第 23話 グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと大回廊園亭《グロース・グロリエッテ》
第22話の後書きで予告の第23話『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと大回廊園亭』ができましたので新規で割り込み投稿します。
今回も相変わらず…………ですが、。
ヒルデブラントらを乗せた移動用馬車は目的地である大回廊園亭を目指して進んでいく。
遠くに小高い丘が見えはじめる。しだいに細長い建物も小さく姿を表す。それらはだんだんと近づいてくきていた。
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ホーエンブルク伯爵夫人とグランツフェルト辺境伯令嬢、侍女たち女性陣を乗せた馬車が先頭を走っている。車内では沈黙が続く。
しばらくして声がする。辺境伯令嬢付き侍女のクラーラだ。
「伯爵夫人。お声をかけること、お許しください」
「どうしたの?」
伯爵夫人は侍女のクラーラに顔を向けた。
辺境伯令嬢付き侍女のクラーラも向き合う。
「これから向かう大回廊園亭は、いつもの四阿とは異なるのでしょうか?」
侍女のクラーラが気になっていた疑問を告げる。
伯爵夫人は侍女のクラーラに目を向けた。
「そうね。これから訪ねる大回廊園亭は、四阿とはだいぶ作りと外見が異なるらしく。寒い季節でも時間を気にしなくても大丈夫と聞きました。寒いと散策も足早になってしまいますからね」
「寒いとゆっくりと観れなくて、素晴らしいものでも残念です」
「これから訪ねますから、楽しみにしましょう」
「はい」
侍女のクラーラも納得し、再び沈黙が降りてきた。
馬車は停まることなく進んでいき、小高い丘を登りはじめる。
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大回廊園亭――。
宮内官が提出された特別許可証に慌ただしく動いている。
園丁に連絡を入れ、いくつもの花瓶を彩っていく。
宮内官も出迎えの準備を終えた。
馬車を迎えるために表に玄関に並ぶ。
馬車の姿が見え、車輪の音が近づいてきた。
馬車がニ輌、到着する。
御者が御者席から降り、車輪止めを噛ませる。馬車の扉を開けた。
到着した馬車では二人の侍女が先に出る。辺境伯令嬢が続き、伯爵夫人が降りた。
後ろの馬車からはグランツフェルト卿ギーゼルベルトとラーフェンスフェルト卿の二人が先に出た。ホーエンブルク伯爵が続き、ヒルデブラントが最後に降りる。
並んでいた宮内官の一人が特別許可証の持ち主であるブラウフェルト卿の姿を見つけ、一歩前に出た。
「ブラウフェルト辺境伯閣下。この度は特別許可証のご利用、ありがたき幸せに存じます。ご婚約者をお連れになられたということで取り急ぎ、準備いたしました。さっそくご案内申し上げます」
ヒルデブラントは宮内官の挨拶を受ける。軽く咳払いしつつ、言葉を発した。
「私の婚約者のために準備させたようでありがとう」
「さっそくではありますが、ご案内いたしましょう」
「いや、まずは誤報を訂正させてくれ」
「閣下、誤報とは……?」
ヒルデブラントは宮内官に向け、婚約者についての情報を否定する。
「こちらの辺境伯令嬢は私の婚約者ではない」
「閣下? 婚約者ではないと仰るのでしたらどちらのお嬢様でしょう?」
宮内官はヒルデブラントに問う。
「こちらはグランツフェルト辺境伯令嬢。グランツフェルト辺境伯閣下のご令嬢だ」
ヒルデブラントは紹介したグランツフェルト辺境伯令嬢を指し示す。
宮内官は爵位名を聞き、納得する。
「グランツフェルト辺境伯閣下のお嬢様でしたか」
「そういうことで私の婚約者ではないことは分かってもらえただろうか」
「確かにそうですね」
宮内官はヒルデブラントを見据え、考え込む。
「グランツフェルト辺境伯令嬢の婚約者は帝国騎士でブラウンフェルト辺境伯の令息でしたよね?」
確認のため、訊く宮内官だ。
「あぁ、そうだ。その婚約者と私の名と似ていたため、一部情報が錯綜したらしい」
ヒルデブラントは相槌を打ちつつ、これまでの経緯を簡単に告げていく。
「肝心の婚約者が休日で不在。会うことができなかったグランツフェルト辺境伯令嬢に騎士団に引き止めた詫びも含め、こちらの庭園を案内することにしたということだよ」
ヒルデブラントはこれまでの経緯を簡単に説明し、婚約者については否定する。
「左様にございますか」
「私だけだと何かと誤解を生むかもしれないということで彼らに案内を任せ、私は補佐だよ」
ヒルデブラントはグランツフェルト卿とラーフェンスフェルト卿の二人を指し示し、彼らを宮内官に引き会わせた。
その後、辺境伯令嬢の付添人であるホーエンブルク伯爵夫人とホーエンブルク伯爵を紹介する。
宮内官は二人の騎士に目を向けた。
「閣下。閣下が特別許可証を使い、婚約者を案内しているという誤報が広まりつつありますが、そちらはどういたしましょう?」
「すまないが、そちらも併せて訂正しておいてくれ」
「畏まりました」
宮内官はその場にいた他の宮内官に口頭で指示を行き渡らせた。
「それでは皆さま。ご案内いたします」
宮内官はヒルデブラントらを大回廊園亭の中に通す。
一行は玄関ホールに足を踏み入れた。
一階の空間は広く天井は高い。
天井には装飾の施された天井吊り下げ型の照明がいくつもあり、存在感を出している。
奥には螺旋状の階段が見えているが、その入り口は閉ざされていた。
ホーエンブルク伯爵夫人とグランツフェルト辺境伯令嬢だけではなく、二人の侍女たちも玄関ホールで立ち止まっている。
落ち着いた雰囲気の内装や置かれている調度品に目を向けていく。
ヒルデブラントは玄関ホールに飾られていた花瓶を宮内官が撤去していくのが見えた。
先ほどの宮内官を呼ぶ。
「すまない、少し良いかな?」
「閣下、何かございましたか」
宮務官はヒルデブラントに目を向けた。
「私が提出した許可証のために準備したものは、そのままで飾って置いても構わない。他に誰か観に来るかもしれないだろう」
「それはそうですが、こちらは閣下のために準備したものです。他の方々にお見せしてもよろしいのですか?」
宮内官はヒルデブラントに問いかける。
「私達だけで留めるのは、少し勿体ない気がしただけだよ」
ヒルデブラントは花瓶を見つめつつも考え込む。
「ただ、誰も来なかったら今日の閉館後に私にある金鷲の執務室にでも届けてくれ」
「畏まりました。確かにお届けします」
宮内官はヒルデブラントの提案を受け入れる。
宮内官は奥に引っ込めた花瓶を元の位置に戻していく。多くの宮務官は一礼すると下がっていった。
ホーエンブルク伯爵と伯爵夫人の二人、グランツフェルト辺境伯令嬢は先に回廊部分に進み、それぞれが見たいと思う場所にいた。
グランツフェルト卿とラーフェンスフェルト卿の二人は遠巻きに眺めている。
ヒルデブラントは考え込み、戻された花瓶の一つに近寄る。
「気になる花があったような…………」
残っていた宮内官は花瓶から離れた位置に移動していく。
ヒルデブラントは花瓶に生けられていた花を順番に眺めていった。ある花瓶の前で立ち止まる。
そばにいた宮務官に訊く。
「これは周期咲きのものだね」
「はい。確かに閣下の仰る通り、こちらの花は周期咲き品種の一つです」
宮内官に変わって花を集めた園丁が答える。
ヒルデブラントは続けていく。
「久しぶりに咲いているのを見た記憶があるが、合っているか?」
「えぇ。三〇年周期で咲く品種の一つで、"百合"。こちらにいくつか周期咲き品種のものを取り寄せております」
園丁はヒルデブラントに周期咲き品種の花を紹介していく。
「他にはどのようなものがある?」
「そうですね。すべてを切り花にしている訳ではありません。専用庭園に鈴蘭や百合、薔薇、睡蓮などの周期咲き品種のものがいくつか咲いてございます」
園丁の話に反応していたのは辺境伯令嬢と令嬢付き侍女の二人だ。こちらを気にしている。
ヒルデブラントは園丁に伺いを立てた。
「可能手あれば、見せてもらえるかな?」
園丁には都合を聞きつつ、伺いを立てるが
「少々お時間をいただけると幸いです」
「あぁ、こちらの大回廊園亭を見学する時間も欲しい。急がなくとも大丈夫だよ」
「それでは調整して参ります。準備が整いしだい、ご案内いたしましょう」
「頼む」
依頼を受けた園丁は確認をするため、下がっていく。
ホーエンブルク伯爵はヒルデブラントと園丁との会話が途切れたことを知り、園丁に声をかける。
「何やら忙しいようですね」
「えぇ。周期咲き品種の花がいくつか咲いているそうですよ。一部がこちらにあり、その一つです」
ヒルデブラントは花瓶の花を示す。
「周期咲きの花ですか……。それは珍しいですね」
「開花時期が合わなければ、見ることができないものですからとても貴重です。伯爵夫人とご一緒にご覧ください」
「そうですね。ここはそうさせてもらいましょう」
ホーエンブルク伯爵と夫人は花を観に巡る。夫人付きの侍女もあとから追っていく。
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グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネは大回廊園亭に入ってから目に入るものに興味を惹かれていた。
エルネスティーネは兄のギーゼルベルトの姿を探す。
ラーフェンスフェルト卿と一緒にいる兄を見つけ、近寄った。
「お、お兄様」
「エルかい」
「お兄様が薦める理由が分かりました。こちらはとても広いですね」
エルネスティーネはギーゼルベルトを見上げる。
ギーゼルベルトはエルネスティーネに目を向けた。
「そうだろう。大回廊園亭は庭園の散策だけではなく、調度品や内装も楽しめる。飾られている花は定期的に入れ替えられるから、いつ来ても新鮮だよ」
ギーゼルベルトもじっくりと室内を眺めている。
「通常は予約無しでも入ることができる。ただ、混んでいることもあるから、予約したほうが優先的に入れる。今回のようにゆっくり見ることができるのは閣下が持つ許可証のおかげだよ。休園日には入れないからね」
ギーゼルベルトは話題を変え、エルネスティーネに訊く。
「エル。そういえば、婚約者のブラウンフェルト卿かから頂いた贈り物はどのようなものがある?」
「お兄様?」
エルネスティーネは質問の意図が分からず、ギーゼルベルトを見上げる。
「ヒルデブラント様から頂いた贈り物ですか?」
「あぁ、婚約者から贈り物を貰っているのだろう」
「えぇ、頂いております」
「どのような物だい?」
「どのようなものですか…………」
「あぁ。エルが寄贈した剣の房があるだろう」
「はい」
「婚約者より高価なものは贈ることができないから、参考までに訊きたい」
エルネスティーネは考え込み、記憶を探る。
「今、身につけている首飾りと指輪と他にもいくつか宝飾品をいただきました。他には栞や文具、小物入れに小さな置物です」
ギーゼルベルトはエルネスティーネが身につけている首飾りと指輪を見る。
「おそらく高価なものはその宝飾品類だな…………。後でそれらの現物を見せてくれるか」
「えぇ、構いません」
ギーゼルベルトはエルネスティーネの首飾りに疑問を感じつつ、そのことには触れなかった。
ギーゼルベルトとエルネスティーネの二人は会話を終える。
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エルネスティーネはホーエンブルク伯爵夫人の姿を探す。
エルネスティーネがホーエンブルク伯爵夫人のを見つけ、近寄っていく。
ホーエンブルク伯爵が夫人を案内しているのがわかる。
エルネスティーネは再び、兄のギーゼルベルトを探す。
エルネスティーネはしばらく大回廊園亭の調度品を散策していた。花瓶に生けられていた花に目を止める。
白い花びらが幾重に連なる。薔薇のような百合のような花にエルネスティーネは目を奪われた。
「辺境伯令嬢?」
「こちらのお花は……?」
エルネスティーネは記憶の片隅に引っかかるものがあった。
ヒルデブラントはエルネスティーネに目を向け、花を示す。
通りがかった園丁が二人に声をかける。
「そちらの白い花は周期咲き品種の一つで"小さな白い星"です。おおよそ百年ほどの周期で咲くものして知られています」
エルネスティーネは花を眺め、呟く。
「小さな頃に見かけたことがあります」
「そうですね。前回は閣下の帝国騎士叙任式が行われた頃に咲いておりましたね」
園丁が補足している。
ヒルデブラントも思い出していた。
「そうか。この花だったか」
「閣下」
ヒルデブラントはギーゼルベルトを呼ぶ。
「ギーゼルベルト」
「閣下。どうかなさいましたか?」
「すまない。その当時、小さな令嬢を落ち着かせるために預けたものがいくつかあるのだが、その一つがこの花だった。宮廷園丁から切り花にしてもらったものだったよ」
ギーゼルベルトは困惑する。
「閣下。あの花は周期咲きのものだったのですね」
「あぁ。周期咲きで知られる品種の一つだよ」
「叙任式のあとで妹のエルから同じ花を頼まれました。いくつかの庭園を探しても見かけず、妹に同じ花はないとしか言えず、困りましたよ」
ヒルデブラントは気まずい雰囲気を出す。
「…………それはすまなかった。求めにくい花を贈った詫びに園丁に頼んでいくつか渡そう」
「ありがとうございます。閣下」
ギーゼルベルトはヒルデブラントを礼を告げた。
ヒルデブラントはギーゼルベルトとエルネスティーネの二人を連れ、そのまま大回廊園亭を巡りつづけた。
一人で散策していたラーフェンスフェルト卿はギーゼルベルトを探し、近寄っていく。
「婚約者を案内できそうだ。ありがとう」
「礼は閣下に頼むよ。休園日に入ることができたのは、閣下の持っていた許可証の賜物だよ」
「あぁ。そうだな」
ラーフェンスフェルト卿とギーゼルベルトは他愛のない会話を続ける。
しばらくの間、大回廊園亭を堪能した一行だった。
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別の庭園に確認に向かっていた園丁はようやく準備が整い、急いで大回廊園亭に戻ってきた。
園丁はヒルデブラントの姿を見つけ、声をかける。
「閣下。ご要望の周期咲き庭園、準備が整いましたので移動をお願いします」
「分かった。ありがとう」
ヒルデブラントはホーエンブルク伯爵に声をかけ、移動する旨を伝える。
次は下記のサブタイトルを予定しております。
▼第24話
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと周期咲き庭園』
(話数追加,新規追加/ヒルデブラントが周期咲きの庭園を勧めていました)
▼第25話
『グランツフェルト辺境伯令嬢とウメンドルフ伯爵令嬢』
(新規追加/周期咲き庭園から移動中……)
▼第15話 → 第16話 → 第23話 → 第24話 → 第26話
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネとブラウシュタイン公爵家』
(話数変更/突然のハプニングから公爵家に)
▼第24話 → 第25話 → 第26話 → 第27話
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネとブラウシュタイン公爵令嬢』
(話数変更/公爵家での出会い)
だんだんと長くなる怪が常駐しており、話数が増えていく怪も出没していますm(_ _)m。
混乱している話数の訂正はそのうちしますm(_ _)m




