第 10話 グランツフェルト辺境伯と謁見の間
エルネスティーネの婚約者、グスタフ・ヒルデブラント。彼の名前が変な位置で区切られていた部分を一か所、見つけましたので誤記を訂正しました。
変更点は一か所のみです。
この改稿による大きな変更はありません。
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第9話の後書きで予告の第10話ができましたので投稿します。
投稿に併せてサブタイトルを
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと婚約者』から
『グランツフェルト辺境伯と謁見の間』に変更します。
陛下がグランツフェルト辺境伯を呼び出したので、一話追加になりました。
グランツフェルト辺境伯は侍従長との面会を終え、応接の間を退出していく。
辺境伯は玄関の間に続く長い廊下を歩いている。
知り合いの文官や武官とすれ違うたび、挨拶を交わす。
「閣下ーー!」
後ろから敬称を呼ぶ声が聞こえてくる。しだいに声が大きくなっていた。
グランツフェルト辺境伯の前方には数人の閣下と呼ばれる人物がいて、いっせいに振り向く。
「申し訳ございません。グランツフェルト辺境伯閣下!」
声の主は言葉が足りなかったことに気づき、正式な爵位名をつけ改めて呼びかける。
爵位名で人違いだと分かった面々はそれぞれに歩き始めた。
侍従は呼び続ける。
「お待ちください。グランツフェルト辺境伯閣下ーー!」
グランツフェルト辺境伯は自分が呼ばれていたことに気づき、立ち止まった。振り返って声を出していた侍従に目を止める。
「閣下。お待ちください」
「私に何かようかな?」
侍従は辺境伯を呼び止めることに成功した。姿勢を正し、辺境伯に告げる。
「閣下。陛下がグランツフェルト辺境伯閣下を呼ぶようにと仰せです」
グランツフェルト辺境伯は驚き、確認する。
「へ、陛下が私を…………ですか?」
「はい。侍従長とのやり取りのなかで確認したいことが残っているとのことです。申し訳ございませんが、謁見の間にお越しください」
「畏まりました」
辺境伯は侍従の後に続く。謁見の間に向かうため、長い廊下を戻る。
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謁見の間に続く廊下には、左右に控えの間が幾つか並んでいた。
グランツフェルト辺境伯はその一つに通される。
「こちらで少々お待ちくださいませ」
侍従は辺境伯を部屋に案内すると退出していった。
頃合いを見計らように侍従長が扉を開け、やってくる。
「グランツフェルト辺境伯閣下。陛下がお呼びです」
「畏まりました」
侍従長は辺境伯を連れ、謁見の間に向かう。陛下の到着を待つ。
侍従長が奥に向かい、扉を開けた。
陛下が入って来る。上座に置かれていた重厚な椅子に座る。
辺境伯はその場で一度立ち上がり、姿勢を正す。
「陛下。この度は陛下の拝顔を仰ぐ栄誉と拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
グランツフェルト辺境伯は跪拝する。
陛下は辺境伯に目を向けた。
「グランツフェルト辺境伯。そなたが畏まるようなことがあって呼び出した訳ではない」
「陛下?」
辺境伯は顔を上げる。
「第一皇子の皇子妃については面倒をかけた。そなたの云う通り、正規な手続きで持ち込まれた絵姿釣書も今後のためにすべての家に返却することにした」
「左様にございますか?」
「あぁ、確かにこちらに残っていては後から問題になっただろう。すまない」
「いえ、お手数をおかけしました」
陛下と辺境伯はしばらくの間、沈黙した。
「辺境伯」
静寂を破るよう、言葉を続けたのは陛下だ。辺境伯に目を向ける。
「さて。そなたを呼び出した本題だが、そなたにはもう一人婚約者のいる娘がおっただろう」
辺境伯は再び、陛下を伺う。
「左様にございますが……、何か問題でも起きましたでしょうか?」
陛下はしばらく黙し、おもむろに告げる。
「少々確認するが、その娘の婚約者はブラウンフェルト辺境伯の第三子、グスタフ・ヒルデブラントに間違いはないな?」
陛下は辺境伯を見据えたままだ。
辺境伯も恐縮しつつ、そのままの姿勢を続けていた。
「私の娘リヒャルダ・エルネスティーネの婚約者は、陛下の仰るブラウンフェルト辺境伯のご令息グスタフ・ヒルデブラントにございます」
「それなら問題はないのだ」
辺境伯は陛下の言葉に安堵する。
再び、陛下と辺境伯の間に沈黙が訪れた。
陛下は考え込む。辺境伯も沈黙を守る。
「辺境伯。そなたの娘の婚約者、ブラウンフェルト卿。ブラウンフェルト辺境伯家では婚約者の二人の兄も同じくブラウンフェルト卿で呼ばれることもある」
陛下はおもむろに続けていく。
「それとよく似た爵位の者が複数人おるから、面倒に巻き込まれぬようにな」
陛下は辺境伯に告げる。
辺境伯は陛下のお言葉を受け入れた。
「ありがたき忠告、痛み入ります」
辺境伯は確認を取る。
「陛下。その似た爵位とはブランデンフェルト辺境伯閣下のことでしたか?」
「あぁ、確かにブランデンフェルト辺境伯も似ている爵位の一つだ。あちらの辺境伯にも令息がいるが、こちらはまだ幼い。そなたの娘の婚約に影響を及ぼすほどではないだろう」
辺境伯は沈黙する。思い当たる爵位が浮かばず、声に出る。
「……陛下。他に似た爵位がありましたか?」
陛下はその問いに答える。
「あぁ。爵位名で影響を及ぼす可能性の最たるものが、ブラウフェルト辺境伯だろう」
「…………ブラウフェルト辺境伯ですか?」
辺境伯は思ってもみない爵位が出たことで恐縮していた。
「ブラウシュタイン公爵の嫡男であるブラウフェルト辺境伯だ。ブラウシュタイン卿やブラウフェルト卿とも呼ばれており、そなたの娘の婚約者と同じく帝国騎士である」
「左様にございました」
辺境伯は失念していたある事実を不意に思い出す。
陛下は言葉を続ける。
「あちらも婚約者がいる。ただ、紛らわしいことにその二人ともそなたの娘と婚約者に似ている名前なのだ」
「……はい?」
辺境伯は陛下に目を向けた。
陛下は言葉を止めず、続けていく。
「帝国騎士のブラウフェルト辺境伯アーロイス・ヒルデブラント。彼の婚約者がモルゲンネーベル辺境伯の令嬢でゾフィー・エルネスティーネだ」
陛下は再び、辺境伯を見据えた。
「辺境伯。面倒ごとに巻き込まれぬよう気をつけるがよい」
辺境伯は立ち止まり、その場で跪拝する。
「陛下。…………実は公にはしておりませんが、当家の娘リヒャルダ・エルネスティーネはブラウシュタイン公爵家のブラウフェルト辺境伯と会ったことがございます」
「…………辺境伯に会ったことがあるのか?」
辺境伯は事実を述べる。
「えぇ。数十年前に帝宮で行われた騎士叙任の儀式に娘を連れて来たことがございます。厳密に申しますと会ったというのは少し語弊がありますが、迷子になっていた娘を保護していただいたのが、そのブラウフェルト辺境伯でした」
「帝国騎士や騎士の職掌に迷子の保護があるので特に問題ない」
陛下は言い切った。
「保護した娘を当家に連れて来たのが、御子息ではなくブラウシュタイン公爵閣下でした」
陛下はため息を吐く。
「辺境伯。ブラウシュタイン公爵とブラウフェルト辺境伯の二人とは通常の付き合いだな?」
「えぇ、公爵閣下とはごく普通の一般的なものです。辺境伯閣下とはそれ以降面識はないはずにございます」
「…………そうか。それなら良い」
陛下は話題を変えた。
「ところでそなたの娘たちは予定通りのお披露目で良いのか?」
「えぇ、その予定です」
「そうか。それでは正式に決まったら、二人に招待状を送ろう」
「特別のご高配を賜り、ありがたき幸せに存じます」
謁見の間をあとにした辺境伯は帝宮から屋敷に戻る。
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辺境伯は娘のエルネスティーネが婚約者に会えなかったことをまだ知らない――――。
第11話のサブタイトルは『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと婚約者』で投稿済みです。
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次の第11話は、
『グランツフェルト辺境伯令嬢エルネスティーネと婚約者』
(婚約者を訪ねて辺境伯家に)
となります。
話数とサブタイトルはもしかしたら変更になるかもしれません……。




