第 14話 グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと婚約者に贈った剣の房
本文の言い回し等を見直し、改稿しました。
この改稿による大きな変更はございません。
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第13話のあとがきで予告の第14話ができましたので割り込みで投稿します。
投稿にあたりサブタイトルを下記のように変更します。
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネが贈った剣の房と庭園散策』
から
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネが婚約者に贈った剣の房』
え~っと、長くなりそうだったので庭園の散策を第15話として分離します(∩_∩;)P
ルーカスが応接の間を出てからまもなく、若い騎士が入ってくる。
「失礼します」
茶器とお菓子の入った器が配膳車に載っている。
騎士は伯爵からお茶を置き、伯爵夫人、辺境伯令嬢に出していく。小皿に入ったお菓子をそれぞれの前に置いていった。
「こちらは騎士団御用達の店舗から仕入れたものです。お好みに合うか分かりませんが、どうぞ」
ホーエンブルク伯爵は騎士に告げる。
「うむ。騎士団御用達なら問題はないだろう」
伯爵に続き伯爵夫人が差し出されたお茶を飲む。辺境伯令嬢が声を出し、お礼を言う。
騎士は二人の侍女にも同じものを出す。
「私たちは……」
「お探しになっているお方をお待ちになる間だけ、ご休憩をされても問題はないのではありませんか?」
お茶を提供した騎士は侍女を諭す。
伯爵夫人は侍女に声をかける。
「せっかくのご好意ですから、あなたたちもいただきなさい」
「ありがとうございます」
二人の侍女はご好意に甘え、お茶を飲みはじめる。
「私たちにできることはありませんから、ここではおとなしく婚約者のブラウンフェルト卿を待ちしましょう」
「そうですね」
「それではご用がございましたら、お呼びください」
騎士が空になった配膳車を持ち、応接の間をあとにした。
伯爵と伯爵夫人はお茶と菓子をいただき、しばらく談笑していた。
辺境伯令嬢は長椅子から立ち上がり、窓の外を眺めていた。慌ただしく行き交う騎士の姿を黙って見ている。
たくさんの騎士は見かけるものの、その中に辺境伯令嬢の婚約者はいなかった。
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ルーカスはヒルデブラントを連れ、執務室から出る。長い廊下を歩き、伯爵夫妻と辺境伯令嬢の待つ応接の間に着いた。
ルーカスは扉を叩き、開ける。
「失礼します」
ルーカスは先に入室する。ヒルデブラントも続けて部屋に入った。
ルーカスは長椅子に座るホーエンブルク伯爵に声をかける。
「ホーエンブルク伯爵閣下、伯爵夫人。騎士との連絡が錯綜していたようで、申し訳ありません」
ホーエンブルク伯爵はルーカスの後ろで姿を見せたヒルデブラントに目を向け、驚く。
ルーカスはヒルデブラントに前に出るよう促す。
ヒルデブラントはルーカスに促されるよう隣に立つ。
「少々確認しますが、辺境伯令嬢の婚約者ブラウンフェルト辺境伯の令息グスタフ・ヒルデブラント。こちらの彼でしょうか?」
「申し訳ありませんが、……妻に確認しましょう」
ホーエンブルク伯爵はヒルデブラントがどこの誰かということを知っていたが、念のために辺境伯令嬢に声をかける。
「辺境伯令嬢」
「はい」
「婚約者は彼で間違いないかい?」
辺境伯令嬢はルーカスの隣にいるヒルデブラントに目を向け、見上げた。辺境伯令嬢は長椅子から立ち上がるとヒルデブラントのそばに歩み寄る。記憶にある婚約者の姿を思い出す。
辺境伯令嬢はヒルデブラントから夫人に目を向け、告げる。
「伯爵夫人。あちらのお方は私が婚約者と紹介されたお方とは違います」
夫人もヒルデブラントを見上げた。
「確かにそうですわね」
辺境伯令嬢はヒルデブラントから目を外しうつむくと頷く。そのまま床を見ていると令嬢の目にヒルデブラントが持っていた剣の房が写り込む。令嬢は剣の房に目を止め、じっと見つめていた。
伯爵夫人が告げる。
「あなた、そちらのお方は令嬢の婚約者ではありませんわ」
「辺境伯令嬢の婚約者ではないのだな?」
「えぇ。人違いですわ」
ルーカスは姿勢を正し、ヒルデブラントに目を向ける。声をかけようとする。
ヒルデブラントは慌てて懐から絵姿を取り出し、目の前にいる辺境伯令嬢と見比べる。
「ルーカス、少し待ってくれ」
「どうした。ヒルデブラント?」
ヒルデブラントは困惑している。
「……すまない、言い忘れていたことがある」
「何だ?」
「実は私が婚約者に会ったのはだいぶ前のこと。幼さを残した姿しか、記憶にない」
ルーカスはヒルデブラントに詰め寄る。
「ヒルデブラント……。そういうことは前に話してくれ」
「すまん。最近のものは絵姿でしか見たことがない」
ルーカスはヒルデブラントが持つ絵姿を覗き込み、ヒルデブラントの手を持ち上げた。辺境伯令嬢に目を向けた。
「おい……、この絵姿?」
「私がモルゲンネーベル辺境伯閣下からいただいた婚約者の辺境伯令嬢を描いた絵姿だよ」
「ヒルデブラント。本当に婚約者ではないのだよな?」
「あぁ、たぶん」
「ヒルデブラント、たぶんって何だ?」
ヒルデブラントは沈黙する。
ルーカスも言葉を止め、しばらく黙した。
「ルーカス、すまない。私の婚約者と似ているようだけど、彼女がグランツフェルト辺境伯閣下のご令嬢だというのなら、間違いなく別人だよ」
「ルーカス」
「何だ?」
「姿だけでも会えた気がするよ。ありがとう」
「……ヒルデブラント」
ヒルデブラントはただ遠くを見つめた。
ルーカスは軽く咳払いをし、本題に戻る。
「伯爵閣下、伯爵夫人。辺境伯令嬢どの。少々本題から外れてしまいました」
ルーカスは改めて姿勢を正す。
「先ほどは少々意地悪な質問をして申し訳ありません」
「どういうことですの?」
伯爵夫人がルーカスを見据えた。
「実は彼がグランツフェルト辺境伯令嬢の婚約者ではないことは、彼から婚約者の名を聞き知っておりました」
ルーカスは改めてヒルデブラントを紹介する。
「ホーエンブルク伯爵閣下、伯爵夫人。グランツフェルト辺境伯令嬢どの。実はこちらにいる彼が″黒鷲のヒルデブラント″の異名で知られる、帝国騎士のブラウフェルト卿アーロイス・ヒルデブラントです」
「……ブラウフェルト卿ですか?」
ホーエンブルク伯爵夫人はヒルデブラントに目を向けた。
「えぇ。彼は五大公爵家に名を連ねるブラウシュタイン公爵家の嫡男で、公爵家の従属称号ブラウフェルト辺境伯の称号所持者です」
伯爵夫人は思い出したように告げる。
「あの……ブラウシュタイン公爵家の?」
「えぇ。そうです」
ルーカスは伯爵夫人に告げる。
「彼はブラウンフェルト辺境伯家とは無関係です。帝国騎士であり、新人のブラウンフェルト卿グスタフ・ヒルデブラントでもございません」
「それではどうしてここに?」
「帝国騎士の異名は自分で名乗るものではなく、自然にそう呼ばれるものなのです。″黒鷲のヒルデブラント″という異名は彼のことです」
「それでは異名を出したことで、私たちは別人を呼んでしまったということですか?」
伯爵夫人はある事実に気づく。
「そういうことになりますかね。今回は名を馳せた帝国騎士のものでしたから、多くの帝国騎士が異名の本人である彼のことを呼び、婚約者が来ているとまで彼に告げました」
「あら?」
伯爵夫人は驚きつつ、ヒルデブラントに目を向ける。
「そちらのお方の婚約者も来ているのかしら?」
ヒルデブラントは否定する。
「いえ、私の婚約者が辺境伯領から来ているとは聞いておりませんし、父からも聞いておりません」
「あら……、それは残念ですわね」
伯爵夫人は興味のある話題のようだった。
「彼の婚約者はモルゲンネーベル辺境伯閣下のご令嬢、ゾフィー・エルネスティーネ嬢とのことです」
「あら? モルゲンネーベル辺境伯の……、そうでしたの」
「そういうことで辺境伯令嬢の婚約者ではありません」
伯爵夫人はヒルデブラントを眺め、伯爵に目を向けた。
「どうかしたのか?」
「いえ、何でもありませんわ」
辺境伯令嬢はじっとヒルデブラントを見つけている。
「辺境伯令嬢。彼になにか聞きたいことでもあるのかい?」
「房。剣の房……を見せていただくことはできますか?」
「房?」
ヒルデブラントは剣の柄頭につけてある房を触り、辺境伯令嬢の前に見せる。
「こちらのことかな?」
「はい」
ヒルデブラントは考え込む。
「抜き身の剣は危ないので鞘ごとになります。ご覧になりますか?」
「そちらで構いません」
ヒルデブラントは剣帯から剣を外し、見やすいように辺境伯令嬢の前に出す。
辺境伯令嬢はおもむろに剣についている房を手に取る。じっと見つめ、見入った。つたない作りの剣の房、辺境伯令嬢にとってそれは見覚えのあるものだった。
「あの……、こちらは婚約者の方からの贈り物ですか?」
ヒルデブラントは辺境伯令嬢の言葉に驚く。
「……そうだ、と言いたいところなのですが、こちらは貰い物です」
「どなたからですか?」
ヒルデブラントはふたたび考え込んだ。
「申し訳ありません。誰か分からないのです」
「本当ですか?」
「えぇ。私が帝国騎士に叙任され、黒鷲騎士団に配属された頃に会った小さな令嬢から貰った物です」
ヒルデブラントは当時、出会った小さな令嬢の背丈を示した。
「どなたと言われると正規の名前を聞くのを忘れましてね。短い名でしたから、おそらく愛称だと思います」
「短い名?」
「えぇ。″エル″という愛称を持つ名前はたくさんありますし、事情があってそういう愛称で呼ばれている場合もあり名前だけでは情報が足りませんでした」
「みつかったのですか?」
「いいえ。あの当時、実家の伝手を使い聞き回る訳にはいかなかったのでいまだに不明のままです」
辺境伯令嬢は疑問に思う。
「探さないのですか?」
ヒルデブラントはしばらく沈黙する。おもむろに呟く。
「探せないのですよ」
「え?」
辺境伯令嬢はヒルデブラントの表情が曇るのを感じた。
ヒルデブラントは令嬢が持つ剣の房に目を向け、当時を思い出していく。
「この剣の房は小さな令嬢が自分の婚約者に贈るために心を込めて作った物です」
「…………そうですね」
「肝心の婚約者は小さな令嬢が作った剣の房を受け取らなかったと聞く」
辺境伯令嬢は黙ってヒルデブラントの話を聞いていた。
「こちらはある偶然から私のところにきたもので、本来なら私のもとにはない物なのです」
ヒルデブラントは記憶を呼び起こし、言葉にしていた。
「父に何かこちらからお礼をしたいとは思ったものの、思い出されたのは小さな令嬢が明かしていた婚約者の存在。騎士に叙任されたばかりの婚約者がいると知った父に、私はその令嬢を探すことを止められました。いまだに誰か分からずじまいです。申し訳ない」
「いいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」
辺境伯令嬢もヒルデブラントの言葉にこれ以上、踏み込んではいけないことだと知る。
「あの……」
「何でしょう?」
「婚約者の方から剣の房はいただいていないのですか?」
ヒルデブラントは辺境伯令嬢の姿が記憶のなかの小さな令嬢と重なることに気づく。
「もちろん婚約者からいただいた物もありますよ」
ヒルデブラントは辺境伯令嬢に目を向け、言葉を続ける。
「剣の房には装飾を抑えた日常用のものから凝った装飾のある儀礼用のもの、騎士団からの貸与品など幾つかあります」
辺境伯令嬢はヒルデブラントを見上げていた。
「毎日同じものをつけているとどうしても擦りきれてしまうので、こちらも定期的に交換しております。そういうことで今回はこの剣の房でした」
辺境伯令嬢は剣の房を見つつ、声をかける。
「あの……もう少し見ていても大丈夫ですか?」
「構いませんが、くれぐれも鞘から剣を抜こうとはしないでくださいね」
辺境伯令嬢は驚き、ヒルデブラントを見上げた。
「はい。兄から帝国騎士の方には剣に触れられることを嫌がるお方もいると聞いております。剣の房を見る場合でも、騎士の剣には触らぬ方が良いと教えられました」
「良い兄をお持ちだね」
「ありがとうございます」
「私の場合、剣を預ける相手にケガをさせてしまうことが怖いから剣を抜かぬよう言葉にかけているよ」
ヒルデブラントは剣の房を見続けている辺境伯令嬢に目を配る。
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会話を遮るように扉がなる。
「失礼します」
騎士が入室してきた。
「ローゼンフェルト辺境伯閣下」
「何だ?」
騎士は姿勢を正し、報告を続ける。
「お探しのブラウンフェルト卿のことです」
「どうした?」
「出勤している帝国騎士や騎士、通りがかった宮務官や宮内官、庭園で手入れを行っている園丁に厩舎にいた馬丁などにも声をかけて探しましたが、本日は誰も姿を見ていないそうです」
「分かった。ありがとう」
ルーカスはため息を吐く。
「それでは失礼します」
騎士は声をかけ、退出していく。
ルーカスは沈黙する。
しばらくして扉が鳴り、先ほどの騎士が戻ってくる。
「失礼します。あの……閣下」
「何だ?」
「もしかしたらブラウンフェルト卿は黒鷲騎士団とは別の場所にいるかかもしれません……」
言いづらそうにしていた騎士だった。
「どこだ?」
「実は″騎士団″という名を持つ酒場がありまして、ブラウンフェルト卿はそちらに向かったのではございませんか?」
「なぜ、そう思う?」
「休日となっている数人の騎士が、昨日飲みにいくと話題をしておりました。その中にブラウンフェルト卿の友人も入っておりました」
「そうか」
「その友人に呼ばれたのではございませんかね……」
「そうか、なるほどね。騎士団からの呼び出し、その友人からの飲みに来いという誘いがもしかしなくても騎士団に来いか…………?」
「おそらく、そういうことだと思います」
ルーカスはしばし沈黙し、騎士に声をかける。
「その酒場は婚約者を連れては行けぬのか?」
騎士はルーカスに突っ込む。
「へ、辺境伯閣下。酒場にも種類がございます」
「まぁ、そうだな」
「その酒場は婚約者を連れて行くような場所ではないと思います」
「連れ行けぬ場所か?」
「閣下。どういった店なのかというご質問もこういった場で話す内容ではないかと存じますので、どうかそれ以上突っ込まないでいただけると幸いです」
騎士はルーカスの言葉を遮った。
「あぁ、分かった。突っ込みはしない。忘れてくれ」
「はい」
ルーカスはため息を吐く。
「本当にブラウンフェルト卿はこちらにはいないのだな?」
「はい」
騎士は言葉を選んでいるようだ。
「…………あぁ、分かった。今日はこちらに来る用事はないと言うことだけは理解した。それで良いな?」
「はい」
ルーカスはため息を吐き、騎士に声をかける。
「他の者への伝達を頼む。今後は休日で騎士団に行く。そういう話題を耳にした場合、行き先が酒場の騎士団では黒鷲騎士団と非常に紛らわしいので今後は騎士団の名称は使わず、正直に飲みにいくと表現するようして欲しい」
「畏まりました。閣下、改めて通達を出すようお願いします」
「分かった。通達は黒鷲騎士団長の名で改めて出して貰うようにする」
ルーカスは部屋を後にする騎士を見送った。
「面倒ごとだな……」
ルーカスは改めてため息が出る。騎士団長のシュヴァルツシュタイン公爵の予定を思い出し、会う算段を思案していく。
ルーカスはヒルデブラントと辺境伯令嬢の二人をちらりと眺め、ふたたびため息を吐く。
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ブラウンフェルト卿グスタフ・ヒルデブラントはいつものように家人に告げた一言が、大事になっているとは思わなかった。
彼がそのことを知るのは数日後のことだった――――。
次の第15話は新規で追加予定の
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと庭園散策』
(新規追加/兄の来訪と庭園の散策)
第15話 → 第16話
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネとブラウシュタイン公爵家』
(新規追加/庭園を散策していた辺境伯令嬢が遭遇したあるハプニング)
話数が増えました。話数の増える怪奇が多発……(∩_∩;)P。
え~っと思ったよりも長くなっていますm(_ _)m。
混乱している話数の訂正は第2章の割り込み投稿を終えてからにしますm(_ _)m




