシュタイン公爵閣下をお連れいたしました」
「あぁ、入れ」
公爵が侍従長の案内で私室に入って来た。陛下の待つ長椅子の前に歩み寄る。
「陛下。お忙しいところお時間をいただき、誠にありがとうございます」
「あぁ、謁見・拝謁の申し出のなかで会う必要があったのは公爵だけだった。まぁ、座ってくれ」
陛下はとりあえず、公爵に座るよう促す。陛下は処理していた書類を長足卓の端に寄せた。
公爵は陛下と向き合うように座る。
陛下も腰を落とし、公爵を見た。
「公爵。息子についてどのような話があるのだ?」
「陛下。まずはこちらをご覧ください」
公爵は持ってきた花束を陛下の差し出す。皇子宣下の儀式が始まる前に第一皇子から直接もらったものだ。
「これは……?」
「本日、皇子宣下の儀式が始まる前に殿下とお会いして、生まれてくる孫に誕生祝いとしていただいたものです」
陛下は公爵に訊く。
「確か、生まれてくるのはだいぶ先だったはずだった記憶があるが……違うか?」
「はっきりとは申せませんが、おそらく二年後になるかと思います」
公爵はおおよその時期を告げる。
陛下は沈黙した。しばらくして言葉を続けた。
「……そうか、二年後か。それにしてもずいぶんと気の早い贈り物をしたものだな」
「私もそう思います」
公爵と陛下は花束に目を向ける。
「まぁ、息子の気持ちだ。そのまま受け取ってくれるか」
「それはもちろんです。孫はまだ生まれてはいませんが、持ち帰りますよ」
「そうしてくれ」
陛下と公爵はしばしの間、その花束を眺めていた。
陛下は気になることを思い出す。
「公爵」
「何でしょうか?」
「息子はなぜ、この花束を贈ろうと思ったのかを聞いたか?」
「私が幾つか挙げた花言葉がありまして、その一つから”孫が生まれてくるのを待っているよ――、”というお言葉を導きだされたようです」
「…………そうか」
陛下は再び花束に目を向ける。
「公爵。その花束を見せてもらえるか?」
「構いません」
公爵は陛下に花束を差し出した。
陛下は花束を受け取る。括られていた紐を外し、一輪ごとに花を確認する。一定の条件で集められたかのように特定の花に片寄っていた。
陛下は沈黙する。
「なぁ、公爵」
「何でしょう? 陛下」
「息子はその[”生まれてくるのを待っているよ――”]という言葉以外に何か告げていなかったか?」
公爵は思い出しながら第一皇子の言葉を告げた。
「殿下からは[いろいろと困らせるような花言葉は抜きで、私から純粋な贈り物として渡してほしい。そうだね…………。これも何かの縁だ。生まれてくるのを待っているよ――。]という言葉を添えていただきました」
「他には?」
「そういえば、花の精霊から孫に加護を承ることになり、古の言葉で『約束を叶えます』と『約束を受け付けました』という声をいただきました」
「約束か……」
「はい。精霊の約束の件はおそらくですが、”生まれてくるのを待っているよ”、にかかっているのはないかと思います」
「あぁ、そうだな。…………そうだと思いたい」
陛下は深く息を吐き、ある花を数種手に取る。
「公爵の生まれてくる孫が娘だった場合、問題になりかねないものがある。”違えぬ約束”、”久遠の誓い”、”私にはあなたが必要”、”いつまでも待つ”、”私は君を迎えたい”という花言葉を持つ花が含まれているが、息子は何をやっているのだ……」
陛下は考え込み、悩む。
「公爵。すまない」
「いいえ。殿下は花言葉があることすら、知らないようでした」
「公爵。確かにこの花束は花言葉抜きで頼む。ごく一部の上位貴族だったら、言質を取られかねないものだ」
陛下は深く息を吐き、沈黙した。
「陛下。殿下は今後、花を贈る際は巫女長や護衛騎士に聞くとおっしゃっておりましたので、大丈夫ではないかと思います」
「…………そうだと良いな。この件については公爵の孫が無事に生まれてからにしよう。息子の渡した花束が持つ花言葉――。今はここだけに留めようではないか」
「分かっております」
陛下は机に並べた花の中から、一輪の花を取り出す。公爵に見せた。
「この花の意味も知りたい」
公爵がその花に気づく。
「その花は―――――」
「あぁ、例の花だ。精霊の加護を賜った誕生祝いの花には、あの勅令は及ばぬ」
「エーヴァルトの勅令ですね」
「あぁ。この花が持つ本来の花言葉は”春の女神の来訪”と”女神の祝福を”、”春の訪れ”、”春の女神の加護”だったな」
「この花にまつわる幾つもの物騒な花言葉は、″エーヴァルトの勅令″発布以降に広まったものです」
陛下はその花を囲うように他の花で保護した。紐を括り、公爵に差し出す。
公爵は花束を受け取る。
陛下はしばらく考え込む。
「公爵、少し待て」
「畏まりました」
陛下は立ち上がると一度、私室へ向かう。しばらくすると細長い箱を持って戻って来た。
「献上品のなかから、下賜しても問題ないものを選んでおいた。息子の贈り物は何かと問題になりかねないのでな」
陛下は細長い箱を公爵に差し出す。
「陛下、こちらは?」
陛下は細長い箱の蓋を開ける。包まれていた布地を外していく。箱に入ったいたものを公爵に見せる。
「これはエーデルシュタイン王国の王室から献上された品物で帝室所蔵扱いとなっているものから朕が選んできた。繊細な装飾が施された懐剣だ」
「エーデルシュタイン王国の……。陛下、拝見してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ」
公爵は確認を取る。
「陛下。この場で剣を抜いても問題はありませんか?」
陛下は公爵の意図に気づく。
「あぁ、大丈夫だ。問題ない。公爵に朕を害する気は無いと分かっている」
エーデルシュタイン王国はラゲストゥーエ帝国の北西に位置するブルーメエルト帝国の、さらに北西にある国でその名の通り、宝石の産地として知られている。
公爵は細長い箱から懐剣を手に取り、両手を使いじっくりと装飾を眺める。おもむろに柄を持ち、鞘から引き抜いた。その姿に見惚れる。攻撃する意思のないことを示すため、剣身を陛下に向けず、観賞する。
公爵は剣を鞘に戻し、元の箱に収めた。
「陛下。本当にこちらを孫に頂いてもよろしいのでしょうか?」
「良ければ、生まれてくる者への守り剣として護身用に使ってくれるか」
公爵は立ち上がり、臣下の礼を取る。
「はっ、謹んで拝領致します。生まれる前の孫に素晴らしい懐剣を授かる栄誉をいただき、恐悦至極に存じます」
公爵は懐剣の入った細長い箱を受け取る。包み直し、蓋をした。
「陛下。孫が誕生しましたら、改めてお礼を申し上げに参ります。いずれは大きくなった孫を連れて参内致しましょう」
「あぁ、楽しみにしている」
「それでは、私はこれで――――」
公爵は陛下が出す合図に気づき、とっさに立ち上がる。長足卓に置いていた花束と細長い箱を持つ。
陛下に侍従長にもう一度、合図を送った。
侍従長は扉の前に立ち、公爵を迎える。
「あぁ、侍従長。公爵が戻るそうだ」
「畏まりました」
侍従長は公爵を連れ、陛下の私室を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
陛下は長椅子に座ったまま、ため息を吐く。公爵が持っていた花束を思い出し、考え込む。
「白雪百合か―――――」
天井を見上げた。
次は『第 12話 フリードリヒと始まる皇子妃選考』の予定です。
ただ、サブタイトルは変更するかもしれませんm(_ _)m




