第 24話 グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと周期咲き庭園
第23話の後書きで予告の第24話『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと周期咲き庭園』ができましたので新規で割り込み投稿します。
今回も相変わらず、ヒルデブラントら男性陣が動いてます。
園丁はヒルデブラントに声をかけ、ホーエンブルク伯爵夫妻と一行に周期咲きの花が集められた庭園に移動するよう促していく。
御者もヒルデブラントらを案内するため、園内移動用馬車を表玄関に回す。馬車を停めた。手綱を定位置に置き、御者席から降りていく。輪止め板を車輪に噛ませる。そのまま待機していた。
ヒルデブラントら一行が大回廊園亭から出て来た。
御者が馬車の扉を開け、促す。
「休園日のところをすまない」
「いいえ。こちらも古い形式の特別許可証を久しぶりに拝見することが叶い、ありがたく存じます」
ヒルデブラントらは大回廊園亭に来たときと同じく馬車に乗り込む。
御者は全員が乗り込んだことを確認すると馬車の扉を閉める。馬車が動かないように車輪に噛ませていた輪止め板を外し、御者席に乗り込む。手綱を操り、馬車を走らせる。
馬車は目指す庭園に向け、道なりに進んでいく。
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ヒルデブラントとギーゼルベルト、ホーエンブルク伯爵にラーフェンスフェルト卿の男性四人が乗った馬車はときおり車輪の音が聞こえている。
ラーフェンスフェルト卿はしばらく思い悩み、声を出す。
「あの……、私はこのまま同行し続けてよろしいのでしょうか?」
「何か問題でもあるのかい?」
ホーエンブルク伯爵はラーフェンスフェルト卿に問う。
「職務とはいえ、その…………。庭園を散策しているだけになっている気がするのですが…………、本当によろしいのでしょうか?」
ヒルデブラントはラーフェンスフェルト卿に目を向けた。
「心配はいらない。黒鷲騎士団の副団長からラーフェンスフェルト卿を案内業務に借りるということ銀鷲騎士団の団長と副団長には報告済みだ。金鷲騎士団からも同様の報告を上げてある。これも職務の一環だ」
ラーフェンスフェルト卿はヒルデブラントに目を向けたまま、沈黙している。
ヒルデブラントは言葉を続けていく。
「私も辺境伯令嬢を庭園に案内することを頼まれている。ただ、ラーフェンスフェルト卿。卿が通常業務に戻りたいというなら、私は止めはしないよ」
ラーフェンスフェルト卿は悩み、考え込む。
「前にも告げた記憶があるが、お披露目間近の身内がいる場合や自身の婚約者が庭園の散策を好むならこのまま見ていて損はないと思うぞ」
ヒルデブラントはさらに補足する。
「こちらの事情で連れ回すことになって申し訳ないが、周期咲き品種については有益な情報ではないかな」
ラーフェンスフェルト卿は迷いを払うように告げていく。
「閣下。周期咲きの花を集めた庭園の噂は以前から聞いておりました。機会があれば珍しい品種のものは見たいと思っており、このまま同行を続けます」
「頼んだよ」
馬車の男性陣が世間話を続けている。
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一方のホーエンブルク伯爵夫人とグランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネ、侍女の二人が乗った馬車では沈黙が降りていた。
エルネスティーネは伯爵夫人に声をかける。
「伯爵夫人。これから訪ねる場所にある周期咲きの花は珍しいものですか?」
「品種によってかしらね。五年や十年くらいの短い周期で咲くものから、その機会を逃すと二度とお目にかかれない長い周期のものまであるそうよ」
「長いものですか……?」
「私の知るものでは千年単位のものまであるそうよ」
エルネスティーネはその期間に驚く。ため息を吐く。
「千年…………。それは長いですね」
「えぇ、この機会にお目にかかれるとよいのですがね」
女性陣が乗った馬車でも話題が途切れ、沈黙が再び訪れる。
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二輌の馬車がまもなく目的地である周期咲き庭園に辿りつく。
御者はゆっくりと速度を落とし、馬車を停めた。
御者席から降り、車輪に輪止め板を嵌める。おもむろに馬車の扉を開けた。
数人の園丁が出迎える。
先に着いていた馬車から二人の侍女が先に降り、辺境伯令嬢が続く。最後に伯爵夫人が降り立った。
後方の馬車からラーフェンスフェルト卿とグランツフェルト卿が出てくる。続いてホーエンブルク伯爵が姿を見せた。最後にヒルデブラント、ブラウフェルト卿が降りる。
御者は馬車に人が残っていないか覗き込み、扉を閉めた。輪止め板を外して御者席に乗り込み、馬車を移動させていく。
園丁がヒルデブラントから特別許可証を預かり、奥へと向かう。
しばらくすると園丁が壮年の男性を伴い、戻って来る。
壮年の男性が許可証の持ち主であるヒルデブラントに声をかける。
「閣下。周期咲き品種の見学をご所望とのことでしたよね?」
「あぁ」
「閣下。婚約者の方が訪ねていらしたそうでになられたそうで何よりです」
ヒルデブラントは園丁の顔を見つつ、言葉少なく答える。
「すまない。婚約者の件は人違いだ」
「閣下。本当に人違いですか?」
園丁はヒルデブラントに目を向け、聞き返す。
「私の婚約者と言いたいところだが、情報が錯綜していたことに加え、いくつかの偶然が重なったことによる人違いだよ」
ヒルデブラントは後ろにいる辺境伯令嬢を紹介する。
「黒鷲騎士団に婚約者を訪ねて来ていたのが、こちらのグランツフェルト辺境伯閣下のご令嬢。その付き添い人でホーエンブルク伯爵夫人が一緒だよ。辺境伯令嬢の婚約者は黒鷲騎士団の帝国騎士、ブラウンフェルト卿グスタフ・ヒルデブラントだ。肝心の彼は休日で騎士団には出勤していない」
ヒルデブラントは今までの経緯をざっくりと告げる。
園丁は混乱の元となった事情を察した。
「…………そういうことでしたか、閣下。それでは後ろにいる騎士の方々は?」
「あぁ、彼は辺境伯令嬢の兄君でグランツフェルト卿。後見人の伯爵夫妻に加えて彼にも同行してもらっている」
「それでは閣下も案内の補佐ということですか?」
「まぁ、そういうことだ。こちらにいるラーフェンスフェルト卿も私と同じく補佐の一人。彼は銀鷲騎士団から案内業務を担当している」
園丁の主な業務は庭園の手入れだ。
個別に騎士団から用事を頼まれることがあっても、三つの騎士団の騎士が庭園で揃うことは少ない。
園丁は帝国騎士の三人を眺めている。
「閣下。三つの騎士団を一度に拝見できる機会を設けていただきありがとう存じます」
「銀鷲騎士団に関してはラーフェンスフェルト卿がいることにより、成立している。お礼は彼に頼む」
ヒルデブラントはラーフェンスフェルト卿を示す。
園丁は姿勢を正す。
「ラーフェンスフェルト卿。本日はありがとう存じます」
「こちらこそ。周期咲きの庭園を拝見する機会を得られ、幸運に存じます」
園丁は本題に入る。ヒルデブラントに声をかけ、促す。
「閣下、皆さま。これより庭園をご案内します」
「頼んだよ」
「それでは参りましょう」
奥に控えていた園丁が入口の扉を開ける。
ホーエンブルク伯爵と夫人が進み、辺境伯令嬢と侍女の二人が入る。ギーゼルベルトとラーフェンスフェルト卿とヒルデブラントの三人があとから続く。
全員が入ったことを確認すると園丁は扉を閉めた。
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園丁は散策通路を道なりに進んでいく。
ヒルデブラントら一行が案内された場所は奥まった場所にある。
園丁は入口の扉を開けた。
「閣下。こちらには特に珍しいのものを集めております」
園丁はヒルデブラントらを奥に通す。さらに案内を続け、周期咲き品種のものを幾つも揃えている。
その品種名からも分かる通り、一定の周期で咲くことが知られている花だ。
花によってさまざまな周期があり、五年や十年という短い周期で咲くものから百年単位や千年単位という気の遠くなる周期で咲かせるものまであった。
園丁はその一角に足を運ぶ。
「こちらの花壇には短い周期で咲くものを揃えております」
園丁は丁寧に説明し、巡る。
「閣下。こちらが長周期で咲くことが知られている品種の一つ、その一部が咲いております」
園丁が指し示した先には小さな鐘状の花をいくつも咲かせている。
ヒルデブラントは見覚えのある花だった。
「この花は”春告鈴蘭”と”鈴蘭水仙”の周期咲の品種だったかな?」
「左様にございます」
「前に咲いたのは確か……」
ヒルデブラントは昔の記憶を辿る。
園丁はヒルデブラントに告げた。
「閣下が帝国騎士に叙任された年です。あの時は周期咲き品種の当たり年でもあり、それは見事なもものでした」
ヒルデブラントも思い出す。
「あぁ、そうだったな。たしかに普段はお目にかかれないような珍しい品種が咲き揃っていたな……」
園丁がさらに続ける。
「婚約者に贈り物を頼む際、こちらの庭園を参考にしたから覚えているよ」
ヒルデブラントは贈り物の行方も思い出している。
「閣下。実は今年も当たり年ですよ」
「そうか、楽しみだね」
ヒルデブラントは花壇に目を向けた。
「周期咲き品種にも花言葉がございます」
園丁は案内を続ける。
「閣下。こちらがあの当時、咲きていた品種の一つ。”春告鈴蘭”の周期咲き品種で”春待ち鈴蘭”。花言葉は”幸せの訪れは春を呼ぶ”、”巡りゆく幸運は女神の託宣”、”奇跡の出会いは運命を呼ぶ”、”幸運は春を連れてくる”などがございます」
園丁は少し場所を移動してさらに続けた。
「閣下。こちらの花は大輪八重咲きで知られる”麗しの皇妃ディアナ”の変異種で知られる”舞妃ディアナ”。こちらも周期咲き品種です。花言葉は”出会いは奇跡を呼ぶ”、”女神の祈りは叶う”、”運命を呼び寄せる”、”運命の出会いは春を呼ぶ”などがございます」
園丁はいくつか場所を変え、さらに続けていく。
「こちらが先程の春告鈴蘭によく似ておりますが、鈴蘭水仙です。本来は開花時期が若干ずれているのですが、小さな来訪者がおりまして誘われるように咲いております」
「そうか、偶然ということかい?」
「そういうことになりますかね……」
ヒルデブラントらはそれを聞いていた。説明を受けつつも考え込む。
「……………確かにその花言葉の通りだったよ。あの年は婚約者にも会うことができた。」
ヒルデブラントはため息を吐く。
「閣下……」
園丁は言葉に詰まり、沈黙する。
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ギーゼルベルトは思い出したように悩みはじめた。
「閣下。周期咲き品種の花を見て思い出したことがあり、お訊きしてもよろしいでしょうか?」
静寂を破るようにギーゼルベルトが声を出す。
「私にかい?」
「はい。閣下にです」
「私に答えることが可能な内容であるなら構わない」
ギーゼルベルトは改めてヒルデブラントに向く。
「騎士叙任式。あの当時、妹のエルに周期咲きの花束を贈ったのは閣下ですか?」
ヒルデブラントは考え込む。
「そうだね。婚約者が花束を贈っていないというなら、私が小さな令嬢に渡したものだろう」
「閣下」
「小さな令嬢を通した部屋に飾っていた花瓶の一つを花束にしてもらったものだよ」
「………閣下…………」
ギーゼルベルトは沈黙する。
当時を知る壮年の園丁が続けた。
「あの年は騎士叙任式だけではなく、帝国騎士叙任式も併せて行われるということが決まっておりました。そのため、部屋を飾る花をいくつか庭園から集めることになり、当時咲いていた周期咲き品種の花も入っていたはずです。個別に依頼のあったものを除き、我々は花言葉を気にせず集めましたので特別意味のあるものではございません」
「そういうことだそうだ。ギーゼルベルト」
ギーゼルベルトは園丁の言葉に納得しつつ、エルネスティーネに目を移す。
話題となっているエルネスティーネのほうは周期咲きの花に夢中になっているようで侍女が付き添っている。
ホーエンブルク伯爵夫妻も少し離れた場所でゆっくりとしているようだ。
ヒルデブラントはギーゼルベルトとラーフェンスフェルト卿を連れ、そのまま散策を続けていく。
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ヒルデブラントら一行が周期咲き庭園を堪能している頃。
その庭園の入口に一輌の馬車が近づいていいる。
正面入口に馬車を止めた御者は急かされるように御者席から降り、車輪止めを噛ませた。
慌てるように馬車の扉を開ける。
作中の小さな来訪者。
誰か分かった人もいるかもしれませんが、いまのところ登場予定はありません。
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次は下記のサブタイトルを予定しております。
▼第25話(閑話)
『ウメンドルフ伯爵令嬢と婚約者』
(新規追加作成中/ウメンドルフ伯爵夫人と令嬢が自分たちを登場させろと要求してきました)
▼第25話 → 第26話
『グランツフェルト辺境伯令嬢とウメンドルフ伯爵令嬢』
(話数変更/周期咲き庭園で……)
▼第15話 → 第16話 → 第23話 → 第24話 → 第26話→ 第27話
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネとブラウシュタイン公爵家』
(話数変更/突然のハプニングは)
▼第24話 → 第25話 → 第26話 → 第27話→ 第28話
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネとブラウシュタイン公爵令嬢』
(話数変更/公爵家での出会い)
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登場人物の暴走にだんだんと長くなる怪が常駐しており、話数増加の怪も出没していますm(_ _)m。
混乱している話数の訂正はそのうちしますm(_ _)m




