新しい朝
ミクラに抱えられて、ベアトリクスの翼の上で、サリヤはどうしたものかと悩んでいた。
動かないミクラは寝てしまったのではないだろうか。
起こさなくてはならないのに、彼の腕の中が心地よく、サリヤは言い出せずにいた。
ベアトリクスもいつのまにか静かになっていた。
そんな静寂を破ったのは、意外にもカーティスだ。
『サイラスから通信です。ルッボーからミクラへ。――メデスディスメ王国で再び政変が起こった模様。マスモットに代わって、第三王子ウェダが王位を奪取』
「またか!」
ミクラの反応の速さで彼は寝ていたわけではないとわかった。
「あ、そうか……」
サリヤがつぶやくと、ミクラは「何だ?」と促した。その声が近く、サリヤは身じろぎした。彼もあっさりとサリヤを放す。
「今日の国境侵犯です。もしかしたら、飛行機を出すようウェダ殿下が誘導したのかもしれないと」
「なるほど……そういう性質か」
ミクラは腕を組む。
「君はウェダ王子に保護されていたと言っていたな」
「はい」
「念のため、しばらく一人での行動は控えるように」
「朝の鍛錬もですか?」
「当たり前だろう」
「わかりました」
了承の返事をしつつも、残念な思いが顔に出ていたのか、ミクラは「俺が手が空いているときは付き合ってやろう」と言ってくれた。
「ありがとうございます」
ミクラはくしゃりと笑って、サリヤを抱き上げる。毎度ながら悲鳴を上げる彼女に構わず、ベアトリクスから飛び降りると、カーティスの元に近づいた。
「カーティス、ルッボーに伝言だ。政変の件、承知した。詳細は明日戻ったら聞かせてくれ。軍会議は午後で調整して欲しい」
カーティスの胴体に触れながらミクラがそう言うと、カーティスの体躯を青い光の輪が走った。
『サイラスに伝えました』
「ありがとう。今日はもう寝てくれ」
ミクラは軽くカーティスを叩く。
興味深くやり取りを見ていたサリヤは自分がミクラに抱き上げられたままなことにしばらく気づかなかったのだ。
――そんな夜を過ごした翌朝。
目が覚めたサリヤは体調の悪さに顔をしかめた。
怠いし、腹が痛い。
さすがに今朝はミクラとの鍛錬の約束はしなかったが、幸いだ。
ゆるゆると身を起こし、布団をめくって、サリヤは思わず声を上げた。
「うわっ! え? 血?」
シーツが赤く染まっている。
怪我を疑いかけ、いや、そうじゃないだろうと思い至る。しかし、原因がわかったところで対処法がわからない。
「朝っぱらから、なんなの?」
うるさいんだけど、とエドリーンが目を覚ました。
「あの、これ。シーツが」
「なんだ、月のもの? シーツは手洗いしてからいつもと同じに洗濯に出せば洗ってくれるでしょ」
「いや、それなんだが、初めてで。どうすればいいか教えてもらえるとありがたい」
「知らないの? あー、貴族って侍女とかいるから? 自分じゃやりませんってこと?」
「貴族だからではなく、私の家が少し変わってたんだ」
彼女のためにも間違った偏見は訂正すべきだとサリヤは思った。
「私はここに来るまで男として育てられていたから」
「はぁ? おとっ!」
「団長と副団長しか知らないから秘密にしてくれ」
大声を上げかけたエドリーンの口を慌てて塞ぐ。彼女がうなずくのを確かめてから手を離すと、大きなため息をつかれた。
「あんたって、なんかもう……意味がわからない」
エドリーンの呆れた視線に、サリヤは思う。
王女だと伝えたら、彼女はなんて言うだろう。




